表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このおっぱいで勇者は無理でしょ  作者: りむ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

27/27

#27 胸の使い方④

「……慎重に、慎重に……」


私は今、人生で最も“衝撃”という言葉と向き合っている。

依頼主から預かったのは、“幻の震生薬”が充填された薄氷のフラスコ。

わずかな衝撃で反応し、半径数メートルを更地にするという、移動する地雷のような代物だ。


本来ならプチプチの緩衝材を詰めて運ぶべきだが、この世界にそんなものはない。

だから私は、自分の中にある“最強の緩衝材”を使うことにした。


(……ここなら、絶対に割れない)


私はフラスコを、自分の胸の谷間に、深く、深く差し込んでいた。


(……待って。これ、完全に“胸で挟んでご奉仕の体勢”じゃない?)


自分で自分にツッコミを入れて、思わず足を止める。別名を“紅葉合わせ”というらしい。

違う。違うから。これは運搬。安全確保。命がかかってるやつ。

決して、そういう目的の姿勢じゃない。


(……なのに、なんで心臓の音がうるさいのよ)


ガラス越しに伝わる冷たさと、自分の体温。

その対比を意識した瞬間、頭の中に余計な連想が湧き上がってくる。


(あ、これ……私、相当、煩悩たまってない?)


ぶんぶんと頭を振り、必死に雑念を追い払う。

今は仕事中。私は勇者でも色仕掛け係でもない。

ただの“慎重な運び屋”だ。こんな状態で爆散する訳にはいかない。


一歩踏み出すたびに、肌にひんやりとしたガラスの感触が伝わる。

だが、私の胸の肉がその衝撃をすべて吸収し、フラスコを完璧に固定している。


「はぁ……はぁ……」


怪しすぎる。両手で胸を左右から挟み込むように押さえ、すり足で、腰を落として歩く。

余計なことばっかり考えてる自分の頭が恨めしい。どう見ても変質者だ。


(でも、これしか方法がないんだよ!)


普通のバッグに入れれば、歩行の振動でアウト。

手に持てば、誰かとぶつかった瞬間にアウト。

だが、この聖域に収納して、さらに両手でガードしていれば、物理学的にこれ以上の安全地帯はこの世に存在しない。

ここまで手をのばしてくる人もいないはずだ。もしいたら、私以上の変質者である。


(……ん、なんか、冷たい?)


一歩、また一歩と慎重に足を運ぶうちに、胸の奥で妙な感触が走り、私は背筋を凍らせた。

キンキンに冷えているフラスコと、生温かい私の体温。

その温度差が、密着した場所で結露を引き起こし始めていた。


(……やば。これ、どんどん濡れていってる……っ!)


冷たい滴が、谷間の奥深く、肌を滑り落ちていく。

ただでさえ全神経を集中させているというのに、そのくすぐったいような刺激が、私の集中力をじわじわと削っていく。


(あ……。待って。これ、もしかして……)


恐る恐る視線を落とすと、案の定だった。

胸の中心からじわじわと水分が染み出し、淡い色の生地を濃い色に変えていく。濡れた布地は吸い付くように肌に密着し、その下にあるブラジャーの柄が、はっきりと浮き彫りになっていた。


(……嘘でしょ!? これじゃ、ただの濡れ透けイベントじゃない!!)


爆発を防ぐために胸を抱え上げるようにしているせいで、私は胸を見せびらかすように歩いている。

背筋は伸び、歩幅は小さく、足運びはひどく慎重になる。


ここで少しでも身をよじれば、半径数メートルが吹き飛ぶ。 私が恥死するか、物理的に爆死するか。

この究極の二択を突きつけられた状態で、私はただ涙目で前を見つめるしかなかった。


「……あら」


ふと、横目に視線を感じる。


見れば、通りすがりの少女――どこかの屋敷で働いていそうな、清潔なエプロンドレス姿のメイドが、足を止めてこちらを見ていた。


(やばい、見られてる……!?)


だが、その視線は――予想していたものとは少し違っていた。

じっと、私の胸元を見つめたまま、彼女の頬が、ほんのりと赤く染まっていく。


「……ご立派な……」

ぽつりと漏れた声は、感嘆にも似ていた。


(えっ)


一瞬、思考が止まる。

彼女は自分の胸元――控えめな膨らみと、ふくよかな体つきを気にするように手を添えてから、こちらへ軽く頭を下げた。


「失礼いたしました、お嬢様」

そう言って、どこか気後れした様子で足早に去っていく。


(……お嬢様!?)


この世界における“胸が大きい=高貴・豊穣”という価値観の恐ろしさを、改めて肌で感じていた。


私の変質者ムーブは、通りすがりの住人からすれば「豊かさの象徴が瑞々しく輝き、慈しむように何かを抱いている」という、宗教画か何かに見えるらしい。


(……いやいやいやいや)


脳内で全力否定する。


(この状況で!? この姿で!?)


爆発物を谷間に挟んで、濡れ透けになりかけながら歩いてる女が?


(どこの世界にそんなお嬢様がいるのよ!!)


心の中で叫びながらも、私は結局――

その“勘違い”を否定する余裕すらなく、ただ必死に足を前へと運ぶしかなかった。



教会へ続く石の階段を前にして、私は小さく息を呑んだ。

段数は多くない。だが、問題は別のところにある。


(……足元、見えない)


胸に挟み込んだフラスコの存在もあるが、それ以前に自分の胸そのものが視界を遮っている。

視線を真下に落としても、段差の先はふくらみの向こう側だ。


(段の高さ、どれくらい……?)


首を少し横に傾けて、角度を変えてみる。

それでも、石段の縁は曖昧にしか見えない。


(……これ、普通に危ない)


一段踏み外せば、即転倒。

転倒すれば、胸の中のフラスコが終わる。


私は足を止め、しばし真剣に考えた。


(……横向きで降りる? いや、胸がぶつかる……)


結局、私は極端に慎重な方法を選ぶことにした。

一段ごとに、つま先で段の縁を探り、確認してから体重を移す。


「……よし……ここ……」


まるで暗闇を歩くみたいだ。

視界に頼れない分、足裏の感覚だけが頼りになる。


胸を抱え込むせいで前屈みになれず、自然と上体は起きる。

結果、ますます足元が見えない。


(……詰んでない? これ)


一段進むだけで発生する大きな位置エネルギーを、世界最高の衝撃吸収材クッション無効化キャンセルしていく。


段差を読み違え、ヒヤリとする瞬間が何度もあった。

ほんの数センチの誤差で、バランスが崩れそうになる。


そのたびに、私は腹筋に力を入れ、胸を固定し、なんとか踏みとどまる。


「……っ」


一度だけ、足が空を切った。

心臓が跳ね上がり、全身が強張る。


(今の、今のは……!)


ギリギリで段の縁に靴底が引っかかり、転倒は免れた。

胸の中のフラスコは、奇跡的に無事。


(……危な……!!)


私はその場で数秒、完全に静止した。

呼吸を整え、フラスコの感触を確認する。


(……大丈夫。割れてない)


改めて思う。これは魔物討伐よりよほど神経を使う。


胸があるせいで足元が見えず、胸があるおかげでフラスコは守られている。

(……プラマイ、ゼロ……?)


そうして、これ以上ないほど慎重な動きで、私は一段一段、階段を制圧していった。

最後の段に足を置いた瞬間、視界の先に、教会の大きな扉が現れる。


「……着いた……」


思わず、声が漏れた。


胸を押さえたまま、深く息を吸う。

爆発物も、自分の体も、まだ無事だ。


(……階段だけで、寿命縮んだ気がする)


教会の大きな扉を押すと、静寂が包み込む。

石造りの空間に、わずかに差し込む光。外の街の喧騒が嘘のようだ。


(……ここまで来れば、あとは安全……かな?)


胸に挟んだフラスコを抱えたまま、私は教会の奥へと進む。

肩の力が少しだけ抜け、ようやく“慎重すぎる運搬ミッション”の緊張から解放される。

胸はまだガラスのフラスコを守るために存在しているが、心の中ではほっと安堵のため息をついた。


(……次は、受け渡しだけ。ここまで来たんだから、もう大丈夫……!)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ