#51 視線③
「よし、そろそろ行くぞ。ここからは馬を置いて徒歩だ」
ガロンさんの声を合図に、私たちは焚き火の後始末をして立ち上がった。盗賊のアジトがある岩場は道が狭く、馬では目立ちすぎるらしい。
(あ、アカン……ついに徒歩……! 下半身がバキバキで一歩も動けない未来しか見えない……!)
私は生唾を飲み込み、悲壮な覚悟で馬から地面へと足を下ろした。 ガクガクと崩れ落ちる衝撃に耐えるべく、全身の筋肉に力を込める――。
「……あれ?」
拍子抜けするほど、すんなりと着地できてしまった。激痛が走るはずだった太ももも、バキバキだった背筋も、驚くほど軽い。それどころか、焚き火の温かい熱気をしっかりと浴びたおかげで、私の身体は内側からポカポカと温まっていた。血行が良くなり、肌もしっとりと朱を帯びている。体調は絶好調である。
(嘘でしょ!? 筋肉痛が跡形もなく消えてる……!?)
脳内に、どこかで聞いたようなファンファーレが鳴り響いた気がした。
そういえば、さっきの巨大蜘蛛との戦闘。私は馬の上で指示厨アドバイスを飛ばしていただけだが、パーティの一員としてしっかり戦闘に参加していた扱いになったらしい。
(経験値が入って、レベルアップの全回復がかかったんだ……!)
勇者スキルのあまりの都合の良さに、私は心の中で拍手喝采を送った。これならいける。バキバキの下半身に怯えることなく、二足歩行で盗賊のアジトへ突入できる!
私たちは身を隠しながら、鬱蒼とした岩陰を進んだ。
しばらく行くと、ゴツゴツとした岩山に掘られた巨大な洞窟の入り口が見えてきた。あそこが盗賊どものアジトだろう。
「……よし、ここからがお嬢ちゃんの出番だ」
ガロンさんが声を潜めて囁く。私は姿勢を正し、念のためパイポジも整えておく。
「俺たちが物陰に潜む。お嬢ちゃんはあの洞窟の前を、道に迷ったフリをして通りかかってくれ。奴らが食いついたところを、一気に叩く」
「は、はいっ! 任せてください!」
私は意を決して岩陰から躍り出た。むき出しになった果実が、ノーブラゆえの生々しい弾力を誇示しながら朝日に晒された。
すり足で、おどおどと洞窟の前を歩く。守ってくれるとはいえ、やっぱり怖い。
ふと、私への第一印象の言葉が頭をよぎる。
『立ち振る舞いに自信のなさが滲み出てて、守ってあげたくなる弱々しさがある』
『これなら盗賊どもも、簡単に襲える極上のカモだと一発で信じ込みます』
あのときは、ただの挙動不審を褒められているだけ(?)だと思っていたけれど……。
これ、囮としてはかなり重要なんじゃ……?
前世でも、そういう人は、痴漢などに狙われやすいと聞いたことがある。そして、私自身も痴漢に遭ったことがある。
巨乳の宿命なんて勝手に理由をつけて半ば諦めてしまっていたけど、もしかしたら抵抗されないとみなされていたのかもしれない。
(でも……この弱そうな感じ、今日は武器にしてやる!)
私はあえて視線を落とし、周囲を不安そうに見回しながら、さらに頼りなげにすり足で歩いていった。
いかにも「一人でこんなところを歩いていたら簡単に襲えそうな女」を演じる。
すると数秒も経たないうちに、私のレーダーが激しく反応した。
囮として、これ以上ないほど優秀なセンサーだった。無自覚ではあったが、気配察知能力において、私は才能を開花させていたらしい。
(右の茂みに2人、洞窟の上の足場に1人……! 完全にロックオンされてる!)
長年、目立ちすぎるバストへの不快な視線に晒され続けてきた私の視線察知センサーは、伊達ではない。無意識のうちに、物陰から向けられた粘つきのあるギラついた視線の位置を完璧に特定していた。
とはいえ、まだ突撃はしない。この場にとどまって男たちの理性をじわじわと削る方が確実だ。
私は立ち止まり、不安そうに胸元を両手でぎゅっと抱きかかえる。
(むにゅっ)
押し潰された肉が、ドレスのカッティングからはみ出し、溢れんばかりのボリュームで上下に揺れた。胸アピールは、これで十分だろう。
伏し目がちだった瞳をゆっくりと上げ、潤んだ眼差しで物陰へと視線を送る。
さらに、シャリーさんに教わったダンスの基本姿勢を、ほんの少しだけ取り入れる。背筋を伸ばし、肩の力を抜き、骨盤を安定させる。そこから片足を半歩だけ引き、身体を斜めに向ける。
(そう。昨日教わった通り……胸を張るんじゃなくて、身体の軸を立てる)
私はゆっくりと重心を移動させた。すると、それだけで胸元のシルエットが自然に強調される。さらに片手を胸元へ添え、もう片方の手を腰のあたりへ軽く置く。ダンスの一連の動きを思い出しながら、ほんの少しだけ身体を左右へ揺らす。
(これなら、わざとらしくない……よね?)
「……だ、誰か……いませんか……? 道に、迷ってしまって……」
上目遣い+はみ出し爆乳+庇護欲をくすぐる上ずった声。磨き上げられた世間知らず令嬢ムーブが、静かな岩場に炸裂した。
その瞬間、息を呑む音が、あちこちの物陰から聞こえた。
隠れていた盗賊たちが、鼻下を伸ばしてだらしなく口を開けながら、私の目の前に現れた。
「な、なんだあの女……っ! 極上なんてレベルじゃねぇぞ……!」
「こんなところに一人でいるなんて、運がいいぜ!」
「おいおい、見ろよあの胸……! 吸い寄せられそうだ……」
ノーブラドレスの破壊的な質量と、計算し尽くされた誘惑ポーズの前に、盗賊たちの警戒心と判断力は完全に崩壊していた。
(……釣れた)
私は心の中でガッツポーズをした。作戦成功だ。
「ひっ……!」
わざと小さく悲鳴を上げ、一歩後ずさる私。
盗賊たちはさらに距離を詰めてくる。
「怖がることねぇよ、お嬢ちゃん」
盗賊たちの視線が、私の身体からまったく離れていない。まるで目の前に餌をぶら下げられた獣のように、全員の意識が私一人へ吸い寄せられている。
(……すごい)
シャリーさんに教わった仕草。練習した姿勢。長年染みついた人目を避ける癖。そして何より、私自身の規格外の身体。
それら全部が重なって、敵の視線を一箇所に集めている。
囮として必要なのは、ただ敵を発見させることじゃない。
敵の注意を、私に釘付けにすることだ。
私は一歩だけ後ろへ下がった。そして、不安そうに胸元へ手を添える。
「……あの、水はありますか……?」
私はそう言ってから、額に浮かんだ汗を手の甲で拭った。じっとりと湿った肌が気持ち悪くて、今度は首筋から胸元、腰のあたりへと手を滑らせるようにして汗を拭っていく。
盗賊たちの間から、にわかにざわめきが広がった。
「み、水……?」
「お、おい、誰か水を持ってないか!?」
そのとき、物陰のガロンさんと目が合った。私はほんの一瞬だけ頷く。ガロンさんも、鋭く頷き返した。
『――っ!?』
「今だ! やれぇぇぇッ!」
ガロンさんの咆哮が轟いた!
物陰から飛び出したガロンさん、槍使いの少年、剣士の青年が、理性を失った盗賊たちへ襲いかかる!
『ギャァァァッ!?』
不意打ちを喰らった盗賊たちはパニックに陥った。
ガロンさんの大斧が閃光を放ち、前衛の男たちが一瞬で吹き飛ぶ。だが、数で勝る盗賊の残党もさるもの、すぐさま態勢を立て直そうとナイフを構えて散らばり始めた。
「ええい、あの女を人質にしろ! あいつを捕まえれば——」
頭目らしき大男が、理性を焼き切らせたギラついた目で私へと一直線に突進してくる。粘り気のある視線と、丸太のように太い腕が、容赦なく私のノーブラドレスの胸元へと伸びる。
「ひっ……!」
反射的に、私は身体を横へ滑らせた。
足が勝手に動いた。半歩引いて身体を捻り、そのまま軸を崩さずに相手の横をすり抜ける。
(あ……これ、昨日シャリーさんに教わったダンスのステップだ!)
……すり抜けたつもりだった。
ところが、ロケットおっぱいのせいで自分の身体の距離感が完全にバグっている私は、意図せずに胸を頭目の腕へぽふんと当ててしまった。
「な……っ!?」
頭目の動きが、ぴたりと止まった。
完全に意識を奪われた頭目の背後へ、ガロンさんが音もなく迫っていた。
「――よそ見してんじゃねぇ!」
「ぐおっ!?」
振り向く間もなく、大斧の柄が頭目の腹へ叩き込まれる。
巨体が吹き飛び、地面を転がった。
「お嬢ちゃん、大丈夫か!」
「は、はい! なんとか……!」
私は、自分がダンスで攻撃をかわしたことにも、胸が偶然触れたことにも無自覚なまま、慌ててガロンさんの背後へ隠れた。
「ふぅ……圧倒的勝利だな! お嬢ちゃん、マジで凄すぎるぜ!」
ガロンさんが大斧を担ぎ直し、爽やかな笑顔で汗を拭った。
戦闘はわずか数分で終了。盗賊団は全員、地面に転がされている。




