#38 スローライフのために⑧
ギルドの喧騒の中、私は迷わず“おっぱい星人”ことコリンの列に並んだ。
典型的陰キャの私は、話しやすい相手にはやや強気に出ることができるからである。
「はい、次の方。……って、また君か」
私の顔を見た瞬間、コリンが露骨に肩の力を抜いた。
でも、視線は律儀に一度私の鎖骨の下まで往復してから顔に戻ってくる。
相変わらずの眼球の条件反射で、もはやお家芸のような安定感だ。
「『また君か』は失礼でしょ。お得意様って呼びなさいよ」
「……確かに、教会のシスターから『非常に安定した状態で届いた。あんなに熱心な奉納者は初めてだ』と感謝の言葉が届いていますよ」
「……あ、そう。それは良かった」
(まさか谷間に挟んでたとは言えなかったんだろうな、シャリーさん……)
昨日、危険物を天然のクッションで無事に運び終えた実績は、コリンの中で私の評価を妙な方向へ爆上げしたらしい。
コリンは手元の極秘(に見える)リストを指先でなぞり、周囲を気にするように声を潜めた。
「約束通り、危険だけど戦闘力はいらない高報酬案件を紹介します」
「本当!? 危ない仕事なら私に任せて!」
私はそう言いながら、これ見よがしにカウンターへ身を乗り出した。
コリンは一瞬言葉を失い、それから顔を真っ赤にして視線を天井に逃がした。
「声が大きい。あのね、ルリさん、自分がどれだけ“公序良俗の境界線”に立ってるか自覚あります?」
「自覚してるから、こうして独占交渉に来てるんでしょ?」
「いやいや、その見た目で“危ない仕事なら任せて”ってなると、大抵の男は別の意味で危ないことを期待しちゃうんですよ! 無自覚にも程がある!」
昨日と同じチュニックのゆったりした布地が、私の暴走気味な存在感を辛うじて抑え込んでいる。……はずなんだけど。
「いや、抑えきれてないですよ。中身が立派すぎてその服、もはやテントに見えますもん」
「テントって……」
「昨日、もったいない気がすると言ったのは訂正します」
「……そういうのいいから」
(こいつ、“おっぱいソムリエ”かよ。やかましいな)
私がジト目をすると、コリンはカウンターの下から、どす黒いオーラを放っていた依頼書を引っ張り出してきた。
《街道の盗賊団・一斉検挙作戦》
【急募】囮役(1名)
備考:非戦闘員可。ただし、目を引く容姿である若い女性に限る。
報酬:金貨200枚(成功報酬込み)
金貨200枚。リリアへの支払いどころか、お釣りがくるレベルの破格。
それにしても、“目を引く容姿である若い女性に限る”って……。
こんな不穏な文章で若い女の子は応募しないでしょ。
「この依頼は何? 囮募集って、これだけじゃ何されるかわからないんだけど」
脳内に女騎士が触手に攻められるイラストが浮かび上がる。
私はコリンが差し出してきた依頼書を指先で弾いた。
コリンは「待ってました」と言わんばかりに、ニヤリと嫌な笑みを浮かべる。
「いやぁ、ルリさんにぴったりの仕事ですよ。近隣の街道を荒らしている盗賊団の討伐。といっても、ルリさんは戦わなくていい。ただ立っているだけです」
「立ってるだけ? カカシの代わり?」
「いいえ。討伐に必要な戦闘能力は充分にあるのに、だからこそ警戒されすぎているパーティーがいましてね。盗賊たちの視線を釘付けにするための囮を探しているんです」
コリンが示した指の先、ギルドの隅にある円卓に、見覚えのある大きな背中があった。
「あ、酒場の……」
「おう、お嬢ちゃんじゃないか。本当にギルドに来たんだな」
それは、先日『跳ね馬の蹄亭』で助言をくれたベテラン冒険者、ガロンだった。
「コリンから話は聞いてるぜ。『防御は捨てているが、敵の視線を釘付けにする特殊な技能がある』ってな」
(……コリン、なんて説明したのよ)
私はガロンの向かいに座った。彼は真剣な表情で地図を広げる。
「単刀直入に言う。街道を荒らしている盗賊団を潰したい。連中は狡猾で、森の茂みに隠れて獲物を品定めするんだ。重装備の騎士や、むさ苦しい冒険者が通っても連中は出てこねえ」
「それで、私に……?」
「ああ。連中を引きずり出すには、一目で『最高級の獲物』だと思わせる必要がある。……隙だらけで、育ちが良くて、高価な身なりをしていて――そして、男なら誰もが理性を失うような、極上の女だ」
ガロンの視線が、私のチュニックの上からでも隠しきれない双丘を捉える。
だが、その目は下卑た欲望というより、職人が素材を見るような鋭さだった。
「お嬢ちゃんのその身体、戦場じゃあ立派な武器だぜ。敵の判断力を狂わせ、意識を一点に固定させる。これ以上の囮はいねえ」
「……つまり、私は歩くエサってこと?」
「言い方は悪いがな。だが、お嬢ちゃんが連中の目を釘付けにしている間に、俺たちが横から叩く。安全は保証するぜ」
「……わかりました。やります」
「話が早くて助かる。だが、一つ条件がある」
ガロンは一度言葉を切ると、私の服装を苦々しく眺めて、露骨に顔を顰めた。
「野盗を確実に引き寄せるには、リアリティが必要だ。……だが、その格好じゃ話にならねえな」
「……えっ? ダメですか? これでも、結構目立つって言われるんですけど……」
「そのかぶるだけの布は、情報を隠しすぎている。盗賊ってのは強欲な生き物だ。もっと分かりやすく、一瞬で『こいつを組み伏せて、その中身を暴きたい』と思わせる服を着てくれ」
「それって……」
「胸を強調した、それこそ貴族の令嬢が夜会で着るような、毒々しいほど華やかなやつだ。……作戦決行は明日。それまでに用意できるか?」
私は昨日のシャリーさんとの会話、そして家でパジャマ代わりにしているセクシードレスを思い出した。
「……服なら、あります。最高に、囮に向いてるやつが」
「よし、決まりだ。報酬は弾むぜ、お嬢ちゃん」
(……結局、あのドレスを着て戦場に出ることになるなんて)
「……わかりました。でも、ガロンさん」
私はわざと椅子の背もたれに深く寄りかかり、胸を反らせた。
チュニックの生地が限界まで引き絞られ、ボタンが悲鳴を上げる。
「私、演技は苦手なんです。だから……本気で助けてくれないと、私、裏切っちゃいますよ?」
少しだけ湿り気を持たせた声で囁くと、ガロンの喉が大きく動いた。
「……ああ、心得てる。指一本触れさせやしないさ」
そう言うと、ガロンは私の胸をチラリと見る。
「当日はそんな感じで夜盗の視線を集めてくれ」
ガロンの瞳に宿ったのは、義務感以上の庇護欲。
男を転がす感覚が、少しずつ分かってきた自分が怖い。
「じゃあ、作戦開始は明朝。……しっかり守ってやるから安心しろ」
「期待してますね、ガロンさん」
私は冷や汗を隠して、最高の悪女スマイルを作った。




