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進化

「はぁ……はぁ……はぁ……」


汗で張り付く前髪をシェイコに押し込め、バトンへ体重を預けて息を吸う。

小さく羽ばたく黄色と赤の小鳥がそんなバトンの上にとまり、チチッと小さく鳴いた。


「お疲れ……様、トーン、ヘオン」


大丈夫! とでもいうように「ぴぃ」と返事が返ってくる。

眼前は巨大な轍が刻まれ、その先は土煙に閉ざされ様子は伺えない。


「全力の……合唱。今出せる最大威力……きっつ……」


ともすれば座り込みそうになる体をバトンで支え、奏は荒い息を何度も行う。

魔力を乗せた全力の魔歌。その代償として奏の体から酸素が枯渇していた。

陸に居ながら酸欠の寸前。体が呼吸を求めているのが分かる。


「あーー、前線で戦うってこんなキツかったんだ……」


奏が「歌の魔法少女」と呼ばれているのは、今まで後方支援に特化していたから。

身体強化し戦闘力を上げる「戦いの歌」。

魔力の障壁を付与し、身体強度を上げる「城壁の歌」。

味方の武器を魔力で覆い、強化し、魔獣へ有効な攻撃を与えられるようにする「剣武の歌」。

そして、主に後方援護で使用していた「鉄槌の歌」。


それぞれの歌を組み合わせ、自衛隊員や結界班のような戦闘補助員、そしてほかの魔法少女などが

戦う後方でひたすら歌い補助に徹していた。


その姿から呼ばれだしたのが「歌の魔法少女」。


決して前線で戦うような魔法少女ではない。そう周囲も、自分ですら思っていた。


まさか、こうして本気で魔獣とやり合うとは思ってもいなかった。


(変身しなくても倒せる、弱小魔獣の対処だって思ってたらコレだよ……やっぱり、思った通りにはいかないね)


自分の術式礼装:聖唱魔歌(カナリア)が単独で先ほどのレベルの魔獣に対応できるとは思っていない。

しかしあの時は、悠長に救援を待っている時間はなかった。

もし魔獣の襲撃をそのままに避難し、自分が出なかったとしたら、結界班の人、職員の皆、小林先生、そして彼。

あらゆる人が犠牲になっていただろう。


(魔力の残りが心もとない。聖唱魔歌(カナリア)を維持できてもあと数分)


いまだ晴れない煙を見つめ、全身に魔力を回し聖唱魔歌(カナリア)を維持する。


(支援だけしてたけど、こっそりと幾つか歌を作っておいて良かった。それが無かったら、そもそも戦えてなかった)


後方支援が主な奏だったが、プライベートでは妄想することがあった。

自分が誰かを助けるところ。

かっこよく人を救うところ。

助けに来たと、誰かの希望になるところ。

厨二臭いヒーロー願望。自覚していた、妄想だと。

実際の自分は後方での支援ばかりの能力なのだと。

でも空想するのは自由じゃないか。自分が誰かに必要とされるところを。


サブではなく、メインになるところを。


だからこそ、そういう時に使う歌としていくつか自分の中で作ってはいた。

使うことがないと思いながらも。

検証も調整も試し打ちもない、ぶっつけ本番の歌の数々。


(『断裂の歌』『槍撃の歌』『反転魔歌』そして『レイ・オブ・リベレーション』。さすがぶっつけ本番だけあるね。魔力の消費が半端ない……あーこうなるって分かってたら、どっかで試し打ちでもしといたのに)


内心で反省会をするも、今の状況は変わらない。

そう、まだ戦わないといけないこの状況は。


「クソ……イタカッタゾ……イマノハ」

「やっぱ、ぶっつけ本番は無謀だったかな」


風で土煙が拡散され、黒い巨体が見えてくる。

角は欠け、甲殻はひび割れ折れ曲がり、足も一本折れ飛んだ痛々しい姿。

しかし、確かに生存している魔獣の姿が。


「あれ受けてまだかぁ……もう少し、頑張らないとね」

「スサマジイ、イチゲキダッタ、コムスメ……イヤ、ワガテキヨ」


力ない足取りで起き上がり、奏を見据える魔獣の瞳。

その複眼から色は読み取れないが、動作や声色から少なくないダメージは受けている様子。

しかし、致命傷に届いているかは不明のまま。


(あと一発いけるかな……いや、さっきと同じ威力は難しい)


自身の魔力残量を確認し、自嘲気味に笑う。

多く見積もっても三割はいかないだろう。

先ほどの一発で消費した分と、ほぼ同じだ。

もう一撃打てはするが、それ以降は完全に奏は無防備になる。

それはすなわち、次で仕留められないと、抵抗も出来ずに死ぬということ。


せめて仲間が誰かいれば……一瞬、そう考えるが無駄な思考だと意識のうちから追い出した。

ここには仲間の魔法少女はいない。援軍は小鳥遊が呼んでいるらしいが期待はできない。


自分がやらなければ、ここにいる人みんな、皆殺しになってしまう。


「いいの? 随分ボロボロだけど。トドメ刺してあげるよ?」


わざと強気に発言し、挑発する。

こうすれば魔獣の意識は自分に向くと信じて。


『エンリョサセテ、モラウ、ワタシモナスベキコトガ、アルノダカラナ』

「ふーん……ま、いいよ。私のステージはアンコールも受け付けてるから。ここから後半戦。しっかり聞いていって」


バトンを構え、トーンとヘオンを空中に放ち、陣形を整える奏。

しかし魔獣はその場から動かず、ただその体に膨大な魔力を凝縮し始めた。


何をする気だ。そう警戒心を最大にする奏。


やがて魔獣は立ち上がった足をすべて地面に折り、ずんと地響きをさせて崩れ折れた。


「倒れた……なんでこのタイミングで」


困惑の言葉を吐く奏。

しかし、次の瞬間、その目は限界まで見開かれた。

パキ……最初はほんの軽い音。

しかしすぐ、その音は連鎖。魔獣の甲殻にひびが走り……ついには魔獣そのものを覆いつくさんばかりに広がったかと思うと中から一対の大鎌が姿を現した。


まるで腕の先に付いているかのような形状。


直感的にカマキリを思い出した奏は、その鎌がもう一セット追加で出てきたのにヒュッと息をのんだ。


魔獣の声が響く。


『あのママの姿では、勝ちはナサソウだからな。これならイケそうだ』


今はただの抜け殻になった三本角の魔獣より、這い出て来るモノ。


下半身は熊のような毛皮で覆われた筋肉質な獣のそれであり、首から上は人型のカマキリとでもいうのか、左右二本ずつ、計四本の大鎌付きの腕を

生やしている。


顔はそのままカマキリのようだが、左目は潰れたままであり、無事な右目で奏を見据え、四本の鎌を突き付けてきた。


『コノ姿なら、突進以外も攻撃ヲ、アタエられる』


昆虫の不自由な体を、より戦闘に適した形態に自己進化させる。

より禍々しく、より殺傷に特化した姿へ。


『次コソハ、切り裂く』

「やれるもんならね!」


カブトムシのときより多少流暢になった言葉。

振るわれた右二本の鎌と歌の障壁が衝突する。

奏の、限界に近い最後の戦いが、ここに幕を開けた。


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