一ノ瀬雲母
太陽が天上に上り詰め、容赦ない日差しが降り注ぐ正午。
バーベキューセットで脂を弾けさせるアユの香りに囲まれながら、ラフな格好の美女が気まずそうに頭を掻いていた。
「あはは……ご迷惑をおかけしたっす」
茶色に染めた髪を飾り気のないゴムでポニーテールにし、化粧っけのない笑顔を浮かべる彼女。
「いやーフィールドワークの途中で足滑らせて、死ぬかと思ったっすね。マジで」
村で唯一の手工芸職人である吉竹。
その作品にほれ込み、高校卒業とともに弟子入り志願して二年。
主に毛皮細工や骨細工に目覚めて職人道を驀進している彼女。
名を一ノ瀬雲母、二十歳のクリエイターである。
「雲母ちゃん、一人で森になんて危ないでしょ? 何しに行ってたの?」
「いやー栗子ちゃん、面目ないっす。四月くらいに多分鹿の角が落ちてると思ったっすからね、探しに来たんすよ」
「で、足滑らせたと」
「いやーーーはははっ」
えへへ、としまらない顔で頭を掻く雲母。
そのとき、彼女の肉付きの薄いお腹から、盛大にクレームの音が鳴った。
みんなが注目する中、雲母の顔は赤くなり、しかし音は鳴りやまず。
「雲母ちゃん」
栗子が少し怖い顔をして彼女の肩をガシッ。
「いつから食べてないの?」
つーと視線を逸らす雲母。
逃がさない栗子。
「雲母ちゃん?」
「えーっとっすね、三日……くらいかなぁと……」
「ちゃんと食べるものは食べなさいって言ってるでしょ! またそんな」
「だってだってバッファローの角が手に入るチャンスだったんすよ! 格安だったんすよ!!そんなのいくしかないじゃないっすか!!」
「で、そのために食費切り詰めたと?」
「……っす…………」
一ノ瀬雲母、好きなことには一直線であり、それ以外のことはとりあえず脇に置いておくタイプの残念美女。使いたい素材を買うためならば、飯抜きなんて当たり前にやってしまう。
吉竹の家に弟子入りしていたからいいものの、都会で一人暮らしなんて、とてもさせられないタイプの人間である。
「まったく、弟子まで吉竹に似なくてもいいだろうに。ほれ、喰ってけ。どうせ腹すいて足滑らせて落ちたんだろ」
「よ、よくわかるっすね」
「お前の師匠も同じだからだよ」
寝食忘れて没頭するのは師匠の吉竹も同じであり、似た者師弟といえるだろう。
そんな友人が心配で定期的に重蔵が様子を見に行っている関係で、雲母と栗子もすっかり友人というか、しっかり者の栗子が雲母を放っておけない感じになったのだ。
まあむしろ、彼ら二人は放っておいたら餓死するか行き倒れるというのは、地域の共通認識なので義昭もたまに遊びに行っているのだが。
そんなわけで顔見知りを釣りあげてしまった義昭だったが、まあ雲母ならあり得ると納得するのが早かった。
「ほら、雲母さん、これも食おうぜ」
もともとお礼にと、剛造が狩っていた鹿の肉を手土産に田中家を訪問していた義昭。
丁度いいからとバーベキューで焼いていたものを紙皿に移して彼女に手渡した。
「義昭君。いい香りっすね。これは何のお肉っすか?」
「鹿肉」
「なら! 角は」
「ねーよ、雌だったらしいからな」
「っす……」
しょぼんと肩を落として肉を一口。
「うまい!」
そして重蔵の魚もがぶり
「うぅまぁい!!」
空腹は最大の調味料といったところか。
切り替えの早い女性である。
「よしよし、たんと食え!」
「じいちゃん、俺もー」
「わたしもー」
「おうおう、お前らには大きいのをあげような~」
「「わーい!!」」
義昭と栗子が雲母を釣った後に適当に処置して生存確認をしている間に重蔵が頑張り、釣り上げた魚は二桁に上る。
普段あまり人が来ないため、魚がスレていないのも大きいだろうが、重蔵の釣りの腕が良いことも疑いようはないだろう。
「ほら貴方。お肉いい感じですよ」
「ありがとう栗子、義昭君も新鮮なお肉ありがとうね」
「いえ、心配してくれたんで、お礼ですよ」
和気あいあいと食べる昼食。
とても少し前に水没者を釣りあげる非日常に出会ったとは思えない雰囲気だが、ここでも吉竹家に対する村の共通認識があった。
曰く、なんだかんだ生き延びると。
その性質から考えに没頭し軽トラに轢かれたり。
崖から落ちてみたり。
塗料か何かを反応させて爆発させてみたり。
まれに大事になってはいるが、なぜか無事なのだ、この師弟は。
だから今回も呼吸を確かめて生存確認が取れてからは、基本的に岩の上でほっとかれていた。
お陰で着古したツナギもすっかり乾いている。
「うまいっすね、ほんと、あぁ三日ぶり……」
「だからちゃんと食べなさいって」
「たはは、次コソハ……」
「今度ばあちゃんの飯でも持ってくよ。雲母さん」
「義昭君ほんといい子!!」
「むぎゅ!」
雲母の伸ばした腕が義昭の頭を抱きかかえ、その豊満な胸に抱え込んだ。
夏の暑さにツナギを半分脱ぎ、上半身はタンクトップのみの姿になっている雲母はかなり煽情的な様相となっている。
だから、正敏の視線がうらやまし気に義昭へと向けられたのも、仕方がない話なのだ。
「どこ見てるんですか? あ・な・た?」
「ひっ」
仕方ない話なのだ。男だからね。
「ちょ、離して雲母さん!!」
「あれー、恥ずかしいっすか?」
「息できねぇの!!」
アルファードにドナドナされていく正敏。一方、顔がすっかり埋まるサイズのロマンに抱え込まれて溺れる寸前の義昭は雲母の手から逃げ出そうと必死にタップするが雲母は気が付かない。
どころか雲母は機嫌よさそうにホールドを強めた。
「照れ隠しっすか?」
「いやマジだから!!」
パンパンと必死に地面をたたく義昭と、離すまいと力をこめる雲母。
はたから見たらじゃれ合いでしかない二人。
それを見つめる無邪気な瞳。
「にいちゃんたち、プロレスごっこ?」
「いいなー楽しそう」
「ほら、ちゃんと飯食ってからな」
とても混ざりたそうにする幼子二人は、若者を応援する老兵に連れられバーベキューを継続するのだった。
「いいもんだな、若いってのは」
その後、アルファードから響いた悲鳴は、重蔵のわざとらしくはしゃいだ声と
義昭と雲母のじゃれ合いの声にかき消され、子供たちの耳に入ることはなかった。
「で、これは? マネージャー」
「うん、今後の指示ってやつさ」
新東京の中心地、大きく敷地を占有するビルの一室にて、奏は一通の書面を小鳥遊より受け取っていた。
「この間みたいな事があったからな。やっぱ単独行動はキツイだろ」
「まあ、あのレベルの魔獣は……」
「だからそれよ。上に通しといた」
封筒のあて先は「東野 義昭」。そして併記される文字は「任命書」。
「だからよ、ちょっと行って説明しといてくれ」
命令の内容は。
「今後、お前とバディだってな」




