#48 バストアップ!?⑨
「……ん、ぬぅ……っ!?」
翌朝、目覚めと共に寝返りを打とうとした瞬間、私の全身の筋肉が一斉に悲鳴を上げた。
痛い。背中も、お尻も、腹筋も、そしてノエルと一緒に限界までイジめ抜いた大胸筋も、すべてがバキバキに凝り固まっている。これまでの運動不足のツケが、一晩で利息を乗せて請求されたかのような激痛だった。
「うう、起き上がれない……。これ、絶対に昨日のおっぱい斜め懸垂のせいでしょ……」
私はベッドの上で芋虫のように身悶えしながら、なんとか上体を起こした。
(……あれ? 体が、軽い?)
私は、自分の首を傾げた。
体中が痛いのに、いつも私の首と肩を圧迫していた重さが、驚くほどスッキリと軽くなっているのだ。重力が半分になったかのような、不思議な全能感。
(嘘!? まさか一晩で胸が縮んだ!? 私の唯一の武器が!?)
パニックになりながら、私はドレスの上から自分の胸元をがっしりと掴んだ。
……ある。手のひらから溢れんばかりの、ずっしりとしたお餅のような弾力は健在だ。サイズ自体は一ミリも小さくなっていない。
じゃあ、この「胸が軽い」という奇妙な感覚は一体何なのだ。
私は恐る恐るベッドから立ち上がり、姿勢を正した。
双丘の重みを支える背筋と腹筋に、今までにない芯のようなものを感じる。いつもなら数秒で猫背に戻ってしまうのに、今はスッと背筋が伸びた状態をキープできる。
(……引き締まってる。それに、位置が高い……!)
シャリーさんに腰を掴まれ、ノエルと手を握り合って必死に姿勢を維持した結果、腹筋と背筋に一本の強固な芯が通っている。それだけじゃない。大胸筋が鍛えられたことで、ノーブラであるにもかかわらず、私の規格外の双丘はツンと上を向くようにして正しい位置へと力強くリフトアップされていた。
「これって、勇者のチートのせい!?」
私のオタク脳が、即座にファンタジーのシステムログを弾き出した。
そうだ。普通の人間なら数ヶ月かけて地道に筋肉を育てるけど、私は「勇者」だったのだ。一晩寝れば体力は全回復し、トレーニングをすれば経験値を取得する。
そのスキルによって、何らかの能力値が成長したらしい。
(それに……これって、めちゃくちゃ効率が良かったんじゃ……?)
脳内でオタク的経験値演算が始まる。
通常の人間が腕立て伏せを1回する負荷が10だとすれば、私は余計な質量を支え、バランスを取り、押し潰されないように踏ん張るだけで、その数倍以上の負荷がかかっていたのではないか。歩くたびに激しく揺れるそれを無意識に制御しようとするだけで、体幹は常にフル稼働。
いわば、私はハードモードのような状態だったのだ。
同じ行動をしていても、経験値取得量がやや多い。自分の最大の弱点であり邪魔者だったはずの巨乳が、勇者のチートシステムと噛み合った瞬間、最強のトレーニングギアへと変貌を遂げたのだ。
「凄い! これなら、今日の作戦どころか、ダンスもバッチリでは!?」
試しに、シャリーに教わったダンスのステップを一つ、その場で踏んでみた。
「いち、に、さんっ」
床を蹴る力が、しっかりと上半身に伝わる。重心が前に持っていかれそうになる瞬間、腹筋の奥がグッと耐え、凶悪な揺れを「しなり」へと変えて吸収した。
(いける。今の私なら、1分間どころか、一曲まるごと踊りきれる!)
「これが、経験値ってやつ?」
私は、身体が引き締まっているのを身をもって理解した。
それと同時に感じた自分の身体への違和感。
私は、ぐっと胸を張ってみた。姿勢を良くしてデコルテを開くと、ただでさえ仕上がった私の質量が前方へと堂々と押し出され、信じられないほどの存在感を放つ。
リリアに採寸してもらったときと比べても、明らかに少し大きくなっているようにも見えた。
もしや、バストにも経験値が割り振られているのかもしれない。それか、ウエストが少し細くなっているかもしれない。
「……体重も減ってたりして」
そう思ったところで、私は固まった。
おそらく、この世界には体重計がない。
「そういえば?」
ふと、ある言葉が頭に浮かんだ。
異世界ものなら、「ステータス」という概念があるじゃないか。
「…………」
恐る恐る手を前に出した。
「ステータス……オープン!」
すると、目の前に半透明のウィンドウが現れた。
「勇者として転移して、ようやくステータスオープンだよ!」
自分自身へのツッコミが、朝の部屋に虚しく響いた。
「…………」
そこには、体力や魔力、レベルといった類の勇者らしい項目がずらりと並んでいた。
しかし、私はそんなものよりも、その下に続く項目が気になっていた。
【白川瑠璃】
【身体情報】
身長:158.0cm
体重:62.0kg
トップバスト:111.0cm (+1.0cm)
アンダーバスト:73.0cm(-2.0cm)
カップサイズ:L
ウエスト:67.0cm (-3.0cm)
ヒップ:90.0cm
「おお……」
知りたかった情報が出てきて、思わず画面を凝視した。
「……Lカップ?」
リリアに採寸してもらったときより、明らかに大きくなっている。
今まで付けていたブラジャーはK75だった。
ウエストが減っていて、アンダーバストも減っているから、カップがあがったのだろう。
それなのに、体重は変わっていない。
「なんで!?」
思わず声が出た。
だが、さらに詳細を開いてみると、その理由はすぐに分かった。
【身体組成】
筋肉量 :増加
体脂肪量:減少傾向
体幹筋 :成長
身体能力:成長中
「……なるほど」
体重そのものは変わっていなくても、身体の構造が変わっている。
脂肪よりも筋肉のほうが重い。だから身体が軽く感じるのだ。
「筋肉が増えて、脂肪が減って……」
私は自分の身体を見下ろした。
「勇者の経験値って、こういうところにも反映されるんだ……」
そして、もう一つ気になった項目を開く。
【乳房組織】
乳腺・線維性組織 :多
乳房脂肪組織 :多
乳腺のホルモン反応性:高
乳房濃度 :高
備考
遺伝的に乳腺・乳房組織が発達しやすい傾向
乳腺・線維性組織の割合が高い
乳房脂肪組織も多い
長年の運動不足による体脂肪蓄積が乳房容積に寄与
女性ホルモンに対する乳腺組織の反応性が高い
「……」
私は黙って画面を読む。
「おっぱいの情報量が多すぎでしょ??」
思わず口に出た。
だが、オタクの探究心はここで収まらなかった。
ゲーマーの習性として、用語の横にちいさく浮かぶ「?」マークアイコンを見逃すはずがない。
(……これ、もしかしてヘルプ画面があるやつ?)
私は【乳房組織】の項目の横にある「?」を指先でタップしてみた。ポチッと小気味よい効果音と共に、詳細な解説ウィンドウがポップアップした。
【ヘルプ:乳房の構造と生理学】
乳房は主に乳腺組織と脂肪組織、そしてそれらを支える結合組織(クーパー靭帯)で構成されています。バストの感触や質重の個人差は、この乳腺と脂肪の比率によって決まります。高濃度乳房と呼ばれる状態は、脂肪に対して乳腺や線維性組織が密に詰まっている状態を指します。乳腺組織が豊富なバストは、脂肪中心のバストに比べて張り感があり、重量が重くなりやすい傾向があります。また、ホルモンバランス(周期)の影響を直接受けやすく、張りと柔らかさが変動します。
「…………」
ヘルプ画面に書かれた冷酷すぎる医学的真実を読んで、私は背筋が凍りついた。
「……全部乗せ?」
そして、自分の胸を見た。どうやら、こんなに大きくなった理由は一つではなかったらしい。
生まれつきの体質。
乳腺や線維性組織が発達しやすい身体。
そこに、運動不足も合わさって脂肪組織も加わった。
そして、成長期から現在までの身体的な特徴が積み重なった結果――。
つまり、私のバストはただの脂肪の塊ではなく、密度の高い乳腺組織がミッチリ詰まった「高重量高密度仕様」であり、それが運動不足による脂肪の蓄積と組み合わさったハイブリッド爆乳なのだ。
「そりゃ、大きくなるわ……」
長年の疑問が、まさか異世界に来てから解決するとは思わなかった。
ヘルプ画面の記述をもう一度読み返した私の脳内で、パズルのピースが一気に組み合わさった。
「高重量高密度仕様。つまり、私の胸のメインコンテンツは脂肪じゃなくて乳腺」
前世のダイエット知識が蘇る。世の女性たちが「ダイエットしたら胸から痩せた」と悲鳴を上げるのは、彼女たちのバストが主に脂肪組織で構成されているからだ。体重が落ちて全身の体脂肪が燃焼すれば、当然バストの脂肪も一緒に消えていく。
だけど、私のは違う。遺伝的に発達した密度の高い乳腺組織が土台としてギチギチに詰まり、その上に脂肪が乗っかっている全部乗せハイブリッド。 そして勇者のチートスキルが昨夜削ぎ落としたのは、長年の運動不足でついていた余分な体脂肪
「……だから減らないんだ。痩せても、胸だけは減らないんだ……っ!」
脂肪が燃えてお腹周りやアンダーバストがすっきり引き締まった。しかし、土台である乳腺組織はそのままどころか、大胸筋の強化によって根元からガチガチにリフトアップされた。
「う、嬉しいよ!? 綺麗に痩せてツンと上を向いた黄金比バストなんて、前世の私なら狂喜乱舞して踊り狂うレベルだけど……!」
ガラスに映る自分の姿を見て、私は顔を覆った。
引き締まったウエストから、遮るもののないノーブラの双丘が、まるで空へと向かって発射を待つ弾頭のように堂々と突き出している。ドレスのボーンの補正も相まって、その存在感は「主張が激しい」なんてレベルではない。
「……あまりにも、ロケットおっぱいすぎる……っ!!」
ツンと上を向いた凶悪なまでの立体感。普通のブラジャーすら無いこのタイミングで、この仕上がりすぎたロケットバストは、ただの兵器でしかない。チュニックを着ようが、ドレスを着ようが、一目見ただけで「ノーブラで張り詰めている」ことが丸わかりなのだ。
「どうすんのこれぇぇ! 明日にはブラが完成するけど、今日の作戦、このロケット砲を抱えたまま街道に立たなきゃいけないの……!?」
自分の身体の無駄なポテンシャルの高さに、私は絶望の悲鳴を上げるのだった。
そんな朝の支度を終えたリビングに, 一足先に身支度を整えたノエルがやってきた。
「ルリ、おはようございます。……体調はいかがですか?」
「あ、ノエル、おはよう。うん、全身筋肉痛だけど、なんか体幹はすごいシャキッとしてるよ!」
ノエルは私の姿を見ると、昨日の夜の記憶が蘇ったのか、すっと耳のあたりを赤らめつつも、すぐに真面目な仕事用の表情へと切り替えた。
「そうですか、よかったです。昨夜の特訓の成果を信じています。それでは、私は仕事へ向かいますね。ルリも気をつけて行ってきてください」
ノエルはそう言うと、ぐっと拳を握って私にエールを送り自宅の扉を開けて仕事へと駆け出していった。
(……それだけ!?)
すり足で歩きながら、私はふと不満で唇を尖らせた。
(昨日あれだけ密着して斜め懸垂までして、勇者チートでウエストが3センチもキュッと引き締まったのに……! 朝起きて顔を合わせても、私の身体の変化に1ミリも気づいてくれなかったんだけど!?)
せっかくウエストが引き締まって、バストもリフトアップしたことには完全に無反応。
女心としては、ちょっとくらい「あれ、ルリ……雰囲気変わりました?」くらい言われたかったのに。
(せっかく綺麗に痩せたのに、誰も気づいてくれないなんて……なんか悔しい……)
そんな不完全燃焼な乙女心が、心の中でモヤモヤと燻っていた。




