#39 スローライフのために⑨
ギルドの受付で、ベテラン冒険者のガロンさんと明日の「盗賊団・囮作戦」の契約を交わした私は、冷や汗を隠して最高の悪女スマイルを浮かべた。
そのまま背筋を伸ばし、周囲の荒くれ者たちの視線を釘付けにしながらギルドを後にする。
しかし、一歩外に出た瞬間、私の貧弱なメンタルは限界を迎えていた。
「……はぁぁぁぁ。死ぬ、緊張で胃に穴が空くかと思った……!」
しかも、明日の衣装はあの胸元が爆発したセクシードレスだ。
ノエルの家から作戦ポイントまで、あの服を着て行くのは無理だ。
剥き出しで持ち歩くわけにもいかないし、手ぶらでのパーティ加入は心象も悪い。
絶対にバッグが必要だ。
私はギルドの並びにあるお洒落な雑貨屋へと駆け込み、バッグ選びを開始した。
普通の女の子ならデザインやブランドで選ぶのだろうが、私のファッション費用の内訳はブラ代に占められている。どんなバッグがいいのか、いまいち判断がつかない。
まず、脳内でショルダーバッグ(斜め掛け)を想像してみるが、これは秒で却下、論外だ。 前世のオタク知識が警告している。そんなものを斜め掛けにしたら、ストラップが双丘の深い渓谷へと容赦なく食い込み、布地を左右に綺麗に分断して限界突破の強調を生む。
いわゆるパイスラッシュになってしまう。
気を取り直して、店内に並ぶ可愛いトートバッグを実際に試してみることにした。
持ち手を肩に通そうとする。
「……ん、んん? あ、あれ?」
バッグを脇に抱え込もうとした瞬間、布地の下で溢れんばかりの果実がむにゅんと強烈に圧迫され、形を歪めて自己主張を始めた。
歩くたびに、その弾力でバッグが押し出され、3歩で肩紐がズルズルと滑り落ちる。
「……ダメだこれ、おっぱいがバッグの邪魔をする……!」
じゃあ、アクティブに動けそうなウエストポーチはどうか。
ベルトを腰に巻き、カチリとバックルを留める。
「……えっ」
下を向いた瞬間、私は真顔になった。
視界を遮るようにそびえ立つ、圧倒的な一対の山脈。その巨大な死角に入ってしまい、お腹のあたりにあるポーチのチャックも中身も、物理的に一ミリも見えないのだ。
手探りで中身を探ろうとすると、自然と胸の下をゴソゴソとまさぐる形になり、側から見た私はどう見ても自分の胸を自分で揉みしだいているド変態にしか見えなかった。却下。
なら、荷物がたくさん入るリュックサック。
これなら大丈夫だろうと両肩に紐を通した瞬間――強烈な衝撃が走った。
「ふ、ふえっ……!? 引っ張られる……っ」
背負ってみた瞬間、重量バランスが完全に崩壊した。肩紐をギチギチに引っ張られる形になり、私の双丘はリュックの重みでグッと上向きに引き上げられ、チュニックの襟元から今にもこぼれ落ちそうなほど強調されてしまった。
しかも通常の三倍速で肩こりが進行していくのが、純粋につらい。却下だ、却下!
「……はぁ、はぁ。結局、これしかないわけ?」
満身創痍になりながら、消去法で残ったのは、やっぱりショルダーバッグだった。
ずり落ちないし、中身は見えやすい。一番便利なのは間違いないのだ。
覚悟を決めて、長めの革ストラップを肩から斜めに掛ける。
――ズサァッ、と。 吸い込まれるように、ストラップが私の服のシワを巻き込みながら、双丘の深い渓谷へとジャストフィットした。
「……うわぁ」
そこには見事なまでの“黄金のパイスラッシュ”が完成していた。
ストラップの締め付けによって、チュニックの布地が左右に限界まで引き絞られ、胸の立体感と質量がこれでもかと強調されている。歩くたびに、ストラップを軸にして、左右の山脈が“ぷるん、ぷるん”と交互に激しく主張を繰り返す。
「……もういい、パイスラは我慢しよう。誰も私のことなんて見てない。自意識過剰乙」
私は赤くなった顔を伏せ、涙目で会計を済ませた。
パイスラッシュの強烈な引力に、店員さんや周囲の歩行者の視線がブラックホールのように吸い寄せられるのを感じながら、逃げるようにノエルの部屋へと戻った。
ガチャリと鍵を閉め、誰もいないリビングで大きくため息をつく。
私は新調したバッグをテーブルに置き、クローゼットから例のセクシードレスを引っ張り出した。
そしてもう一つ。棚の奥から、禍々しい雰囲気を醸し出す黒歴史ノート(現在進行形)を取り出す。棚の奥にしまうよりも、手元にあるほうが安全だろう。
そのページの隅には、炭筆でさらさらと描かれたノエルやまだ見ぬ新勇者のデフォルメイラスト、そして今回のスローライフ戦略の相関図が、驚くほど無駄に高いクオリティで描き込まれていた。
前世で推しのファンアートを狂ったように量産し、夜な夜な自作夢小説の設定資料集(武器や衣装の三面図付き)を執筆していた暗黒時代。あの時に培われた無駄な画力と、状況をロジカルに分析して文字に起こす言語化能力は、どうやら異世界に転移した今も健在らしい。
(……いや、悲しいな。この特技、もっとまともな青春で開花させたかったよ)
虚しさを紛らわせるように、私はノートとペンを、セクシードレスと一緒にパイスラバッグの中に詰め込んだ。
「よし、行ってきます!」
自分に気合を入れ直し、私はカバンを斜め掛けにして、再び部屋を飛び出した。
聖職者でありながら、昨日手技で私を絶頂に導いてくれた元貴族愛人のシャリーさん。
そんな人脈のクセが強すぎるシスターの待つ、教会へと向かって。




