#26 胸の使い方③
私は自暴自棄に近い覚悟で、コリンの列に並んだ。心臓が口から飛び出しそう。
陽キャ美容師との会話よりも1000倍怖い。
「次の方、どうぞー」
コリンの事務的な声。私は一歩前に出た。
「あの……」
「はい、本日のご用件は……っ!?」
顔を上げたコリンの動きが、目に見えて止まった。
視線が私の顔から、吸い寄せられるように胸元へと滑り落ちる。
隠しようのない質量。記憶に新しい、あの防御不能の山。
「……君は、一昨日の……おっぱ」
「……瑠璃です。変なあだ名つけないで」
一拍置いて、付け足す。
「今日は、その……勇者じゃなくて、普通の仕事を探しに来ました」
コリンは目を瞬かせ、それから小さく笑った。
「……なるほど。勇者様、改め“求職中の一般人”というわけですね」
「言い方」
ぴしっと返すと、コリンは肩をすくめた。
「い、いえ! 制度上の分類としてですね!?」
慌てて書類を整えながら、コリンの視線がまた一瞬だけ落ちる。
「……その、前回と比べると、だいぶ……抑えめですね」
「……何の話?」
「いえ、その……主張というか……存在感が」
(全部言ってるじゃん)
「今日はその……布面積が増えている分、危機管理的には望ましい状態ではあるんですが……」
ちらり。
「……ただ、その、それはそれで、もったいない気がしますね」
(出た! 余計な一言。期待を裏切らないな)
「……もったいないって言われても、これが一番マシなんだよ」
私は少しだけ頬を膨らませる。
「可愛い服、着ようと思ってもさ、サイズが合わなくて……」
そこでコリンが、ああ、という顔をした。
「……ああ。なるほど。おとといと同じで、解決の見込みは低そうですね」
「こういうのも、ギルドに依頼出したら解決の可能性あるの?」
「……ええと、その種の案件は、一応“生活支援”の範疇で相談は可能です。衣服の特注や調整を請け負う職人の紹介なども、前例がないわけではありません」
「ほんと?」
「ただ……その……対応できる職人が限られるという問題がありまして。ですので、その……ギルド経由で解決するよりも、個人的に腕のいい職人と直接関係を築いた方が、結果的に早い可能性が高いかと」
コリンは書類を整えながら、ふと視線を上げた。
「……ああ、でも」
「?」
「サイズの合わない服も、僕は歓迎ですけどね」
「……は?」
思わず間の抜けた声が出た。
コリンははっとして口を押さえるが、もう遅い。
耳まで真っ赤になりながら、しどろもどろに言い訳を始める。
その反応を見た瞬間、さっきまで感じていた気まずさが、すっと引いていくのがわかった。代わりに浮かんできたのは、妙な納得と、少しだけの優越感。
勇者としては認めないくせに、メスとしての造形には抗えないらしい。
(……ふーん。いい性格してるじゃない)
私は無意識に、背筋を伸ばした。 胸が強調される形になり、コリンの喉がゴクリと鳴る。
(……あ、やっぱり、完全に“おっぱい星人”の挙動だ)
隠しているつもりなんだろうけど、分かりやすい。
むしろ、ここまで来ると清々しいレベルである。
誘惑の対象としてなら、アリなわけだ……。利用してやろうじゃない。
少しだけ上目遣いで、困ったように聞いてみる。
「この依頼なんだけど」
私は、掲示板から写し取った依頼番号を指差した。
「材料の運搬。これ、内容の割に、報酬が高いよね」
「……目ざといね」
コリンは苦笑しながら、書類を引き寄せる。
「誰もやりたがらないんですよ。爆発したら終わりだし、身を守る術もない」
「へえ」
「こういうのを受注できる人は、みんな魔物討伐や護衛の依頼を受ける。だから、こういう危険だけど戦闘力を必要としない依頼が余っててね」
「戦闘は、ないんだよね」
「ああ。慎重さがあれば、ね」
(それなら……多分、大丈夫)
私は小さく頷いた。
「私でも、受けられる?」
「受けることはできますが、その格好で行くんですか?」
「何か問題でも?」
「防具、装備できないですよね?」
「うん。その代わり、別の“装備”ならあるし」
そう言って、意図的に胸を揺らしてみる。コリンの視線が条件反射みたいに動く。
「いや……揺れて、爆発したら、色々と大変そうだなって」
「誰の胸が爆発物よ!!」
私は心の中で舌打ちしつつ、表情は変えなかった。
「やります」
「即決ですね」
コリンが印章を押しながら、またニヤついたような視線を送ってくる。
「……わかった。手続きをする。……しかし、君も大変ですね、こんな仕事をしないといけないなんて」
嫌味な言葉。でも、今の私にはそれが“弱点”に見えた。
私は依頼書を手に、胸の膨らみを強調するように、自然と身を乗り出す。
受付のカウンターに胸が乗っかって、コリンが手を伸ばせば届く距離まで近づく。
「……なるほど、意外と向いてるかもしれませんね」
コリンはそう言って、ちらりと私を見た。
「柔らかそうだし」
(余計な一言)
「でも、その身体なら別の稼ぎ方もあると思いますよ?」
「例えば?」
「……貴族の秘書などはどうでしょう。交渉の場で、相手の注意を引く役としては、非常に、その……優秀かと」
「へえ」
私は少しだけ身を乗り出す。
「つまり、“見てほしいところを見せておけば話は通る”ってこと?」
コリンの肩がびくっと跳ねた。
「ねぇ、コリン。私が、この依頼を無事に終わらせたら……」
少し間を置き、視線を自分の胸元にチラリと滑らせる。
「……こういう、危険だけど戦闘力はいらない依頼を、もっと私に紹介してくれない?」
コリンは一瞬、言葉に詰まった。
「え、ええと……君、なかなか大胆ですね……!」
「危険な仕事のこと?」
私はにっこり笑って、とぼけたように聞く。
「だって、私、防御ができないだけだから」
胸の谷間が見えるように、自然と前屈みになる。
コリンは思わず目を瞬かせ、口を開くが、声が出ない。
「……そ、そうですか……わ、分かりました。君専用に、こういう依頼は優先して回すようにしましょう」
私は満足そうに笑みを浮かべ、胸を軽く押さえる。
(やった……これで、私専用の“戦闘不要・高報酬依頼ルート”確保だ……!)
「さあ、次の“クエスト”、楽しみにしてるねっ!」
コリンは慌てて目を逸らすしかなかった。
私は心の中でガッツポーズを決める。
(……やっと、使い方がわかった気がする、この胸の)
私は依頼書を握りしめ、ギルドを後にした。
無職脱出の第一歩は、ちょっとした色仕掛けから始まることになった。




