#43 バストアップ!?④
「……シャリーさん、見ててください」
そう言ってから、私はふと思い立ち、肩にかかる髪を指でまとめ始めた。いつもはそのまま下ろしているけれど、本腰をいれて踊るなら邪魔になる。
せっかくだから、少しくらい雰囲気を変えてみてもいいかもしれない。
この世界には鏡がないので、後ろ髪をまとめるのは完全に手探りだ。指先で髪の量を確かめながら、襟足のあたりで一つに束ね、何度かやり直してから、毛先をくるくると巻き込んでいく。たぶん、ゆるいシニヨンになっている……はず。
最後に髪紐で留め、恐る恐る頭を動かしてみる。落ちてこない。どうやら成功したらしい。
「……どうですか?」
振り返って尋ねると、シャリーさんは答えず、私の姿をじっと見つめていた。
「シャリーさん?」
やがて彼女は、ふっと目を細める。
「……その姿勢よ、ルリ」
「え?」
そう言われて、自分の身体を意識する。
髪をまとめるために両腕を上げたり、後ろへ手を回したりしているうちに、いつもの猫背がすっかり消えていた。肩が自然に開き、背筋が伸びている。
しかも、いつもなら顔の横や肩にかかっている髪がなくなったことで、胸を隠してくれていたものが何もなくなっていた。
「あ……」
思わず両腕を下ろしかける。
「待って」
シャリーさんが静かに制した。露わになった白いうなじから鎖骨、そしてノーブラのドレスを凶悪なまでに押し広げる双丘へ、彼女の琥珀色の視線が吸い付けられている。
「今のままでいいわ」
「で、でも……髪で隠せないと、目立ちすぎるような……」
「ええ。目立つわね。でも、もう隠すことを意識する必要もなくなるわ」
「さあ、ルリ。もう一度よ」
シャリーさんに促され、私はゆっくりとステップを踏み始めた。
髪をまとめたことで顔まわりがすっきりしたからだろうか、さっきよりも動きに違和感がない気がする。
「……そう、その調子よ」
シャリーさんがリードしながら頷く。
それでも、後ろでまとめた髪がどんな形になっているのか、やっぱり気になる。
(……あれ?)
いつの間にか私は、胸を隠すことではなく、髪型のことばかりを考えていた。
やっぱり私は、胸がなくても結局は他のことばっかり気にしちゃっている。
そう思うと、少しだけ可笑しくなった。
私は一度、深く息を吸った。今考えるべきなのは、髪型ではなく身体の動かし方だ。
運動不足なのはどうしようもない。胸が重いのも今さらどうしようもない。
(動けないなら、動かなくてもいいんじゃない?)
私は、さっきシャリーさんに教えてもらったことを思い出す。
身体を隠さない。重心を意識する。相手の視線を逃がさない。
そして――自分から、主導権を握る。
「……シャリーさん、見ててください」
シャリーの指先が触れていた腰のラインを意識し、わざとゆっくりと、彼女の身体に自分の質量を預けるように密着させる。そのまま、シャリーさんの肩に腕を回し、耳元で熱い吐息を漏らした。
(……これだ。私にしかできないことをしないと!)
薄いドレス越しに、私の双丘の柔らかい肉がグニニュッと生々しく形を変えて、シャリーさんの胸の膨らみをこれでもかと覆い隠す。シルクの薄い布地を挟んでいるのがもどかしいほど、お互いの肌の熱がダイレクトに伝わってくる。
今までなら、ここで慌てて離れていた。恥ずかしくて、胸を隠して、顔を伏せていた。
シャリーさんの瞳が、驚きにわずかに見開かれる。
「あなた、思っていたよりずっと」
そこでシャリーさんの言葉が途切れた。私は首を傾げる。
「……なんでもないわ」
シャリーさんはそう言ったものの、視線を逸らさなかった。
むしろ、さっきよりも私の顔をじっと見つめている。
興が乗り、さらに一歩踏み込もうとした瞬間。
「……っ、う、あ……」
右脚に力が入らない。次の瞬間、電源が切れたかのように、膝がガクンと折れた。
「えっ、ちょ、ルリ!?」
「……ひくっ、うう……はぁ、はぁ……」
身体が前へ傾く。私は慌てて踏ん張ろうとしたものの、限界を迎えた脚はまるで言うことを聞かない。格好良く決めるはずだった脚の筋肉が、ついに「もう一歩も支えられません」とストライキを起こしたのだ。
「む、無理……」
「ルリ? 冗談はやめて。今、いいところだったでしょう?」
「……すみません、今日は、もう……。脚が、一ミリも、動かなくて……っ」
シャリーさんの肩を借りて、私はズルズルと床に膝をついた。
さっきまでの魔性の女きどりのオーラは霧散し、そこにはただ酸欠で真っ赤になった“運動不足の肉の塊”が転がっているだけだった。
「……また別の日に、お願いしますっ。今は、湿布が、欲しいです……」
「あはははは! 本当に、あなたという子は!」
教会の小部屋に、シャリーさんの今日一番の爆笑が響き渡った。
誘惑の作法は完璧。けれど、エンジンが原付レベル。
汗だくになり、息も絶え絶えに私が頭を下げると、シャリーさんは意外にもあっさりと頷いた。
「いいわ。基礎体力がなさすぎるもの。まずは背筋のトレーニングからね」
「ヒェッ……」




