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このおっぱいで勇者は無理でしょ  作者: りむ


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31/33

#31 スローライフのために①

「……どうして」

ようやく絞り出した声は、ひどく掠れていた。


「どうして、そんなに知っているんですか。シスターなのに……っ」

シャリーは私を解放し、乱れた服を整えながら、窓の外の月を眺めた。


「……昔、教会の外にいた頃の話よ。私は、ある有力な貴族の“お気に入り”だったの」

彼女の横顔には、慈悲深いシスターの仮面ではなく、かつて愛欲の渦中で生きた女の冷徹な誇りがあった。


(――えええええええええ!?)


さらりと爆弾発言。この色気、この余裕。

ただのシスターなわけがないと思っていたけれど、まさかの元・貴族の愛人。


「贅沢な暮らし、最高の食事、絹の寝具。すべてをその貴族から与えられた。彼が欲しがったのは、私の心ではなく、この肉体と扱いやすさだけだったけれど」


「貴族や有力者の間では、欲を外に逃がすための器が必要とされる。正妻には血筋と品位を、娼婦(愛人)には、もっと……露骨な悦びをね」

「……娼婦」


シャリーは脚を組み、修道服の裾からわずかに覗くふくらはぎを揺らした。


「……なんで、シスターに?」

「飽きられたのよ。あるいは、国家機密やスキャンダルを知りすぎた女を世俗から隔離して黙らせるためよ」

「え、えっと、どういうことですか!? 別れただけなら、普通にどこかで暮らせばいいじゃないですか」


私の問いに、シャリーは冷ややかな、それでいて慈悲に満ちた笑みを浮かべた。

的外れな質問をしたのかもしれない。でもそれは、私が“彼氏いない歴=年齢”だからというわけでもなさそう。


「甘いわね、ルリ。権力者にとって、寵愛を失った女は“ただの他人”には戻れないのよ。不都合な真実を知りすぎた“生きた機密保持装置”か、あるいは次なる権力闘争の火種でしかないわ」


シャリーは窓に背を向け、影の中に立つ。


「想像してみなさい。有力貴族の元・愛人が巷に溢れたらどうなるか? 彼女たちが別の権力者と結託したり、枕元で聞いた機密を売ったりすれば、築き上げた権力は盤石ではなくなる。だからこそ、この世界には“不要になった女を遠方へ飛ばす”という不文律の制度があるのよ」

「制度……?」

「そう。寵愛を失った女たちは、魔物の徘徊する荒野を越えた最果ての地――こうした辺境の修道院へ移送される。表向きは信仰に身を捧げるための慈悲深い引退。けれどその実態は、政治の表舞台から永遠に隔離し、口を封じるためのソフトな流刑よ」


彼女は自分の細い首筋を指先でなぞった。


「邪魔者を物理的に消すのは野蛮だし、反発も招く。けれど“女神に仕える道”へ飛ばしてしまえば、誰も文句は言えない。そうして権力は守られ、秩序は維持される。私は運良く、この街の教会という逃げ場で今の地位を掴み取ったけれど、……大抵の女は孤独と祈りの中で朽ちていくわ」


「いい? ルリ。あなたのような身体は、この世界では強烈な引力になる。何も考えずにその力を振りかざせば、行き着く先は決まっているわ」

「……どこに?」

「金と権力を持つ男のベッドの上よ。やがて飽きられて捨てられる。転生者で何の後ろ盾もないあなたが、ただ胸があるというだけで男に身を委ねれば、それはただの消耗品よ。」

「……消耗品」

「そう。名前も、過去も、帰る場所さえない。そんな女を、貴族がわざわざ正式な手続きを踏んで守ってくれると思う? 都合よく抱いて、満足したらポイ。あるいは、別の貴族への“贈り物”にされるのがオチね。」


シャリーの言葉は、まるで鋭いナイフのように私の“甘い見通し”を削ぎ落としていく。


「あなたは今、自分が追放された勇者だと思っているかもしれないけれど、男たちから見れば“どこからか紛れ込んだ出所不明な果実”に過ぎないのよ。その皮を剥いて、果汁を啜って、芯を捨てる。それだけのことに、彼らは一抹の罪悪感も抱かないわ。……それが、あなたのゴール地点」


頭の中で、急速に計算が始まる。

待って! 私の予定では、貴族的で優雅なスローライフを送るはずだったんだけど。


それが、一気に宮廷ドロドロ愛憎劇の予感。

(……嫌だ!! 絶望的に嫌だ!!)


「あ、愛人なんて、御免です!」

「ふふ、そうでしょうね」


シャリーは立ち上がり、私の頭を優しく撫でた。


「でも、覚えておきなさい。その熱を制御できないなら、いずれ誰かの欲望に飲み込まれる。……精製されるのを、待っているだけじゃダメよ」


頭の中では、シャリーの警告がリフレインしている。

このまま無防備に誘惑スキルを磨いてたら、貴族の愛人エンド一直線じゃない!?

私の目指すハッピーエンドに、そんなイベントは含まれていない。


「あの、私、この胸を使って貴族を誘惑してスローライフを送りたいって考えてたんです。でも、もしかして、胸だけだと愛人にしかなれないんですか?」


私の問いに、シャリーは悲しげに、そして教え子を諭すように首を振った。


「そうね。厳密には愛人。……いえ、もっと都合のいい娼婦扱いかしら」


彼女は組んだ足を組み替え、窓辺の月を見上げながら、淡々と語り始めた。


「あなたが狙うのは、単なる公爵の愛人じゃない。最終的に、正妻の座を脅かすほどの寵姫を目指すのよ」

「愛人? 正妻? 寵妃?」

「貴族の社交界に潜り込んで成り上がるなら、この違いは絶対に知っておくべき知識よ」


「まず、あなたが逆立ちしてもなれないのが正妻。公爵や貴族にとっての正妻は、愛ではなく血筋と家柄の契約なの。家の存続という重い義務を背負う、いわば格式高い看板。転生者で出自の怪しいあなたがここを目指すのは、素手で魔王を殴り倒すより無謀だわ」


「次に、一番なりやすくて一番惨めなのが愛人。あなたの言うスローライフとは程遠い場所。『胸があるから誘惑できる』なんて思っているうちは、このカテゴリーから抜け出せないわ。」


「最後に、あなたが目指すべきは公妾。婚姻関係はないけれど、公的に認められた特定のパートナー。正妻の次に位置し、社交界でも一目置かれる存在。家系図には載らなくても、男の心を完全に掌握し、実質的な権力と富を握る“影の女王”よ。……そう、これこそが、あなたの望む優雅な生活(スローライフ)の正体」


「こ、公妾……。でも、それって結局は不倫ですよね?」

「ルリ。あなたのいた世界の倫理観を一度捨てなさい。この世界の貴族にとって、結婚は“家と家を繋ぐビジネス”であり、血筋を絶やさないための契約儀礼なのよ」


彼女は窓辺に寄りかかり、その豊かな胸元を月光に晒しながら続けた。


「正妻は、家の看板。だから、当事者間に愛があるかどうかは二の次なの。むしろ、愛なんて邪魔なことさえあるわ。公爵家のような大きな家になればなるほど、夫婦は冷徹な共同経営者にならざるを得ない。……だからこそ、彼らには公妾が必要なのよ」


「男は家を守るために正妻と契約し、自分を癒やし本能を曝け出すために公妾を愛でるの。 公妾はただの浮気相手じゃないわ。公式に行事へ出席し、自室を持ち、時には正妻以上に男の政治的判断に影響を与える“役職”。家柄という縛りから自由なあなただからこそ、狙える唯一の玉座よ」


シャリーは私に歩み寄って、その熱を帯びた手で私の頬を包み込んだ。


「正妻にはなれないけれど、正妻が逆立ちしても勝てない愛と依存を男に植え付けること。それが、あなたの目指す“胸を武器にした最強のスローライフ”の完成形よ。単なる欲望の捌け口として扱われる愛人で終わるか、男の人生を支配する公妾になるか……どちらを選ぶ?」


(……スローライフっていうか、これ、めちゃくちゃ熾烈な政治劇じゃない!?)

(私、お嬢様になって、美味しいもの食べて、たまにチヤホヤされて、のんびり暮らしたいだけだったのに)


オタク知識では、“悪役令嬢を追い出して、その座に収まる”のは簡単なイベントのはずだった。


「今のあなたじゃ、せいぜい一ヶ月で飽きられて、僻地に軟禁されるのが関の山ね。その規格外の身体は、あなたを守る鎧ではなく、あなたを縛り付ける鎖になるわ」


シャリーの言葉に、私はガタガタと膝をついた。

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