珍客
「あーーーーいっぱい説教したら喉乾いたっす。義昭君」
「イエスマム! お茶です!」
「あざーっす」
小屋の冷蔵庫から取り出した麦茶のペットボトルを受け取り、豪快に煽る雲母。
かすかに上下する細い喉と、飲み切れずに顎を伝う水の雫が色気を醸し出しているが、対面にいる義昭は直立不動。でもどこか煤けていた。
「あー義昭君?」
「イェス! マム!!」
「……三時間説教はやりすぎたっすかね」
東野義昭十七歳。
調教完了の夏だった。
閑話休題。
「雲母さん……勘弁してくれほんと、マジで」
しばらく宥められ、ようやく普通のテンションに戻った義昭は小屋の縁側にて膝に腕を置き、ぐったりと項垂れていた。
「いやー、熱くなっちゃったっす」
たははと笑う雲母に向けられるのは、まるで温度のないジト目。
夏の炎天下、三時間正座での説教はさしもの義昭であっても、冗談抜きで命の危機を感じた。
焼きつくような日差し。ローストされかねない地面の熱。
足に容赦なく刺さる砂利の感触と、暑さにあっても一切衰えない雲母の怒りのオーラ。
正直に辛い。なんなら魔獣との戦闘レベルの危機感を抱いたほどだ。
「雲母さんは、怒らせないようにしよ、うん……」
「だからやりすぎたって言ってるじゃないっすか~」
二人で麦茶のペットボトルを直飲みし、ぷはっと息をつく。
お互いに炎天下で三時間だ。喉はカラカラに乾ききっている。
いまは日陰に避難しているが、それでも体力回復にはかかりそうだ。
「雲母さん、スポドリ飲む?」
「のむっす~。もう五百ミリなんて一瞬すね」
「分かる」
汗と蒸散で水分を失った体は、水と一緒に塩分も求めている。
狩りでは体調の管理が重要なため、この小屋の冷蔵庫には主だったメーカーのスポーツドリンクと、経口補水液が常備されている。
義昭はその中でも国民的に人気のある青に白のラインが入ったパッケージを手に取ると、雲母のほうへと戻っていく。
「ほら、雲母さん」
「あざーっす」
さっきペットボトル一本空にしたばかりなのに、もう二本目へと口をつける二人。
日本の夏は、殺人的なのだ。
「でさ、義昭君」
スポドリも四分の一くらい飲んだ後、やっと落ち着いた雲母が指さしたのは日陰に広げたイノシシの毛皮。脂身などの肉は削ぎ落されているが、それ以外の加工が未熟な生皮だ。
「この毛皮、どうしたんすか?」
「えーっと、仕留めた」
素直に答えただけだが、雲母はカラカラとその返答を笑い飛ばす。
「冗談が上手いっすね~でも残念、魔獣は魔法少女じゃないと倒せないのは常識……」
「いや、チョークスリーパーでこう、キュっと」
いや、チョークスリーパー(首絞め)? 魔獣相手に? 何いってんの?
「妄想も無理があるっすよ?」
「いやマジだって」
しばし見つめ合う雲母と義昭。
セミがのどかに鳴き、小鳥が虫をついばむ声が通過する。
「……え、マジ?」
「うん、マジ」
そっと、雲母は傍らの毛皮を見た。
頭から後ろ足の先まで、綺麗にはがれた一枚もの。
その首の所をじっと見つめて、やがてついたのは大きなため息。
「はぁ~、嘘ついてる感じじゃないっすね」
「だからほんとだって」
「いいっすよ、信じるっす。考えてみれば剛造さんの孫っすもんね。あり得る」
「それ言われるとなぁ。でも、さっき経緯のことはどうでもいいって言ってなかった?」
義昭が言うと、雲母は隣の毛皮を撫でながら苦笑した。
「それは現物確認が一番だったんすよ。で、実際見たらやっぱ気になるっすよね、入手経路」
「そゆことですね」
そりゃ気になるよな。と義昭も納得。
「でもまさか自己調達とは……いや、それ以外手に入れる方法もないっすけど。まいいっす。こんないい素材がこんなにあるんすから!」
「まぁ……けっこう持ってかれちまったけどね」
「持ってかれた?」
「ああ、実はね」
ここでつい先週のことを説明する事にした。
肉とか骨とかいっぱいあったこと。
大半が国に没収されたこと。
でも一部は隠し通したこと。
「というわけで、うまい肉は確保したってわけ! いや、我ながらナイス」
「ナイス、じゃ、ないっすよ? なめてんの?」
「……え?」
心なしか、雲母の目に、光がない。
「は? 魔獣の骨? そんなんどこ探しても見つからない最上級の素材……それを持って行った? は……は!? なめてんの!?」
「いや雲母さん、口調変わって……」
「これがキレずにいられますか!!」
バン! と板張りを感情のままに叩いて、そのまま痛みにうずくまる雲母。
大丈夫かな……と手を差し伸べようとした義昭だったが、その前に勢いよく起き上がった雲母が全力で毛皮を抱え込んだ。
「義昭君!」
「あ、ハイ!」
「さっきは説教してごめん。この毛皮忘れててくれて本当にありがとう」
きっと忘れていなければ、うっかり奏に提出していただろうことを雲母は察していた。
無くなるのに比べたら多少の保存不備も可愛いものだ。
「骨は惜しい、ほんとうに惜しいっすけど! 毛皮が残ったのが不幸中の幸い! 任せて欲しいっすよ義昭君。しっかり使えるように手入れしてあげるっすから!」
「あ……お、おう! 頼みます!」
雲母の情緒は心配だが、結局は義昭の望んでいた形に落ち着きそうだ。
狩りはできるし肉もさばける義昭だが、毛皮についての知識は乏しい。
せっかくあるし活用したいと思っていたが、自分じゃ難しいので雲母には元々相談しようと思っていたのだ。
忘れていたが。
「さて何が良いっすかね~。財布? アクセ? いやこんなにあるんす。これは贅沢にコートとかでも……」
妄想の世界にトリップした雲母。そんなに獲物を喜んでくれて悪い気はしない義昭は、小屋の中に魔獣の骨がまだ転がってないか探してみようと解体場へと入っていった。
「きっと俺のことだ。全部出してはいない気がする。なんか忘れてそう」
自分のズボラを自覚している義昭は、自分の完璧を全く信じていない。
あの時は全部出した気になってても、何か残っている可能性は充分にある。
そう思い解体場の中を見回してみると案の定、普通ではあまり見ないサイズの骨が落ちているのが目に入った。
「やっぱあった」
それは人間の腕くらいの長さの骨で、かなり硬質なのか金属にも似た光沢を纏っている。
あのとき解体した魔獣の骨に相違ない。
こんな大きくて、時々動いている骨を当時の自分はどうして見落としていたのか。
ん、時々動いている?
「……い、いや、おかしいだろ」
さすがに大雑把な義昭でも、骨が動けば気にもなる。
ただホラーはそこまで得意ではない義昭は、そっと、ゆっくりと骨に近寄り……。
「くぅーぴぃー」
何とも気持ちよさそうに骨に抱き着いて眠る、龍のような鱗を持った子狼を見つけてしまったのだった。




