#49 視線①
私は視線を落とした。白いセクシードレスは、内蔵された立体的なカッティングとアンダーをきゅっと締め上げる補正機能がついている。だからこそ、その上から直接ショルダーバッグを斜め掛けにしてパイスラをつくるのは、生々しすぎて公序良俗に反する。
「この格好のまま街を歩くのは、ただの露出狂だからね」
私はそのセクシードレスの上から、普段着のチュニックを頭からすっぽりと被った。
胸元の深いカッティングはチュニックの布地で隠され、多少引き締まったウエストも、胸の圧倒的な出っ張りも、すべてを布の中へ隠していく。
これで、ちょっと胸の大きな地味女子への偽装が完了する。
「よし! これで安心して外に出れる!」
そう安堵しながら、私は新調したショルダーバッグを肩から斜め掛けにした。
「――ぶふっ!?」
チュニックの布地は、ストラップの張力によって容赦なく双丘の深い渓谷へと引きずり込まれていた。それだけではない。下に仕込んだセクシードレスのカッティングや立体ボーンのライン、胸元を押し上げる独特の縫い目までもが、クッキリと浮き彫りになってしまっている。
(待って。このままだと、胸だけが目立ちすぎる)
私は身体をひねって、自分のシルエットを確認する。
ややすっきりとしたお腹まわりが目に入り、思わず口元が緩んだ。
「ふふっ……」
私はストラップの位置を少しだけ調整した。胸の下の布地を押さえつけるように斜めに走らせる。すると、チュニックの布地が胸に沿って持ち上がり、そこから急激に腰へ向かって絞られるようなラインができた。
「乳袋みたいなシルエットになってる……。でも、うん、これでいこう」
私はバッグの位置をもう一度確認し、背筋を伸ばして家の外に出た。
(う、うわぁぁ……! 解放感と背徳感がヤバすぎる……っ!)
考えてみれば、ノーブラで外を歩くなんて12歳の頃以来だ。あのころ既にDカップはあったけど、ブラジャーという概念がなかったので、何も気にならなかった。
(……大丈夫! そもそもそんな概念がない世界だし! あの頃の私と同じ……!)
私は自分のパイポジを調整し、必死に自分へ言い聞かせた。
「そうよ、私が過剰に意識しすぎてるだけ! 誰もブラなんて着けてないんだから!」
……そう思っていた時期が、私にもありました。
よく考えたら、この世界って食生活も質素だし、私みたいに胸の大きい人はほとんどいないんだよね……。街を歩く女性たちを思い浮かべてみても、全体的に控えめな気がする。
それに比べて、目の前の私は——とうとうLカップへと進化を遂げた規格外の怪獣である。
(でも、もう……胸を隠すのはやめたいな)
私はふと、自分のウエストに手を当てた。昨日の筋トレで、確かにここは細くなっている。
「……だったら、胸じゃなくてこっちを見てもらえばいいんだ」
私は背筋を伸ばし、少しだけお腹を引っ込めて、歩き出した。
「あ、おはようございます……!」
朝の澄んだ空気の中、集合場所である宿屋の前に立っていた三人——ガロンさん、槍使いの少年、そして剣士の青年に声をかける。
「おう、来たかお嬢ちゃん。……って、その格好は昨日と同じじゃないか?」
街の外れにある宿屋の前。集合場所に現れた私を見て、ガロンさんが露骨に眉をひそめた。
それもそのはずである。私は昨日「最高に囮に向いている服があります」と大見得を切ったくせに、昨日と全く同じゆったりとしたチュニック姿で現れたのだから。
「すみません、道中はちょっと人目が気になったので……」
「ああ、そういうことか。なら、ここでサクッとその上の布を脱いでくれ。連中の縄張りまでは馬で移動するが、いつ目をつけられるかわからないからな」
「えっ、こ、ここでですか……!?」
パーティの男たちの視線が一斉に私に集まる。
私は意を決して、パイスラバッグのストラップを一度外し、チュニックの裾を両手で掴んだ。
(……はぁ。もうどうにでもなれ……っ!)
チュニックが脱ぎ捨てられた瞬間、仕上がりすぎた私の姿が朝日に晒される。
昨夜の鬼の斜め懸垂と勇者チート、そしてドレスの内蔵ボーンが見事な三位一体を果たした、黄金比のロケットバスト。ノーブラゆえのパチンと張り詰めた圧倒的な弾力が、隠すもののなくなった空間で堂々と牙を剥いた。
(う、絶対胸見られてる……! でも違うの! 見せるべきはそこじゃなくて、昨日の筋肉痛と引き換えに手に入れた、このキュッと引き締まったウエストなのよ……っ!)
私は密かに背筋を伸ばし、やや細くなったお腹まわりをアピールするようにすり足で歩み寄った。だが、男たちの視線は私の期待虚しく、胸元の砲台に固定されたままだった。
槍使いの少年は手にした槍の柄を落としかけ、剣士の青年は口元を覆って深呼吸をしている。
ガロンさんの口から、掠れた声が漏れた。
「よし……お嬢ちゃん、合格だ。合格どころか、お前は作戦の核だ」
「えっと、……ありがとうございます」
「よし、作戦の役割を確認するぞ。俺たちの設定は、世間知らずの貴族令嬢を護衛する傭兵団だ。お嬢ちゃんは裕福な家の貴族として、馬に乗って街道を進んでもらう。俺たちはその周囲を徒歩で固める」
男3人に厳重に囲まれ、中心で馬に乗る自分。
その光景を頭の中で想像した瞬間、私の邪悪なオタク脳が勝手に変換を始めた。
(……待って。これって完全に、強面の取り巻きに囲まれたオタサーの姫の構図じゃない……!?)
異世界でまさか姫ポジションを経験することになるとは思わなかったが、状況的には完全にそれだった。実に気分がいい。秘められた令嬢の才能が開花しつつあるのかもしれない。
「……それにしても、お姉さん」
槍使いの少年が感心したように私の顔を覗き込んだ。
「役作りが完璧ですね。伏し目がちで誰とも視線を合わせず、髪型も飾り気なく地味。それなのに、その暴力的なボディのおかげで、箱入り娘の儚さと弱さが際立ってる。これなら盗賊どもも、簡単に襲える極上のカモだと一発で信じ込みますよ!」
剣士も深く頷く。
「ああ。立ち振る舞いに自信のなさが滲み出てて、守ってあげたくなる弱々しさがあるよ。まさか、ここまで役作りしてくるとは思わなかったな」
絶賛する仲間たち。だが、言われた当人の私の心内は複雑極まりなかった。
伏し目がちなのはただの挙動不審だからだし、シンプルな髪型はオシャレにセットする技術がないからだ。弱そうなのは、実際ただのカースト底辺のインドア派オタクだからである。
(この世界に“陰キャ”って言葉がなくて、本当によかった……っ!!)
心の中で血の涙を流しながら「は、はい! 任せてください!」と引きつった笑顔で返事をした。
私には、オタサーの姫は向いていないのかもしれない。
こうして作戦が開始され、設定通り私だけが馬に乗ることになった。
「うわ、高っ……! あ、ちょっと揺れ……あっ!」
乗馬経験など皆無の私は、馬が歩き出した瞬間の揺れに思わず悲鳴を上げそうになった。しかし、一歩踏み出すごとに、私の身体が勝手に反応し始める。
(あれ……? 倒れない……?)
馬の歩行に合わせて上下左右に生じる不規則な振動。
今までの私なら一瞬で前傾姿勢になり、胸の重さに引っ張られて落馬していただろう。だが今は、イジめ抜いた体幹と背筋が、まるで自動サスペンションのようにグッと踏ん張りを効かせている。胸の重量を抱えながら、骨盤と腹筋の奥でしなやかにバランスを取る。
戦闘能力が上がったわけでも、剣が振れるようになったわけでもない。
だけど、自分の身体の軸をどう支え、どう使えば倒れないのか——その感覚が、肌に吸い付くように理解できた。
(凄い……! 私、ちゃんと自分の身体をコントロールできてる……!)
胸の重さに振り回されるだけだった昨日までの私じゃない。
揺れる馬の上で背筋をスッと伸ばし、胸元をツンと高く誇らせたまま、私は盗賊団が潜む街道へと向かって静かに進んでいった。




