今すぐ行くっすよ!!
「ぷはーっ、食ったっす!!」
あらかた鹿肉とアユ、そして戻ってきた正敏特製焼きそばを平らげて、雲母は満足ですと言わんばかりに両手を合わせて「ご馳走様!」と元気に言った。
「まったく、普段から食べなさい」
後片付けをしながらあきれ顔の栗子にペロッと舌を出し、キンキンに冷えた麦茶を一口。
隣で義昭もラムネのビー玉を落として瓶を煽った。
「くぅ~キクっすね」
「この炭酸がクセになるぜ」
二人で一緒に「くぅ~っ」と唸っていると、子供二人もラムネをねだってくる。
「で、雲母さん。鹿の角は手に入ったんです?」
「いや~川に落ちるまでにも探してたけどぜんっぜんっす」
それぞれラムネを開けて子供たちに渡し「ありがと~」と去っていく二人に転ぶなよーと声をかける義昭と雲母。
重蔵に見守れらながら、ラムネを飲んで「おいしー」と歓声を上げるのを見ながら二人の話は続く。
「そうかぁ。んで、こんどは何作る気だったんで?」
「アクセサリーっすね! あと服の装飾なんて鹿角使ったら面白そうじゃないっすか!」
「服の装飾かぁ……いいねぇ……ん、服?」
服と聞いて、義昭は何かが引っかかる感覚を覚えた。
そういえば、なーんか忘れているような。
そう首をひねる義昭。
こう、記憶のどっかになにかある感じ。
何だったか……モヤっとする。
「どうしたんすか? 義昭君」
「ん、いや何でもない。にしてもアクセサリーか……そういえば付けたことないな」
「もったいない。義昭君素材は良いんすから、おしゃれしたらモテるっすよ」
「田舎でモテてどうすんのよ」
「いやー見てる人もいるっすよ。いやいる、うん」
「いるかねぇ」
「いるっす!」
なんかやけに気合を入れて主張してくる雲母。
まっすぐ見てくる彼女を見返すのは、美人な分すこし気まずくてそっと目を逸らした。
「いやでも、モテるのはだめっすね……でもでも、ちょっと着飾ってみたいし……」
「ん? 雲母さん何て?」
義昭が目を逸らしている間に親指の爪を噛んで何やらつぶやく雲母に気が付き、聞き逃したかと聞き返す義昭だったが、とうの雲母は「気のせいっす! なんでもないっす!」とやけに必死に否定してきた。
「なんでもないなら良いけども……」
「それより義昭君! 何か着てみたい服とかないっすか!? ほら、私って革とかも扱うっすから被服も得意っすよ!」
「えー服かぁ……」
「好きで着てる私服とかって、どんな感じっすか?」
私服……そう聞いて思い返してみると、そんなに服を持っていない自分に気が付いた。
義昭が持っている服といえば、学生服と体操服、ジャージ、あとは作業用のシンプルなシャツとズボンのみ。
とくによく着てるといえば、頑丈さは折り紙付きのジーンズに、親がよく土産に買ってくるシャツか。
とりあえず学生服は無いと思ったので、それをそのまま雲母に伝えてみると、彼女は「あちゃー」と言わんばかりに天を仰いでしまった。
「シャツとジーンズっすか……で、そのシャツは?」
「こんなやつ」
そう自分を指さす義昭。その胸部分にはトンカツを元気に食べる豚が描かれていた。
しかもデカデカと「味噌カツ、トンでもなく美味いブウ!」と描いてある。
よく見ると豚の頭にシャチホコまで乗っていた。
「え、このシャツは……」
「確か両親が愛知県に行ってた時の土産だった……かな」
「はぁ……」
重い、重いため息。
この村には、同年代が極端にいない。
学校に行けばいるが、気軽に会う感じではないし、当然ながら学校では皆制服だ。
つまり、自分のファッションに意識をやる理由が無いのだ。
多くの場合、流行にさとい友人に触発され、そのうち「あれ、自分って実はダサい?」と思うことからファッションへの興味は始まる。
しかし、ここではまず実用性、次に実用性、さらに実用性の田舎暮らし。
ああ、あの服頑丈そうだ。あの服涼しそうだ。そういった感性は有れどダサいだの何だのという方面は全く磨かれなかったのだろう。
外部からこの村に弟子入りした雲母は、自慢ではないが元々都会っ子。普通にファッションは楽しんでいたし、なんなら拘っていたほうだった。
いまは作るほうが楽しいので自分の格好は二の次だが、でも都会に行くことがあれば
カッチリと着飾るだろう。
そんな雲母から見れば、義昭の状態は「悲惨」といって差し支えなかった。
「義昭君、こんどウチ来てほしいっす」
「いいけど何で?」
「私の雑誌いくつか渡したいっすから」
毛皮細工の参考資料で買った男性ファッション雑誌だ。
まずは他の若い男性の服装を見せる作戦だった。
「雲母さんの雑誌?」
「そうっす。毛皮作品の参考用に買った奴っすけどね」
「そっか毛皮……毛皮?」
「どうしたっすか?」
「うーん、あ」
そこで義昭の脳裏にライトが灯った。
そうだ、引っかかってたのはアレだ。
「魔獣の毛皮、忘れてた」
「まじゅ、え!?」
小さくつぶやいた義昭の言葉。
しかし雲母の耳は興味関心事は聞き逃さない。
「魔獣の毛皮がどうかしたんすか!?」
「いや、えっと……山小屋で乾燥してて忘れてたな……と」
「はぁ!?」
バッと勢いよく立ち上がる雲母。
ウーロン茶がこぼれるのも気にならない。
「え、なんで魔獣の毛皮があるんすか!? あれって研究用か軍用で一般には殆ど出回らないはずっすよ!! 私だって何度もチャレンジしても、全然手に入れる希望も手掛かりもなかったっんすよ!!」
「あ、いや、えーーーと、その辺は長くなるというか……」
「つうかどうでもいいっす! 経緯とか! で、義昭君!」
「はいっ!」
興奮して騒いでいたせいか、田中家の人たちの注目を集めているのも気にせずに、雲母は義昭と額同士がくっつく程に顔を寄せて問うた。
「いま、あるんすよね、それ」
「はい、あります」
「どのくらい?」
「一頭分……」
答えるが早いか、ガツと雲母は義昭の手を掴んだ。
「行くっすよ、小屋に。今すぐに!!」
「え、いま? え?」
「誠也君、絵里奈ちゃん! 義昭君借りてくっすね!!」
目をまん丸にしたまま勢いに流されてコクコクと頷く子供二人に追加のラムネを手渡し、そのまま義昭を引きずるように歩き出す雲母。
「ちょ、どこ行くの雲母さん!?」
「私の車っす!」
「今から!?」
「当然! 素材の状態もみないと……一刻を争うっすよ!!」
もはや雲母の目には魔獣の毛皮しか見えていない。
職人とは、かく有るものなのだろうか。
「あーー、にいちゃん、いっちゃった……」
「吉竹、弟子はお前によーく似とるぞ……うん」
まるで売られる子羊のようにドナドナされていく義昭を、田中家は半ば呆れた目で見守るのだった。




