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誇り守りしこの御霊。
しかし我が子は逃がしませ。
傷の堪えぬ茨の園。
貫き戦うわが身をば。
例え魔炎が焼こうとも。
幼き宝は守り抜かん。
例え愛したあの身とて。
守るためなら牙もたてん。
『母様……』
『走りなさい、今は少しでも早く、少しでも遠くへ』
駆けるこの身は傷つけど。
愛しきその身は慈しもう。
例え今この時は汚れても。
我が誇りは曇りはせぬ。
『逃げるのよ、一緒に』
『うん……』
例え見知らぬ土地であろうと。
例え味方がおらずとも。
一族の誇りと希望を胸に。
今はただ、命を繋がん……。
「よしにー」
「にいちゃん!」
「おう! どうだ、いいの釣れたか?」
夏の日差しが川面で反射しキラキラと、さわやかな彩を添える午後。
義昭は田中じいと、息子の正敏とその家族(妻の栗子、息子の誠也五歳、娘の絵里奈四歳)
以上六名で山間の川に遊びに来ていた。
きっかけは先週の魔獣騒ぎ。
義昭を心配して家まで来てくれたらしいことにお礼を言おうと、夏休み初日の金曜日早朝に田中家を訪問した義昭は、そのままふくれっ面の兄妹に捕獲されたのだ。
曰く。
「「この前来たのに遊んでくれなかった!!」」
とのこと。
どうやら、魔獣事件の当日、義昭の家に身を寄せた田中家だったが、大人たちの会話から義昭が朝早くに来たようだと兄妹に悟られてしまったらしい。
もともと義昭の家を知っていた兄妹は、その日も義昭の家にこれることを楽しみにしていたが、来てみると本人いないし、帰っても来ないし(その時義春は巨大害虫駆除中)、いつの間にか夜になるしで大層ご機嫌斜め。
次は逃してなるものかと、義昭の姿が窓から見えた段階で、玄関口に待機。
田舎特有の「お邪魔しまーす」と共に開けられる玄関引き戸から飛び出し、見事、足にまとわりつくコアラが二頭誕生した。
「「遊んでよしにい!!」」
もう全力の遊んでコール。
玄関口にお玉片手に出てきた栗子さんも笑っている。
新聞を取りに来ていた正敏さんは二人を引き離そうとするも、子供の全力に敗北。
そんな姿を朝のラジオ体操をしていた田中じいは、ほほえましいものを見る目で言ったのだ。
「よし、朝飯喰ったら遊びに行くか!」と。
そんな流れで急遽川遊びが決まった義昭だったが。それはもう、全力で楽しんでいた。
「にいちゃん! なんか魚釣れた!!」
「おー誠也、デカいなそれ! やるな!!」
「よしにー、カニ、カニ!」
「挟まれるなよ~絵里奈」
「あいっ!」
しゅぱっと敬礼する絵里奈。カニを持っていた右手でやるもんだから、綺麗な放物線を描いて
カニが川へと飛んで行った。
それに気が付いて呆然と見送る絵里奈。
「ああぁ……かにさん……」
「ぷっ、あははははは!!」
たまらず爆笑する男二人。
絵里奈は不服そうだったが、やがてつられて笑いだす。
なんとも平和な光景が広がっていた。
そんな三人を川辺にパラソルとチェアをセットして見守る夫婦。
「楽しそうだな、子供たちは」
にっこり笑いながらスゥーパァードゥライのプルタブをぷしゅ。
盛り上がる黄金の泡を口で迎えてご満悦な正敏と、上品に見守っている栗子。
「まあ貴方、おじさんっぽいですよ?」
「まあ、堂々とおじさんだからね」
そんな会話をしているけれど、二人とも年齢は二十五歳。
田舎には珍しくない、若いうちの結婚というやつだ。
義昭というベビーシッターを得て、久々の夫婦水入らずといった感じ。
魔獣騒動があったからか、村の役場に勤めている正敏は長期で休みを貰っており、学生以来の連休だ~と浮かれながらビールを飲もうとする。
しかし今まさにというタイミングで、ひょいっと、背後から缶を取り上げられてしまった。
愕然とした顔で振り返る正敏。そんな息子に構わずにドゥライを一気に飲み干した重蔵は、ぷはっと息を噴き出して息子の背をバンと叩いた。
「なんじゃお前ら枯れるには早いぞ!」
「なんだよ父さん……せっかくのビールを……」
「けち臭いこと言うな! それよりほら、こいつよ」
重蔵が掲げたもの、それは黒光りする一本の釣り竿。
磨き上げられたロッドは艶消しの高級感を放ち、リールは有名メーカーのロゴが入っている。
「川ときたら釣りだろう! さあうまい魚を食わせてやる!」
ジャケットに長靴、帽子にサングラスまで。もう準備万端な重蔵。
夏の日差しに笑顔が輝いている。
「わははは! 釣りは久しぶりだからな! あいつが居ないうちに楽しまんと!!」
さあいくぞ! と釣り竿を掲げて川へと闊歩する重蔵七十二歳。
年老いてなお元気いっぱいである。
しかし彼は詰めが甘かった。
「なんで、ビール取られたの……?」
涙ほろりとこぼす夫にそっともう一本差し出し、栗子はぽつりとつぶやいた。
「あの釣り竿、高そうですね……お義母さんに報告しないと」
現在仕事で隣県に出張している義母(合気道師範)を思い出し、薄く微笑む嫁。
重蔵の明日はどっちだ。
とまあ、そんな未来に訪れるだろう災難はつゆ知らず、生き生きした重蔵は義昭と孫二人のそばまで行き、これ見よがしなオーバーアクションで竿を川面に振るった。
「あ、おじいちゃん!」
「じいちゃん何それかっけぇ!!」
孫二人がそんな祖父に気が付き、キラキラした目を向けてくる。
重蔵、満足の瞬間である。
「まっとれ! うまい魚を食わせてやるからの!!」
夏の日差しにサングラスをキラッと輝かせ、白い入れ歯を覗かせた満面の笑みで竿を操る。
孫二人が駆け寄ってきて竿と一緒に体を動かすのが可愛くて仕方がない。
これで気合が入らぬ祖父はいるか? いやいない。
さらに都合よく竿にヒットすればなおさらだ。
「じいちゃん、動いてる!」
「引いてるよ、ね、ね!?」
「よっしゃ任せろい!!!」
リールを巻き、止め、遊ばせてから更に巻く。
魚との駆け引き、対戦、対話。
孫の声援を受け、重蔵の目がカッと見開かれ、次の瞬間……日の光を反射し輝く魚体が宙を舞った!
「おお!!!」
少し離れてみていた義昭も歓声を上げる。
宙を泳いで河原の砂利へと落ちたそれは、見事なサイズのアユ。
元気に飛び跳ねるそれに子供たちは興味津々だ。
「すげー! じいちゃんスゲー!!」
「おさかな! おさかな!!」
「わはは! そうじゃろう、そうじゃろう!!」
尊敬と信頼の孫たちの眼差し。
重蔵、充実の瞬間だった。
「よし、俺もやってみるか!」
「ん? にいちゃん?」
そんな重蔵の雄姿をみて、触発されたのは孫だけじゃない。
義昭も一緒にはしゃぎ、よしと周囲を見回してよさそうな枝(倒木)を発見した。
「お、いいツルもある。芋虫も。エサはこれでいいか」
人の背丈ほどもある倒木と、木のツル、そして倒木の下にいた芋虫を組み合わせて作るのは即興の……しかし、それを釣り竿というにはあまりにも大きすぎて……。
「よっしゃ! やるぜ!」
「え、よし坊? なんだその棍棒……」
「にいちゃん竿でけー!」
「よしにいすごい!!」
いったい何を釣る気? 龍?
そんな重蔵の疑問そっちのけで振るわれた釣り竿。
風圧は観客たちの髪を乱し、強引な腕力でしなる倒木はすごい勢いで結んだツルと、その先の芋虫を撃ち出した。
きっとアニメならば涙目の芋虫が星になっているだろう。
「えぇぇ……どんな腕力しとんだよし坊……」
ドン引きの重蔵。若き日の剛造を思い出す。
そういえば剛造もこんな感じで釣りをしたことがあった。
たしか、あの時は何を釣ったんだったか……。
「あ、なんか引いてる!」
「よしにい、がんばれ!!」
「おっしゃ! 俺もいいアユを釣ってやる!!」
いや、アユにはデカすぎるから。
そんなツッコミが喉まで出かかった重蔵に、ピンと当時の記憶が蘇った。
「ん、なんだこれ?」
「え、にいちゃん、これ人、人!!」
「ええええ!!! お姉さん大丈夫!?」
義昭が持ち上げた釣り竿の先、ツルがからまりぶら下がった状態でぐったりしている女性を見上げて、重蔵は深いため息を吐いた。
「歴史は、繰り返すんだなぁ……」
剛造と重蔵の友人である手工業職人の吉竹。
出会いが川で溺れているところを剛造に釣られて助けられたという変わり者。
その弟子である女性が今、とてもデジャブのある姿で気持ちよさそうに気絶していた。




