呼んだかぁ!!?
激戦の振動が響く陣地の中、真っ赤なスポーツカーがドリフト気味に走りこんでくる。
忙しく駆け回る職員が慌てて避け、声を上げる前にドアを乱暴に開けて降りてきた小鳥遊は戦闘音にも負けない声を張り上げた。
「遅くなった! 状況は!?」
「小鳥遊監督官! お戻りになられましたか!!」
「ああ、すまん席を空けて。被害は!」
「人的被害は北音特別執行員のご助力で軽微、しかし結界班の六名が重軽傷、試作の魔道具『神楽鈴』の大破、および複数施設に被害が出ております」
「神楽鈴は確か技術班の新作だったな。クソが不良品掴ませやがって……重軽傷者の救助最優先。非戦闘員は周囲の安全確保と避難を優先しろ! 物資は必要最低限のみ持ち出しを許可する! 命最優先だ走れお前ら!」
「了解しました!!」
手早く現場への指示を行い、自身はキャンプの中を真っすぐ横断する。
目指すは一つのコンテナ。襲撃地の近くにありながら不自然に被害の少ないそれ。
しかしその前では小林が呆然と立ちすくみ、森へ視線を向けたまま固まっていた。
「おい小林、おい! しっかりしろ、どうした!!」
「あ、あ、ええ、小鳥遊さん。お帰りなさい」
「そんな挨拶はいい! 何かあったか!!」
「はっ! そうです小鳥遊さん! すいません、例の彼が……走り去ってしまいました!!」
「は……?」
顔面蒼白の小林からの報告。それに小鳥遊は間抜けな声を漏らしてしまう。
「待て小林、ありえんだろ。あいつは確か重症だった。治療には私も立ち会った。間違いない」
「それは間違いありません。カルテも残っています。走るどころか……起き上がることもできないはず」
「それが走り去った、だと」
2人して呆然と森を見る。
未だ歌と轟音と地鳴りが収まらない戦場を。
「なんたって、あんな所に、迷い無く……」
理解できないものを目前にして自失する小林。
そんな彼の横で小鳥遊は徐にスマホを取り出し、履歴から一つの番号を選びコールした。
「移動中か。すまない銀華、マズいことになった……ああ、私は大丈夫だ。北音はわからない。あと一般の少年、ああ、報告にあった奴だ。彼も向かってしまった。……すまない、全力で急いでくれ。頼む」
迫る鎌をバトンで受け、受け、受け、躱し、受け。
腕に足に頬に切り傷を作り、更に受け。
転がり躱し、また……。
「どうしタ、守ってばかりダナ!!」
大鎌の四本腕。そこから繰り出される斬撃の連打は確実に奏の防御を削り取っていた。
残りの魔力は3割を切っている。この状態では先ほどのように戦闘用の曲は使えない。
トーンに「戦いの歌」、ヘオンに「城壁の歌」を常時展開させ、攻撃自体は奏自身で凌ぐ。
これが一番魔力を効率的に使う手段。
奏は今、苦しい持久戦を強いられていた。
(延命措置にしかならないけど、小鳥遊さんのことだから、何か手を打ってるはず)
自分がここに一人で派遣されたのは、そもそも魔力反応もほとんどない雑魚の相手だと想定されていたからだ。
今の状況は完全な想定外。
ならば確実に、なにかのアクションがあるはず。
自分はそれを信じて、今は耐えるのみだ。
(それに、まだ勝ち目が消えたわけじゃない)
二つの歌をトーンとヘオンに任せ、奏自身は声と魔力を温存していた。
胸の間、魔法少女が持つ仮想臓器「魔道炉」に魔力を送り続け蓄積していく。
閉じ込め、回し、膨大に。
「耐えるバカリデハ、死ぬゾ!!」
二つの鎌が同時に襲いかかる。
バトンで受けるも踏ん張りが効かず弾き飛ばされる体。
木の幹に強かに背中からぶつかり、空気が肺から押し出された。
「がはっ……」
「ソロソロ終わりカ。呆気なかったナ」
徐に振るわれる鎌にトーンとヘオンが両断され、掻き消える。
同時に奏の全身を覆っていた魔力の城壁が、溶けるようにして消滅した。
「まだまだ……よ」
「フン、使い魔もコロサレ、お前の魔力もあとワズカ。何がデキル」
キチキチ、とカマキリの鋭い口元が蠢く。
四本の大鎌が奏の周囲を囲むように突き刺さり、逃げられないように包囲した。
何をするつもりだ、そう警戒してバトンを構えるが、その先端をカマキリの腹から生えた第五の腕に掴まれる。
「ムダだ」
四本の大鎌。それ以外に生えた第五と第六の腕。
抵抗もできないうちにバトンを取り上げられ、襟首を掴まれて釣り上げられた。
「ぐっ…………」
「魔法の使エル人間。喰らエバチカラを得られソウダ」
ギチギチギチ。
まるで鉄でも裁断できそうな口が縦に開き、粘性の液体が糸を引く。
首元が締まり上手く呼吸ができない。魔獣の唾液が滴り奏の頬を濡らす。
死。その一文字が脳裏をよぎる。
魔獣に食い荒らされた同級生の亡骸がよぎる。
この場で死ぬのか、あいつらのように。
見開いた目から涙が溢れるが、脳裏にふと、あの時の情景が浮かんだ。
『怖かったね、大丈夫』
あれほど怖かった魔獣を全て蹴り殺し、自分を救ってくれた彼女。
『魔法の才能があったんだ。どうするの? ……そう私みたいに。か、なんか照れるね』
自分の決意を笑わないでいてくれた彼女。
『諦めないで、何があっても。諦めなければきっと次は見えるから』
魔法少女として頑張ると報告した奏にそう言って微笑んでくれた彼女。
「そうだね、諦めないよ」
「ン、なんと言った」
「いつから勝ったと勘違いしてんのって言ったんだよ!」
ために溜めた「魔道炉」に火を入れる。
呼応するように魔獣の左右に赤と黄色の鳥が羽を広げて共鳴した。
「ナ、コイツは……さっき」
「これで終わりよ」
魔力体トーン・ヘオン。
奏の魔力により作られた仮想生命体。
その命は一度吹き散らされた程度で潰えはしない。
奏とトーン、ヘオンの三点で魔力が循環する。
高まる魔力は一つの歌に収束する。
『トリオ・連弾:鉄槌の歌』
単唱ではなく、連唱。
絶え間なく紡がれる歌が三方から魔獣の上半身をめったうちにする。
奏の魔力炉が燃える勢いのままに、燃料が尽きるまで、絶え間なく。
魔獣の体が揺れ、突き立つ鎌が震えて地面から抜け落ちる。
奏の襟を掴んでいた手が外れて、地面に落とされた。
それでも受け身も取らず、連唱を止めはしない。
『眼前の全てを砕き尽くせ!!』
高音の少女の声、低音の女性の声、そして奏の美声。
重なる声に応えるように最後の火が燃え尽きる。
三方から同時に叩きつけられた魔力の槌が魔獣の上半身を押しつぶそうと叩きつけられる。
のちに訪れるのは、アンコールを紡ぎ終わりし静寂の時間。蝉の声も聞こえぬ森に奏の息遣いのみが響く。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
今の魔力で出来る最大火力。
これで仕留められないと……。
「そんなチカラを残してイタトハ……効いたぞ、イマノハ」
衝撃で巻き上げられた埃の中より現れたのは、甲殻にヒビを作りながらも、なお見下ろしてくる魔獣の姿。
残り魔力は、1割以下。
「よくタタカッタ。アトハ潔く喰われろ人間。安心しろ、仲間もすぐにオレのナカデ会わせてやる。とくにあの男にはナ……」
あの男、そう聞いたときに浮かんだのは、治療を受けているだろう彼の姿。
彼女以外に自分を打算抜きで守ってくれた人の姿。
「義昭くん、ごめん、負けちゃった」
ふっと全身から力が抜ける奏。
魔獣がそんな奏に手を伸ばす。
しかし、そんな運命は"この馬鹿"の前には通用しなかった。
「呼んだかぁ!!?」
斬!
響く悲鳴と転がる腕。
はっと顔を上げた奏での眼前。そこには膝を折る魔獣の背の上で双剣を構えて見下ろす義昭の姿があった。




