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このおっぱいで勇者は無理でしょ  作者: りむ


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50/51

#50 視線②

「おい、何か来るぞ……っ!」

ガロンさんの低い警戒声が街道に響き渡った。


鬱蒼と茂る森の隙間から躍り出てきたのは、盗賊――ではなく、無数の蠢く脚と不気味な管を波打たせる巨大な蜘蛛型の魔物ワイルドスパイダーだった。人間ほどもある巨体、赤く光る複眼、そしてぬめりを帯びた無数の触手が、湿った音を立てて空気を蠢いている。


(ひえぇぇぇぇ! 本物の魔物だぁぁぁ! っていうか、あのうねうねした触手は何!?)


馬の上で、私の心臓が跳ね上がる。

その瞬間、前世で読み漁ったあらゆる薄い本や深夜アニメの悪夢――「捕らわれのヒロインが未知の触手によって全身を緊縛され、全裸同然にドレスを引きちぎられながら見せしめにされる陵辱シーン」が、恐ろしいほどの解像度で脳裏にフラッシュバックした。


(ヤバい! 被害に遭うのは私だ! このノーブラのセクシードレス姿であの触手に捕まったら、一瞬で衣服を溶かされて胸を揉みしだかれながら吊るし上げられるやつだぁぁぁ!)


逃げ出したい。今すぐこの馬から飛び降りて草むらに隠れたい。

だが、昨夜のノエルとの鬼の筋トレによる全身筋肉痛が、容赦なく私の下半身をロックしていた。


(あ、アカン! 足がバキバキで力が入らない! 馬から降りたらそのまま崩れ落ちて触手のエサになっちゃうぅぅ!)


恐怖でパニックになりかけた私の脳内で、シャリーさんから教わった男を誘惑して隙を作るという魔性のテクニックが謎の暴走を始めた。


(そうだ、囮! 私は囮なんだから、あの魔物だって誘惑して隙を作れば……っ!)


私は馬の上でグッと前傾姿勢になり、ドレスの補正でツンと上を向いた双丘を、これでもかとばかりに魔物の正面へ差し出した。上目遣いで潤んだ瞳を向け、可憐な悲鳴を装う。

自慢のロケットバストを強調する完璧なポージングであり、昨日の夜、部屋で一人で筋トレ(というか妄想コスプレ大会)をしていた時に「カメコ目線はこちら~!」とノリノリで練習していた、あの禁断のポージングでもある。


……だが、ワイルドスパイダーの8つの複眼と蠢く触手が、ギラリと怪しく光っただけだった。当たり前である。魔物に乙女の誘惑など1ミリも効くはずがない。


(効いてない!? なんで!? 一人筋トレで夜な夜な練習した私の特訓成果がぁぁぁ!)


魔物は私の顔など一切見ていなかった。

そのギラついた視線は、私の胸元――ノーブラドレスの中でパチンと張り詰めた、高密度で栄養満点そうな二つの果実だけに一点集中していた。

魔物の本能が察知したのだ。あれはただの脂肪ではない。高密度の乳腺と水分、栄養がミッチリと詰まった、この場で最も効率よくカロリーを摂取できる極上の獲物であると。


「あんなに恐ろしい魔物が……っ! だ、誰か私をお守りして……んっ」


『ギシャァァァァッ!』

魔物が黄色い粘液を滴らせ、触手を妖しくうねらせながら、他の男たちを無視して一直線に私に向かって跳びかかってきた!


(パーティで一番弱いところを狙ってきてるぅぅぅぅ!? 触手プレイは固くお断りしますぅぅぅ!)


「お嬢ちゃんに手を出させるかよ!」

「引っ込んでろ、化け物!」

すささまじい勢いでガロンさんが大斧を振りかざし、魔物の突進を割り込んで力任せに弾き飛ばす。間髪入れずに槍使いの少年と剣士の青年も私の前に立ちふさがり、壁となって魔物の触手を威圧するように牽制し始めた。


「絶対にお前には触れさせねぇ!」

「ここは俺たちが食い止める、安心してくれ!」

3人の頼もしい背中が私の視界を覆い、魔物の凶暴な爪牙から必死に庇ってくれている。


その光景を目にした瞬間、一気に上がりきっていた私の脳内の血の気がすーっと引き、急激に冷静さが戻ってきた。


(あ、守られてる……。私、ちゃんと守られてる……!)


安堵した途端、私の中でオタク特有の冷めた観察眼が目を覚ました。

目の前で繰り広げられる激しい攻防。3人の男たちが代わる代わる魔物に斬りかかり、ヘイトを引きつけながら戦うその構図は、前世で幾度となく画面越しに眺めてきたアクションゲームのプレイ動画そのものだった。


(なにこれ……完全にプロゲーマーのボス戦実況動画を特等席で観賞してる気分だ……)


馬の上で揺られながら戦況を高みの見物状態になった私は、恐怖を忘れてゲーム画面を見るような眼光で魔物の動きを注視し始めた。すると、オタク特有の敵モーションを凝視する癖がフル稼働し、視界の中に不思議な違和感が浮かび上がり始める。


(……あれ? あの蜘蛛、なんか一定のパターンで動いてる?)


ガロンさんの大斧が弾かれる。普通なら「すごい力だ」で終わるところだが、私の目は魔物のわずかな予備動作を捉えていた。


(お腹の糸疣(いぼ)がピクピク動いてる……! あの触手が逆立ったコンマ数秒後に、お尻を向けて糸を吐き出してくるんだ!)


戦ったことなど一度もない。剣の振り方も知らない。

けれど、前世でアニメやゲームをフレーム単位で分析してきた私のパターン認識能力が、勇者スキルの覚醒と噛み合って無意識に敵の行動アルゴリズムを完全解析していた。


(あ、これ完全に初見殺しの予備動作だ……! あそこから全体攻撃の糸吐きに派生するやつ!)


口が勝手に動きそうになる。だが、私の中の配信マナーが猛ブレーキをかけた。


(待って、ダメダメ! プレイ中の人に横から「あ、それ右から来ますよ」とか「そこ弱点です」とかネタバレ攻略指示を飛ばすのって、一番嫌われる指示厨マナー違反じゃない!? ゲーマーとしてそれだけは絶対やっちゃダメなヤツ……!)


しかし、目の前でガロンさんがその糸の射程圏内へ大剣を構えて踏み込もうとしている。


(指示厨ダメ、絶対! ……でも、これゲームじゃなくてリアルだから食らったら死ぬぅぅぅ!! マナー違反とか言ってる場合じゃない!!)


「ガロンさん! 左に飛んで! お尻から粘着糸が来ます!」

背に腹は代えられない。私は配信の禁忌を破り、馬の上から全力で「指示厨アドバイス」を叫んだ!

ガロンさんは一瞬驚いた顔をしたが、長年の直感で私の叫び通り左へローリング回避した。直後、彼がいた場所にバシュッと粘着性の糸の塊が突き刺さる。


「なっ……よく分かったな、お嬢ちゃん!」

「次は上の触手です! 攻撃する直前に、頭の毛が逆立ちます!」

「了解だ!」


槍使いの少年が私の指示通り、毛が逆立った瞬間に間合いを詰めて槍を突き刺す。魔物が悲鳴を上げ、体制を崩した。


「右側面がガラ空きです! 剣士さん、あそこを斬って!」

「っしゃあ!」

私の叫ぶ指示は、まるで未来予知のように正確だった。


私自身は馬の上で震えているだけで、自分にどんなすごい能力が目覚めているのか全く気づいていない。ただゲームの立ち回り解説を実況しているくらいの感覚だったのだ。

最後は、体勢を崩した魔物の隙を見逃さなかったガロンさんが、大斧を振り下ろして頭部を一刀両断した。


『ギシャァァァ……』

巨体が崩れ落ち、静寂が訪れる。触手もだらりと力を失って床に転がった。

返り血を拭いながら、涼しい顔で戻ってくる男たち。めちゃくちゃ強い。

さすが金貨200枚の案件を受けるだけはある。


「はぁ、はぁ……助かったぜ、お嬢ちゃん。あんなに正確に魔物の隙を見抜くなんて、ただの箱入り娘じゃないな! 優秀な軍師か何かか!?」


ガロンさんたちが興奮気味に馬の元へ駆け寄ってくる。

だが、私の意識は彼らの称賛には向いていなかった。倒れたワイルドスパイダーの死骸から、だらりと垂れ下がっている「糸」に視線が釘付けになっていたのだ。


(待って……あの糸……)


魔物が吐き出した糸は、ガロンさんの大斧の衝撃にも耐え、ツヤツヤとした美しい光沢を放っている。圧倒的な伸縮性と、絶対に切れないであろう驚異的な引張強度。


(高密度の超強力繊維……! 伸縮性抜群で、通気性も良さそうで、しかもこの強度……!)

私の脳内で、雷が落ちた。


(これだ……! これなら、暴走するロケットバストの圧力を完璧に受け止められる……! 私に似合う服の素材になるんじゃないの!?)


「が、ガロンさん……っ!」

私は激しい筋肉痛を忘れて馬からズリ落ちるように着地すると、膝をガクガクさせながら魔物の死骸へと這い寄った。


「その蜘蛛の糸と、ついでに背中の柔らかい羽毛みたいなパーツ……! 全部回収して持っていってもいいですか!?」

「えっ? あ、ああ……素材として売れるが、お嬢ちゃんが欲しいなら全部持っていっていいぞ……?」


違う。そうじゃない。 触手リョナの恐怖を乗り越えた先で見つけた、自分のプロポーションを活かした普段着を錬成したいだけなのだ。

私は目をキラキラと輝かせながら、ベトベトの最強繊維を大事そうに持ち上げるのだった。


「ふぅ……これで良し!」

私は回収した粘着糸と羽毛状のパーツを近くの水辺できれいに水洗いし、しっかりと水気を切ってから、新調したショルダーバッグの中にギッチギチに詰め込んだ。

ベトつきが取れた糸は、まるで極細のシルクとゴムを足して割ったような、しっとりとした上品なツヤと圧倒的な伸縮性を発揮し始めた。


(よしよし、街に帰ったらリリアに持っていって、この最強耐圧繊維で最高に可愛い服を作ってもらおう……! もう「飾り気のない」とか言わせないんだから!)


満足気にパイスラバッグのジッパーを閉め、ストラップを胸の谷間にグッと食い込ませて位置を固定していると、剣士さんが不思議そうにこちらを覗き込んできた。


「なぁお嬢さん、その糸と羽だけでいいのか? この『蜘蛛肉』の太もも部分、いらないのか?」

そう言いながら剣士の青年が、倒れたワイルドスパイダーの脚の付け根あたりをナイフで手際よく解体し始めた。


「えっ……ク、クモの肉……!?」

「ああ。見た目は不気味だが、このワイルドスパイダーの肉は絶品なんだぜ? 殻を剥ぐと、白くてプリプリした極上の身が出てくるんだ。火で炙って塩を振るだけでめちゃくちゃ美味いぞ」


剣士の青年が、ナイフで切り出したばかりのぷるんと肉厚な白い生肉を私の顔の前に掲げて見せた。確かに、身自体は透き通るようなピンク色で、脂が乗っていて美味しそうに見えなくもない。

……見えなくもない、のだが。


(いやいやいや! 視界の端にまだぬめり気のある複眼とギザギザの触手が映り込んでるのよ!!)


改めて倒れた魔物の全貌を見つめ直すと、そこには8本の多関節の脚と、グロテスクに粘液を吐き出していた口管、そして怪しく光る複眼の残骸が転がっている。

どれだけ肉がプリプリしていようが、元のビジュアルが100%巨大なエグい蜘蛛なのだ。


(無理無理無理! これは見た目のプレッシャーが強すぎる!!)


「あ、ありがとう……ございます! でも私、今ちょっとお腹がいっぱいで……! その、お肉は皆さんで山分けしてくださいっ!」

私はぶんぶんと首を激しく横に振り、すり足で後ずさりした。


「そうか? 美味いのに……」

ガロンさんたちは不思議そうに首を傾げながら、その生肉を焚き火で炙り、ウキウキで口へと運んでいく。香ばしい匂いが漂ってくるが、私は固く目を瞑り、自分のパイスラバッグをギュッと抱きかかえて固辞し続けた。


(肉はいらない! 私は素材さえ手に入ればそれで十分なんだから……っ!)


下着の素材をゲットして大満足の私と、珍味の肉を手に入れて大満足の男たち。

微妙に噛み合わない空気のまま、私たちは焚き火を囲んで休憩を取っていた。

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