正座っす
新東京都、都心。
行政の中心部が鎮座する柱間町、そのさらに中心にまるで王者のように鎮座する巨大なビル。
「国家総合防衛庁」。国内外の防衛のみならず、魔獣対策も一手に担う巨大な組織。
その地下駐車場の一角で、奏は愛車のキーをくるくると弄んでいた。
「うーん……」
コンクリートの骨組みがむき出しの天井。銀のダクトがまるで血管のように走る光景を見上げながら、考えるのは先日の事。
つい昨日のことのように思い出せる、先週の戦い。
また癒えきれない細かな傷を撫で、奏はぽつりとつぶやいた。
「私、何も言ってないよね……!?」
カブトムシっぽい形から、最終的にカマキリの化け物のような形態に変化した魔獣との戦闘後。
奏と義昭はそれぞれ治療班の世話になったのだが、奏は治療からのそのまま帰還の流れになってしまっていた。
いや、奏としても最後に挨拶くらいはと思っていたのだ。しかし魔術礼装状態での通常とは違う長時間戦闘の影響を警戒した医療班、特に小林の進言によって戦闘後、安心して気絶した奏をそのまま輸送した……らしい。
気が付いたら本部の医療室にいた奏としては全て伝聞形になってしまうのだが。
エンジンを入れるでもなく、バイクに横向きに腰掛け、足をプラプラと遊ばせる。
「いや、私もこう、ありがとうとか言いたかったよ? でも連絡先も知らないしさぁ……」
「なにぶつぶつ言ってんのよ奏」
暗い駐車場で一人、ぶつぶつ独り言を言っている状態になっていた奏。
そんな彼女に呆れたような声をかける一人の少女。
身長は百七十を超えているだろうか。
腰ほどまである薄い水色の髪を緩く三つ編みにし、丸く大きめの眼鏡をかけた姿はおとなしい文学少女を思わせるが、その堂々とした佇まいとネコ科の猛獣のような無駄のない肢体が、彼女に大人しい、物静か等の印象を持たせない。
「あ、葵ちゃん」
「入院してたんだって? 大丈夫?」
結城葵。奏と同じ十八歳にして、世間では「剣撃の魔法少女」と呼ばれている前線型魔法少女。
仲間として気心が知れた仲である彼女は奏の隣、バイクの後部に腰掛けると持っていたジュースの缶を奏の頬に押し当てた。
「ひゃっ!」
急に来た冷たさに悲鳴を上げる奏。
そんな彼女の様子を面白そうに見ていた葵は自分のジュースのプルタブを開けると、一気に喉へと流し込む。
「ぷはぁ! やっぱ夏はサイダーよね! しみるわ~」
「もう葵ちゃん! びっくりしたでしょ!」
「いい声だったわよ。奢る甲斐があるってもんね」
「もう……」
葵と同じ、飾り気のないサイダーのプルタブを引き開ける。結露を纏った缶はプシュと軽い音を立てて開き、シュワッと爽やかな音がした。
そのまま口をつけると、気持ちのいい刺激と爽やかな甘さが喉を滑り落ち、なんとも心地が良い。
「ふう……」
「ん、いい飲みっぷり」
「駐車場でも暑いからね。ありがと」
「好きなのよこれ、最近は色々な炭酸出てるけど、やっぱシンプルな原点に戻るのよね」
「にしてもシンプル過ぎない?青一色の缶にサイダーってだけ書いてあるとか。どこで買ってるの?」
「ん? 行きつけの駄菓子屋」
行きつけの駄菓子屋とは何なのか。
そんなどうでもいい事を思ったが、ふとあることに気が付いた。
「わざわざ買ってきてくれたんだ。誰かから聞いた?」
「虎ちゃんにね。そしたらまた出るっていうじゃない? 私も任務からちょうど帰ってきたとこだったし、行く前に会っとくかーって思って探してたのよ。なのに貴女はこんな暗いところでブツブツと」
なんかあったの? そう聞いてくる葵にどういったものかと悩む奏。
そしたらその間を勘違いしたのか、葵はすっと立ち上がって指をぽきりと鳴らした。
「やっぱり貴女、入院までしたのにまた一人って不安なのね……ちょっと待って、虎ちゃん絞めてくるから」
「あーあー違う違う!! そうじゃない!」
「……ならどうしたのよ?」
すこし殺気立ってた友人を慌てて引き留め、奏はぽつりと発言した。
「あのね、現地で合流する人とその、顔合わせつらいなって」
「知り合いなの?」
「ん、一緒に戦った人」
「一緒に……おかしいわね、魔法少女たちは別の任務に行ってたはず。サポーターの人?」
「ん、違う、現地の男の子」
「……………………」
ぽかん、そう表現するのがいいか。
え、私なにか言っちゃった? とおろおろする奏の肩が、唐突に万力のような力で掴まれた。
「え、男? 奏、ちょっと待って」
「どうしたの葵ちゃん!?」
「貴女……まさか彼氏が!?」
「ふへぁいっ!!??」
つい変な声が出てしまった。
「え、その狼狽え様、え、え、ほんとに!?」
「ち、違う違う違う!!!! 違うのホントにそんなんじゃ!」
「でも顔合わせ辛いって、それってその、痴情のもつれ……とかってやつじゃないの?」
「ちーがーうーかーらー!!!」
がっくんがっくん揺さぶる力に何とか抵抗する奏だが、フィジカルでは全く敵わない。
「なら気まずいってどうしたのよ!」
「なんでそんな過剰反応!? いやほんとに違うの! ただお別れも何も言えずに一週間も経ってるからまた行くの気まずいなーって!!」
「なんだ、そんな事か」
ぽいっと、まるで興味を失ったように奏を開放する葵。
またバイクに戻ると残りのサイダーに口をつけた。
「てっきり魔法少女のコイバナ聞けると思ったのに」
「そんなの無いよ~。けほっ、そもそも葵ちゃんのほうがモテそうじゃない」
「有象無象に興味は無いの。守られるだけの男なんて願い下げ。私より強くないと」
「それ、無理じゃないかな……」
友人の恋愛ハードルの高さに遠い目になる。
そんな友人をよそに、サイダーを飲み切った葵は缶をクシャリと潰し、団子状にして駐車場隅のごみ箱に放り込んだ。
「まあコイバナじゃないのは残念だけど、その男だっけ? べつに一週間くらい気にしなくてもいいんじゃないの?」
「そうかな……」
「そもそも入院してたんだし、無理でしょ。それで文句言ってくるような細かい男なら、所詮それまでって事よ」
「サバサバしてるなぁ」
でも確かに、義昭なら細かいことは気にしなさそうだ。
そもそも奏がさらっと去ったことも気が付いているのか? 奴は。
あ、そう考えるとムカついてきた。
「今頃何やってるのかな」
「正座っす」
「えーと、雲母さん?」
「せ・い・ざ・っす!!」
狩り小屋の前の原っぱ。
バーベキューのあと残るそこで、義昭は地べたに直で正座していた。
目の前には青筋を浮かべた雲母が仁王立ち。
「この素晴らしい毛皮を、陰干しで、一週間も、放置っすか!? 虫湧いてないのが奇跡っすよ!!」
「あーー、それについては、忘れてたというか何というか……」
「忘れてた!?」
ピキリ、青筋追加。
「これ末端価格いくらか知ってるっすか!? ウン十万では効かないんすよ!? それをこんな……素材への冒涜っす!!」
「ゴメンナサイ……」
雲母のハスラーで到着してわずか数分。
義昭は美人のお姉さんからガチの説教を受け続けていたのだった。




