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このおっぱいで勇者は無理でしょ  作者: りむ


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#37 スローライフのために⑦

禍々しい雰囲気を醸し出す黒歴史ノート(現在進行形)を棚の奥に隠して、私はノエルの家を飛び出した。

目的地のギルドへ向かって、まだ昨夜の熱い余韻で少しだけガクガクする足を動かしながら、爽やかな朝の光の中で改めて己の適職について考える。


(とりあえず、目先の軍資金だ。この世界で無職の一般人(巨乳)が一人で生きていくための、確固たる経済基盤が絶対に必須……!)


男の好意に甘えるだけじゃ、一ヶ月で飽きられて僻地に流刑。

シャリーさんの言葉が脳内で呪いのようにリフレインする。


あさってになればリリアのブラジャーが完成するけど、胸だけじゃバッドエンド一直線。

就職活動のために何かしら自分の強みが必要なのは、異世界でも変わらないらしい。


(お金……。私の強み……。……ハッ!?)


その時、私のオタク脳に電流が走った。

異世界転生モノの王道。現代知識のチート無双。そう、下着改革である。


(この世界にはブラジャーがない。私がリリアと一緒に、機能的で美しいブラジャーを開発・量産して売り出したら……これ、世界を揺るがす大ヒットビジネスになるんじゃ……!?)


想像してみてほしい。

最初は街の小さな服飾店(リリアの店)から始まり、口コミで噂が広がる。


『ねえ知ってる? あの店の下着を着けると、胸の形が綺麗に見えて、しかも全然肩が凝らないのよ!』

『まあ、そんな魔法のような衣服が!?』


やがてその噂は王都の貴族令嬢たちの耳に入り、注文が殺到。

私は異世界の下着革命児として、巨万の富と名声を手に入れるのだ。


「ふへへ……、ふへへへへ……」


誰もいないのをいいことに、口元から邪悪な笑みが漏れる。

すれ違ったおじさんが、怪訝な顔をして私を避けていく。


ブランド名はそうだな、『シャルル・リ・リア』とかにしよう。

私がプロデューサーで、リリアがデザイナー。シャリーさんが営業・広報。


あ、待てよ? この世界の常識だと「胸が大きい=家柄が良い(富裕層)」だったはず。

ということは、ブラジャーの主な顧客になるのは、必然的に購買力の高い貴族や大富豪のお嬢様たちということになる。

ターゲット層が最初から富裕層。完璧だ。マーケティング的にも大勝利の予感しかしない。


(……って、いや、待て待て待て。落ち着け私。また『SとF』の脳みそに戻ってるぞ)


冷たい現実の風が、私の頬をパチリと叩いた。


(量産して売り出すって……その元手となる資本、どこにあるの!?


今の私の全財産は、昨日ギルドで稼いだ爆発物運搬の報酬だけだ。

布地を仕入れるお金もなければ、工房を借りるお金もない。

リリアに試作品のお代を払うのだってギリギリなのだ。


ビジネスを大きく展開するには、絶対にまとまった出資者スポンサーがいる。

前世のラノベなら、ここで都合よく「私のブラに目をつけた大富豪のイケメン商人」とか「お忍びで街に来ていた王女様」が向こうから声をかけてくれるお約束だけど、ここは現実の異世界だ。


(そもそも、スポンサーになってくれそうな貴族の知り合いなんて、転生者の私にいるわけないじゃん……!)


知り合いと言えば、ご飯を食べさせてくれる実直な一般兵士ノエルと、衣装作りの天才少女リリアと、昨日手技で私を絶頂に導いてくれた元貴族の愛人のシスター(シャリーさん)だけである。脈が、人脈のクセが強すぎる。


(来月の公爵主催の社交会……。あそこで貴族のパトロンを見つけられれば一発逆転だけど、そもそも私、招待すらされてないし!)


そう、私はただの無職。社交会の招待状なんて、逆立ちしたって届くはずがない。

胸を武器にして成り上がるにしても、まずそのステージに立つ資格すらないのだ。


(ダメだ、まずは数ヶ月、どこかで地道に働いて元手を稼がなきゃ……)


……と、そこまで考えて、シャリーさんの言っていた恐ろしいフレーズが、急に別の角度から脳内に飛び込んできたの。

『寵愛を失った女たちは、政治の表舞台から永遠に隔離し、口を封じるためのソフトな流刑として、辺境の修道院へ移送される』


ということは、身元不明で異世界転生者の私でも、シスターにだけはなれるってこと?


勇者失格。無職。住所はノエル宅。

そんな社会的信用ゼロの私でも、教会なら受け入れてくれる可能性がある。


(えっ、もしかして異世界で初めて見つけた安定就職先では……?)


住居も食事も出そうだし、なにより女神の下で働くという圧倒的なホワイト企業感。

一瞬だけ希望の光が見えた。


……いや待て。私は真顔になった。


私にシスターできる?


毎朝早起き。規則正しい生活。

神への祈り。清貧。奉仕。


どれも私の人生で縁があった記憶がない。

そもそも私は、異世界で、“胸で貴族を誘惑して成り上がろう”と考えていた女である。

採寸後に色欲を抑えきれない煩悩の塊でもある。


職業適性が真逆すぎる。


(神様の前でお祈りしてる最中に、『このシチュエーション、薄い本だったら』とか考え始める未来しか見えないんだけど)


不敬罪である。


(……そもそも修道服のサイズある?)


この世界に来てからというもの、その問題ばかりだ。

防具は入らない。ブラジャーは一着しかない。


修道服だって例外じゃない気がする。

仮に入ったとしても、服がパツパツのシスターって何か違う気がする。

即座に異端審問にかけられて破門エンドだわ。


だけど、そこでふと思い出した。


(そういえば、私……女神様に直接選ばれて、この世界に転生させられてるんだよね?)


そう、忘れるところだった。

スタートダッシュこそ派手につまずいたけれど、神の託宣によってこの世界に招かれたのだ。

何もない白い空間で、女神様は確かに私を見て『あなたには勇者の素質があります! 異世界で魔王を討伐してくださいね♡』と言ったのだ。

あの時は緊張と混乱でそれどころじゃなかったけれど、今思えば、あれが私の異世界生活のすべての始まりだった。


(……もう一度、女神様とお話ししたいな)

(女神様に、ちゃんと報告したほうがいいよね……。せっかく選んでくれたのに、防具がなくて勇者になれませんでしたって)


シャリーさんなら何か神託を受け取る方法を知ってたりするのかな?

そもそもあの人、どれくらい信仰心があるんだろう。

シスターだから敬虔なのかと思いきや、昨日の感じだとどうにもそう見えない。


(もし私が『女神様に会ったんです』って言ったら、どんな反応するんだろう?)


真面目に話を聞いてくれるだろうか。

それとも、「まあ。サンタクロースを信じている子どもみたいなことを言って」みたいな生温かい目で見られるのだろうか。

そして、その流れで処女イジリされるまで簡単に想像できてしまう。


(うじうじ悩んでても始まらない。とにかく、今は軍資金だ!)


私は気合を入れ直すと、目の前に見えてきた冒険者ギルドの重厚な木製の扉を、覚悟を決めて押し開けた。

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