男のロマンはどこいった!!
「ぐっ……キサマ!」
「なんだ? 六本もあるんだ。二本ぐらいで騒ぐなよ」
熊の背中から降り、座り込む奏の前に移動して、真っすぐにカマキリの目を睨む。
「魔力が、ナイな。お前」
「らしいな。で、それがどうしたよ」
「雑魚はヒッコメといっている!」
カマキリ(仮)の大鎌が義昭の首を狙って振るわれ、直撃した。
背後で奏が息をのみ、悲鳴を上げかけるが……何かおかしい。
倒れない、血も出ていない。そして鎌も義昭の体に触れて動けない。
「ナニ……!?」
動かない鎌に気が付き、なにが起きたと確認する魔獣。
そこには義昭の顔に当たり、そのまま動かせなくなっている自分の腕が。
否、両手をだらんと下げ、双剣も動かさず、首を落とさんと迫る刃へと顔を向け、特別な気負いもないまま徐に|歯で挟んで受け止められた《・・・・・・・・・・・・》大鎌の姿があった。
その非現実的な行動が、魔獣の行動を止め、奏の悲鳴も押し込める。
しかし当の本人は別に何事もなかったかのような顔をして|鎌をそのままかみ砕くと《・・・・・・・・・・・》少し咀嚼したあとに顔をゆがめて「ぺっ」と吐き出した。
「うげ……えぐみがすごい。なんというか、喰えたもんじゃねぇ……まじいな。虫は」
「我の刃を……かみ砕イタ、ダト……」
「なんだそんなにショックか? 別に大したことじゃねーだろ。それより俺のがショックだわ」
ベーっと舌にのせた鎌の破片を、見せつけるようにかみ砕く義昭。
人の口の形にえぐり取られた自身の鎌を信じられない目で見る魔獣の正面で、義昭は右の剣を魔獣の眼前へと突き付けた。
かなりお怒りの様子で。
「ちょっと、ワクワクしてたんだよ。あんな男のロマンあふれる奴とまた会えるってな。しかし何だ? クワガタでもカブトでもなくカマキリ! しかも下半身はこれ何? 熊?? どんな気持ち悪い合体をしてんだよふざけるな!」
怒鳴りと同時に前蹴りを魔獣に放つ。
その蹴りの威力は人間のそれとはとても思えないほどで。魔獣の巨体を数メートルにわたり蹴り飛ばした。
ビキリ、と蹴りだけで腹部の甲殻がひび割れる。
何とか四本の足で踏ん張り、背後の木に当たることで何とか制動する魔獣。
そんな魔獣へゆっくりと歩み寄る義昭の表情は窺えず、ただその鋭い三白眼だけが日が暮れ始めた森のなかにあってもなお、カマキリの顔を見据えていた。
「おいお前、覚悟しろよ」
地の底から響くような声に魔獣の毛が逆立つ。
ズズズ……と、二本の剣が地面に筋を作り、前髪の隙間から見える片目が爛々と光を放つ。
「ロマンも分からん虫野郎は、ここで潰してバラしてやる」
来る、そう直感して半ば無意識のうちに壊れた鎌を構える魔獣。
どこから、そう考えた瞬間、前に構えた鎌の上に義昭が現れる。
「ナン、だと!?」
振り払おうと魔獣が動くが、その動きは義昭にとって、なんともスローでしかなかった。
空気を切り裂き迫る蹴りと、頭部から響く破砕音。
潰れた左の複眼の上から蹴りを叩き込まれた。そう理解したのは体が右へと傾いでから。
「おうらぁっ!!」
緑の血が飛び散る空中で、双剣を重りにし、まるで独楽のように遠心力をつけて二弾蹴りを叩き込む。
狙うは破損した大鎌の付け根。
肩の関節を上から叩き潰すように打ち込まれた蹴りの一撃は、容赦なく魔獣の甲殻を粉砕し、肩の肉を抉り取った。
「ウグァァァァ!!」
顔の痛みと、肩の痛み。
ほぼタイムラグなく襲来した激痛に魔獣が悲鳴を上げる。
「キサマ、よくも」
「喚く前に反撃するかよけろよノロマ」
傾く体を何とか留まらせ、義昭に怒声をあげる魔獣だが、その時には義昭は地面へと着地しており
双剣”双牙”の”左の牙”を横なぎに払った後だった。
ぼとり、そう間抜けな音とともに落ちるのは、肩を砕かれ刃を喰われた大鎌の腕。
「三本目……残り、三本」
「ギアァァァァ、ワレの、ワレの腕がまたぁぁぁ」
悲鳴を上げてたまらず距離をとる魔獣。
それを追うでもなく、はいごで座り込む奏に義昭は声をかけた。
「で、奏さんは大丈夫?」
「はい……魔力をほとんど使いましたが、なんとか」
「そっか。んじゃあとは任せて」
なんの気負いもなく魔獣に向かおうとする義昭。
その背に向かって、奏は一つの歌を絞り出す。
『ソロ:城壁の歌』
「これは……」
身体を取り巻く心地よい感覚。
どこか守られているような、何か温かいもので包まれているような。
そんな優しさを感じる魔法。
「せめて、怪我はしないで下さいね」
もはや聖唱魔歌も維持できなくなり、木の幹へ体を預ける奏。
そんな彼女に少しだけ頭を下げ、義昭は魔獣へと飛び掛かった。
「こっからは選手交代だ。踊ろうぜキメラ野郎!」
「ナメルナ人間! お前なんぞ、このワレが喰らってやる!!」
手作りの双剣、削り出しの柄もなく、布を巻いただけのシンプルな双牙と、残りの三本になった大鎌が激突する。
時に正面から、時に威力を逸らすように。
義昭の動体視力と魔獣の複眼による動体感知能力。
それらをお互いにぶつけ合い、森の中心に斬撃の結界が出来上がった。
「我を切レル、それが分かれバ、対処の方法はアル」
「なるほど獣だと思っていたけど、やるもんだ!」
絶えず動き回る戦場で巻き込まれた木々が輪切りになり、散った木の葉が巻き上がる。
幾度も交わされる刃の応酬。そこは常人が立ち入れば間を置かずにミンチに変貌してしまうのが容易に想像できるまさに”嵐”といっても過言ではない状況だった。
しかし、そんな戦いにも綻びは訪れる。
高速で動く双剣の腹、そこを打ち据え勢いを保ったまま攻撃を往なされたのだ。
左の牙の重量に引きずられた義昭の体が横に流れ、姿勢が大きく崩れる。
その隙を逃す魔獣ではなく、間髪入れずに叩き込まれる大鎌の二連。
咄嗟に蹴りで応戦するも、防ぎきることはできずに義昭の体は大きく吹き飛ばされた。
「ふっ……オソロシイ人間だ」
剣を流すために一撃を入れた鎌、それを保持する腕に痺れが走る。
義昭の力を流すには、それほどの衝撃が必要だった証。
だが手傷は負わせた。
「このママ、動けなくなるマデ攻めさせてモラウ。弱点もミエタシな」
「あぁ、弱点だ?」
背中から突っ込みへし折った木をどかしながら立ち上がる義昭。
そんな義昭を見下すようにして、魔獣はこう言った。
「オマエ、力はスゴイが、技が全くナイな」




