目覚めしイレギュラー
「あーあ、喰われたのは俺か。二度目だな、笑えねぇ」
「俺もまさか同じ獲物を二度も喰うとは思ってなかったよ」
「くくっ……魔獣を喰うなんざ、物好きな奴め」
「それ言われるとな。なんも言えねえや」
「自覚ありかよ。まあいいや、俺を喰ったんだ。せいぜいうまく使え」
「どう使うかは分かんねぇけどな」
「お前のことだ、直感で何とかなんだろ。俺の力はお前のもんだ。じゃあな」
「ああ、じゃあな」
「ん……知らない天井だ」
浮上する意識の中でふと目を開ければ、そこは真っ白の清潔感のみを
追及したような天井と、薄く光るLED電灯の明かり。
今度は森でも野宿でもなくベットに自分は寝かされている、そう確かめて
義昭はゆっくりと体を起こした。
見ると今自分は見慣れない着物に似た服を着させられており、学校の保健室でしか見たことのない
パイプベットに寝かされているようだ。
ピッピッ……と聞き馴染みのない電子音に顔を向けると、何やらグラフみたいなものが表示されたモニターがベットサイドに鎮座しており、そこからのみならず、いろいろな器具から点滴や電気端子などが自分の体に繋がれているのに気が付いた。
「どういう状態だこれ」
声を出したら何かくぐもった感じになっている。顔に手をやると今自分はなにやらマスクのようなものをはめているらしい。
邪魔くさいので耳に回された紐を外してマスクを取ると、とたんに消毒液や血の匂いが混ざった空気が鼻に舞い込んできた。
「なんだこの匂い……」
思わず鼻に腕を当てる。と、一段と血の匂いが強くなる。
まさかと思いみてみると、右手には包帯が巻かれており、かなりの範囲が赤く染まっていた。
そういえば、自分はあの昆虫に右手を割られたんだ。
そう思い出した義昭は続いてなぜ忘れていたのかに思いが至る。
理由は明白だった。
痛みが無いのだ。
義昭の顔が青くなる。
「たしか痛みがないほうがヤバいんじゃなかったっけ……?」
慌てて包帯を取る義昭。
ギブスなどはしてなかったのだろう。多少苦戦しつつも包帯を取り払うことができ、
あらためて自分の右腕を確認してみた。
どんな酷いけがになっているのか、覚悟を決めて。
しかし包帯の下から出てきたのは血で汚れてはいるものの、依然と変わらない「傷一つない」自分の右腕。
まさかと思いけがをした記憶がある左足と右足に巻かれた包帯も取ってみるが、それらも一様に傷一つない肌を惜しげもなく晒しているのみだった。
「夢でも見てるのか……?」
怪我をしたことが、そもそも夢だったのか。いや、それはあり得ない。
記憶にもはっきりと残っている。カブトムシと打ち合った光景が。
右腕が裂け、左足を負傷した記憶が。
最後は軸足にしたため、そんなに覚えていないが、右足も何かしら怪我をしていたことだろう。
それらすべてが今、消えているとしても、ならば包帯で処置されていたことに説明が付かない。
『俺の力はお前のもんだ』
ふと、夢の中での言葉が思い出される。
「喰った影響で治った、って事か??」
自分でも半信半疑だが、魔獣のことだ、あり得ないとも言えない。
怪我した肉体の完全回復ならば、力としては願ったりだ。
それになんだか、怪我の回復だけじゃないと直感的に感じてもいた。
さっき起きた感覚で、すこし違和感があったのだ。
「よっと」
点滴の針や各種電気端末を体から外し、ベットから飛び降りる。
そのまま軽い屈伸運動やストレッチをしてみる義昭だが、変化は割とすぐ、如実に感じ取れた。
(筋力がかなり上がっているし、疲れにくい。動きやすい。身体能力がすべて飛躍的に上がっているんだ!)
魔獣は言っていた。俺の力を喰ったと。
じいちゃんは言っていた。食物は吸収された後、巡り巡って自分の体を作り上げる一部になると。
つまり、あのイノシシは義昭の一部になったのだと。
義昭は直感的に理解した。
軽くシャドーをしてみると、過去の自分では考えられない速度で拳が繰り出され、その風圧でカーテンが激しく舞い上がる。
柔軟体操も以前より確実に可動域が広がっていた。
体全体が、かなり上位に変換でもされているような感覚。
「あいつが言う魔力はいまだに分からないけど、まあこの体が強化されてるのなら、そっちのほうが分かりやすくていい。これが奴の力ってやつか」
魔力を魔力として扱う成長ではない。
義昭の肉体と魔獣の魔力がぶつかり合い、互いに喰らい合った。その結果、義昭の肉体が魔力に勝利し、魔力とそのまま共存するのではなく、魔力をすべて「肉体・存在の格を上げることのみ」に変換した結果の、この体。
もちろん義昭の意思はこの更新プログラムには反映されていないが、現状一番義昭に合っているのは確か。
義昭の体が魔力を完全にねじ伏せた。それ故の結果なのだった。
肘を伸ばし、屈伸をし、軽く飛び跳ね義昭は笑う。
いまなら、あのカブトムシに後れは取らない。
ふと、義昭はベットに何か立てかけてあるのに気が付いた。
見てみるとそれは自室の押し入れに置いてきたはずの、二本の剣。
「俺の力は……か。粋なことをする」
剣のありかや、その存在すら誰にも話してはいない。
誰かがここに持ってくることはあり得ない。
だとしたら可能性は一つだけ。
この剣が自らの意思でここに来たのに他ならない。
「さて、リベンジと行きますか」
ベットサイドに畳んでおいてある、見慣れたジーンズと血の付いたTシャツ。
入院着だろう、和服に似た前止めの服を脱ぎ去り、自分の服を身にまとう。
汚れていようが入院着よりも幾分落ち着くというもの。
そこで外からどたどたと騒がしい足音が響き、カーテンが勢いよく開け放たれ、
やたら堀の深い医者が顔を出した。
「君は、ばかなこんなに早く目覚めるなんて……」
何やら困惑しているようだが、関係ないとばかりに彼へと質問する。
実は気になっていたのだ。起きたときから、やけに外が殺気立っていると。
「えーと、お医者さんですか。少し聞きたいんですけど」
「あ、えっと、はい。な、なんでしょう?」
「外の騒ぎは何ですか?」
「あ、えーっとそれはですね」
言葉を濁す医者。答えにくそうな彼の様子にどう聞き出そうかと思っていると、医者なんかよりよほど雄弁な回答が外からもたらされた。
奏と、あの昆虫。双方の気配がぶつかっている。そんな感覚が。
それを感じ取った瞬間、義昭は双剣を手に持ち、コンテナの出口へと突撃していた。
「あ、あのちょっと!」
背後で呼び止める声がするが、振り返ることはしない。
扉を蹴り開け、気配のするほうへと一路駆ける義昭。
激しい力のぶつかり合い、肌にビンビンと響いてくる。
「虫の気配のほうが大きい。押されてるのか……?」
上昇した身体能力で走るというより飛ぶに近い移動。
魔法少女の戦場へ、イレギュラーが切り込んでいった。




