よく頑張ったね
「勝った……んだよ、ね?」
義昭の双剣が左右に走り、昆虫の首が宙を舞う。
その光景を離れたところから見つめ、奏は呆然とつぶやいた。
先日、山奥の畑で会ったばかりの、やけに長身で目つきが悪くて、でもどこにでもいそうな……そんな印象を持った青年。
でも実際に接してみると、丸太を軽々と担いでみたり、いきなり土下座を決めてきたり、それからも魔獣の骨を大量に持ってくるわ、いきなりバーベキューを始めるわ。
極めつけに魔獣の肉を食べてるわ。
あげてもキリがない奇行の数々。
ほんとうに、事あるごとにこちらのペースを乱してきて、どこまでも捉えどころがなく、予測がつかず、訳の分からない青年。
そのくせ魔獣にやられそうなとき、二度も助けに来てくれた。
「いったい、なんなのよ……」
ほんとうに訳が分からない。
魔力も持っていない青年が、魔獣と戦い、仕留め、喰らった。
魔獣の突進を拳一つで止め、魔法障壁すら貫く角を蹴りで砕いた。
そして変身した自分でも苦戦した魔獣を相手に謎の双剣を振るい、圧倒し、ついにはその首をはねて仕留めてしまった。
どれをとっても尋常じゃない。
人外の所業と言われ、恐れられても不思議ではないだろう。
でも、不思議と奏は彼を怖いとは思わなかった。
それは彼の特異性を考えるとともに、あることも思い出していたからだろう。
畑でお爺さんに文句を言いつつも手伝っていた姿。
バーベキューをいきなりしだして、不器用でズレているけど、それでも
私を持て成そうとしてくれた心意気。
相手が国家の役人と知ったとたんに素材を差し出してくる小市民さ。
魔獣と戦う姿からは想像できない、等身大の青年の姿。
戦闘力だけじゃない、その力だけじゃない。
十代の青年としての、普通の姿も持っていることを。
「あーーーーダメだ、限界」
そんなことをぼーっと考えながら彼を見ていると、その当の本人は体をグラグラと不自然揺らしはじめ、そしてふらーっと……。
「あ、ちょっと、義昭くん!?」
左右に振り切った剣を地面にさし、そのまま大の字に倒れる彼に慌てて駆け寄る奏。
「ちょっと、ねえしっかり!」
すぐ近くで声をかけるが、義昭は目をしょぼしょぼとさせて力なく地面に横たわっていた。
「いやー、目覚めてすぐきてみたはいいものの……体力尽きたわ。動けねぇ」
本人曰く、体力の問題だそうだが、奏は別の所をみて顔を青くさせた。
「目覚めてとかじゃなくて、肩! どうしよう血がいっぱい」
魔獣に切られた肩の傷、そこから血が流れて地面を赤く染めていた。
「ふう、少し無理したかな? あたまがふらつく」
「それ多分失血! いい、ちょっと待って」
何か縛るもの縛るもの……そんあな都合のいいものが森にある訳がなく。
なら衣服を、と考えたが奏は今下着の上からブラウスとハーフパンツを着ただけの軽装。余計な布地はない。せめて上着を着ていれば……そんなものは後の祭りである。
しかし、止血をしなければ出血は続くわけで。
下着を晒すか、手遅れになるか。
「ええい! これは緊急事態!」
パン、とほほを叩き気合を入れる。
恥ずかしくない、大丈夫、下スポブラだし。
そんな彼女の決意を察して慌てた義昭は、ビシッと自分のシャツを指さした。
「いや、布なら俺のシャツ破ればいいから……!」
「でも、あなたの服を破る訳には」
「いいから!!」
結局義昭に押し切られ、言われるがままに彼のTシャツを脱がせて、たすき掛けの要領で肩を縛る。
少しだけでもマシになってくれれば。そう思いながらの処置。
「あ、ほんと、けっこう筋肉が……シックスパック……いやいや」
男性に免疫のない奏が目をグルグルにしつつも、何とかやり遂げほっと一息。
そのころには体力と失血の限界を迎えたのだろう。義昭は気持ちの良い寝息を立てていた。
「はあ、ほんと、こうしてみると普通……よりちょっと怖くてガタイのいい男の子なんだけどな」
さて、これからどうしよう。そう思った時だった。
切り離されたはずの魔獣の頭が動いたのは。
「ア、アァ……クソ……ここで死んでナルモノカ」
「こいつ、まだ……」
頭から不揃いの足を生やし、本体の亡骸へと這う魔獣。
その執念、執着に鳥肌を立て、奏は咄嗟に義昭の剣を一本、両手で構えた。
魔力のもうない奏の、唯一の抵抗。
「アノオトコモ……倒れタようだ、二人も喰えバ……再生できル!」
首のない体にたどり着き、血管を伸ばし融合しようとする魔獣。
身体に唯一残った腕がわずかに動くのを見て、奏は剣を握りしめる。
最悪、義昭だけは守る。そう覚悟を決めて。
「私でも、死にかけくらいは……!」
そして剣を構えて走ろうとした、そんな時だった。
「せっかくの頑張り、踏みにじるのはダメ」
突如空から落ちてきた少女が、魔獣の頭と体を踏み砕いたのは。
「クソ……クソ……」
「終わりくらい潔く、ね」
口元だけになってもまだ、呪いを吐く魔獣を無感動に踏みつぶし、彼女は北音に振り返る。
「北音ちゃん、だよね。立派に頑張ったね」
夕日に輝く銀の髪に、小柄ながらも圧倒的な存在感を秘めた彼女。
「うん、偉い偉い」
剣を取り落としてへたりこむ奏を優しくなでる手は、助けてもらったあの時のまま。
「白川……先輩」
「銀華でいいよ。よく頑張ったね」
四年前の魔獣の襲撃を単騎で退け、以降日本各地で転戦している「最強」にして「始まり」の魔法少女。
「蹴撃の魔法少女」白川銀華が、チリと消えゆく魔獣を背にして、僅かに微笑んでいた。
「ごめんね、北海道からここまで来るのに、結構かかった。でも、北音ちゃんが生きててよかった」
そして、と隣で寝ている青年へと顔を向ける銀華。
「そこの彼も。北音ちゃんを、みんなを助けてくれてありがとう」
いびきをかいて寝ている彼には何も聞こえていないだろう、そう知ってもなお、銀華はお礼を口にする。
そして義昭の鼻をピンと弾いて。
「でも、こんなところで寝ていると風邪ひくよ?」
そう言ってひょいと、彼の体を肩に担いだ。
「彼の肩の傷、もう血は少なくなってるけど深いね。早く治療してあげなくちゃ」
「あ、すいせん先輩、彼なら私が」
「北音ちゃんも限界でしょ? 私が運ぶから彼の剣をお願い。ああ、遺物はいいよ、あとで回収させる」
そう言って森を進む彼女の歩みは全くぶれず、まるで抱き枕でも担いでいるかのような気楽さがある。
奏もそんな先輩の後を追いかけるようにして、剣を引き抜き、その重量に驚きながらも一緒に陣地へと戻っていった。
以降、今回の魔獣出現については、小鳥遊監督官の要請により北海道の戦場から直行した白川銀華が現場入りしたその時をもって、安全確保は完了したと判断。
北音奏特別執行官、および現地協力者の東野義昭の奮闘により、魔獣仮称「三本角」の討伐を確認。
遺物の回収を持って証明とした。
以降、現場の魔力浄化と負傷者の救助、現地住民の避難解除など様々な手続きをもって現場を終了する。
なお、今回の魔獣出現は、これまでの「人口密集地区に魔獣は現れやすい」という仮説を無視した
過疎地域への三体同時出現というイレギュラー性により、今後の魔獣対策における重要なモデルケースとして扱われることとなる。
監察官:小鳥遊虎美 報告書より一部抜粋。
「すまんな、銀華。かなり無理をさせてしまった」
「いいよ、大事な仲間の救助だから。それより虎美さんも疲れてるんじゃない?」
魔獣襲撃から四年。対策に対策を重ね、結果として防犯、防備が飛躍的に高まった首都「新東京」。
役場が集中する「柱間町」にある高級カフェのラウンジで、小鳥遊と白川の二人は優雅にコーヒーを嗜んでいた。
「たった一日の事とはいえ、今回はイレギュラーがひどかった」
「特に彼……かな?」
カラン、とグラスの氷が澄んだ音を立てる。
もうほとんど飲み切ったアイスコーヒーのストローを弄びながら、白川はあまり動かい表情筋をわずかに緩めた。
それが彼女の最大の笑顔と知っている小鳥遊は、面白そうに続ける。
「気に入ったのか?」
「んー、どっちかというと、気になる……かな? 魔力もないのに、北音ちゃん以上の戦闘力。凄い」
「確かにな……」
今は実家で寝ているだろう青年を思い出しながら、たばこを取り出そうとしてここが禁煙と思い出す小鳥遊。
しかたなくキャンディーを口に放り込み、小鳥遊はぽつりと呟いた。
「いっかい、調べてみなきゃな」
「いいの? 民間人は巻き込まないんじゃない?」
「もう巻き込まれてるよ、しかも自分からな。なに、ちょっと迎えに行ってくるさ」
提出する前の報告書。
小鳥遊のPC画面上のそれに、彼女は一言、付け加えた。
「なお、今回の事件において現地協力者、東野義昭の貢献は多大なものである事は疑いようがない。故に彼の特殊性も鑑み、小鳥遊監督官、および白川特別対策員の連名により魔獣対策室へのスカウトを実施するものとする」




