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適わねぇな

「ワンコだ」

「いやワンコっすか? これ」


骨を抱いて眠る子犬を見守り、そうひそひそと言葉を交わす二人。

説教が長かったためか、どんどん夕闇色に染まる空。そんなの知ったことではないとばかりに眠るワンコ。


「ちょっと、義昭君。これもしかして魔獣って奴っす……」

「うし、連れて帰るか」

「連れてくっすか!?」


灰色のふわふわした体でありながら、足や腹など生物としての武器や、逆に弱点になりうる部位に

硬質の鱗を纏ったイヌ科の生物。

既存の図鑑には載っていないそんな生物に雲母は警戒の声を上げるが、義昭は聞いているのかどうなのか、ワンコをやさしく骨から外し、そのままシャツの腹部へ仕舞ってしまった。

ぱっと見は妊婦さんか何かのよう。


「あ、はい雲母さん。これ魔獣の骨」

「え! いいんすか!? じゃないっす! なにナチュラルに渡してるんすか嬉しいけども!

それよりその子、そんな捨て犬拾うみたいな感じでいいんすか??」

「ん? まあいいだろ。ダメかな?」

「ふつーは、ダメなんじゃないっすかね……」


魔獣には当然のことながら魔力が内包されており、それをセンサーで拾うことによってある程度、その出現を察知できるよう、魔獣出現からの四年で整備されている。

しかし、たった四年では装置の開発から配備まではまるで足りておらず、地方や山間部などでは

抜け漏れがある確率が少ないながらも存在する。


そういう時に国民が、もし魔獣を見かけるなどしたら通報するようにと、「魔獣災害における国家防衛法」において努力規定に定められているのだ。


あくまで努力規定なのは、最優先は自分の命の保全であり、のんきに通報する暇があればまず

身の安全を確保しろ(つまりは逃げろ)というのが大前提だからである。


「法律にも定められてるし……」

「え、そんな法律あったっけ?」

「あるっすよ?」


お気づきだろうか。

義昭、この法律をまるっと無視していることに。

魔獣を見て逃げるどころか立ち向かい、討伐後も無報告。

ダブルで破っていることに。

その事実を知って義昭の額に冷や汗が流れるが、考えてみればもうそんなレベルではないことをやらかした後である。


となればもう、大事の前の小事。気にすることもあるまい。


「……まあ、もう過ぎた話だ、うん」


よし、自分の中で整理が付いたとばかりに、家に帰ろうとする義昭。

自分も愛車のハスラーに骨と毛皮を詰め込みつつ「まあ、義昭がいいならいっか」と勝手に納得していた。むしろ、そんな事より素材を加工したくて仕方がない雲母。

法律だとか言ってるだけで、実は雲母もそんなに気にして無いのだった。


「義昭君、ちょっとコレ試したいっすからもう私は行くっすよ。乗ってくっすか?」


早速とばかりにエンジンを入れた車の窓を開けて後部を指さす雲母に、左手でワンコを抱えつつ

ひらひらと手を振って応える義昭。


「んにゃ、いいわ。歩いて帰るよ」

「はーい、うふふ、どうしてやろうか最高級素材……」


あくまで確認だけだったのだろうか。送りはいらないと言った瞬間に窓を閉めて車を走らせ去っていく姿に、流石の義昭も少し引いた。


「うわっ、秒で去ってくじゃん……」


カラスが鳴いたら帰りましょとばかりに聞こえる合唱と、すっかり茜色に染まった空。

きっと今頃雲母の脳内は創作の事で埋め尽くされているんだろうことは、容易に想像がついた。


せめて事故らずに帰ってほしい。


そんなことを考えていると腹部のワンコが「ふぁあぁ……スピー」と、欠伸をしてまた寝入った

声が聞こえてきて、思わず頬が緩んでしまう。


「今日もなんだか、濃ゆい一日だったな……」


こういう時はあれだ。ぬるめの風呂にゆっくり入った後に、湯上りのキンキンに冷えた麦茶を

一杯いくのが正義だろう。


「朝はこうなるって思ってなかったけどな」


ゆっくりと山道を歩きながら、フワフワなのかゴツゴツなのか分からない毛玉の感触を確かめつつ

帰路を進む。そうだ、風呂入るならワンコも一緒に洗ってやるか。


そんなことを考えていると、ふと義昭は自分が今歩いていることに疑問を覚えた。


何か違和感がある。何か。


「……あっ、田中さんちに自転車忘れたんだった」


問答無用でハスラーで連れていかれた弊害か。


「まあ、こいつの散歩がてら取りに行くか」


のんきに眠る謎のワンコ。

すっかり飼う気満々の義昭は、散歩のルートを考えながら鼻歌交じりに山道を降りていくのだった。





そして家に帰りついた義昭は、まず玄関から入る……なんてことはせずに、助走をつけて庭の木を駆け上がり、二階の自室へ窓から侵入した。


「とりあえず、ここで寝かせておこう」


以前、動物を拾った時に義昭は、祖父にかなり叱られたことがある。

動物を拾うということは命に責任を持つことであり、人間のエゴに動物を付き合わせる無責任でもあると。


「とはいっても、子供をそのままってわけにも、いかないしなぁやっぱり」


祖父は怖いがワンコも見捨てられない。

部屋にあった段ボール箱に座布団とタオルを敷き詰めて、まだ眠るワンコをそっと横たえる。


「いい子にしていろよ」


最後にやさしくその頭を撫でると、義昭は窓から飛び降りて改めて玄関から家に入った。


「ただいまーっと」

「遅かったのねぇ。田中さんたちと遊んでたの?」


家に入ると祖母が夕飯の用意を行っていた。

その若い外見から祖母ではなく母に間違われることも多い彼女は、華奢な腕には不釣り合いな鍋を抱え、食卓の真ん中へと置いた。


「うん、そんな感じ。釣りに連れていかれてね」

「楽しそうね~。ほら、おじいちゃん呼んできて」

「うーっす」


ワンコのことが気になりつつも、裏で作業をしている剛造を呼びに行って食卓へ。

いつものジビエ料理と山菜の味噌汁、根菜の煮物といった夕飯を平らげつつ、こっそりと塩味のきつくないジビエ肉を隠し持っているビニール袋に入れていく義昭。


祖父と祖母はお互いにバラエティー番組に夢中で、気が付いている様子はない。


(よし、このくらいか)


ある程度肉を確保できたところで自分の胃にも飯を詰め込み、最後いっきに井戸水を喉へと流し込む。


二階からはまだ物音は聞こえてこない。


まだ寝ていてくれ、連れ込んだのをバレないためにも。

そう願いつつ食卓を立つ義昭。


「ごちそうさま!」

「あら、もういいの?」


そんなどこか急いだ孫の様子に首を傾げる祖母に「結構食べたよ。美味かった」と返事し、いそいそと、しかし勘付かれないよう不自然ではない風を装いつつ階段へ向かう。


だがそんな義昭の背に、祖父剛造が呆れたような、面白そうな様子で声をかけた。


「おい、子犬はそんな焼いた肉を食いちぎれんぞ。細かくしてもってけ」

「……は?」

「水も持ってけ。それと風呂くらい入れてやるんじゃよ」

「……」


思わず固まった義昭へと剛造はニヤリと笑い「隠し事なんざ百年早いわい。責任もって面倒見るんじゃぞ」とだけ言うとまたテレビに視線を戻してしまった。


「……ったく、適わねぇな」


祖母も剛造の言葉に驚いた風はなく、小さなプラスチックのお皿を義昭に渡してくる。

やっぱりまだまだ、この二人は出し抜けそうもない。そう義昭は嬉しそうに笑うのだった。







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