#24 胸の使い方①
私は、街で一番賑やかだという酒場『跳ね馬の蹄亭』の扉を開いた。
昼間でも、カウンターには数人の冒険者が座り、琥珀色のエールを煽っている。
(……よし、まずは異世界テンプレの情報収集だ)
あわよくば、ここでバイトの募集でもしていれば最高だ。
「胸の大きな看板娘」……いかにもスローライフの王道じゃないか。
私はカウンター席に腰を下ろし、チュニックの裾を整えた。
セクシードレスじゃない。それだけで精神安定度が段違いだ。
(……胸は相変わらず主張してるけど)
私はカウンターの端に座り、店員が注文を聞かれるまで、さりげなく周囲を観察する。
……視線、やっぱりちょいちょい感じる。
でも、おとといみたいな“空気が止まる感じ”ではない。
この服装だと、ただの“やたら胸が大きい女”で済むらしい。
(……ありがたい)
「ご注文は?」
近くまで来た女性店員に声をかけられて、私は少しだけ背筋を伸ばした。
「えっと、一番安い果実酒をお願いします」
「はい、かしこまりました!」
短いやり取りのあと、店員は慣れた手つきでジョッキを取りに戻っていく。
その姿は私服の上にエプロンをしただけで、私が働くうえでもポイントが高い。
というわけで、ジョッキを差し出した恰幅のいい店主に、勇気を出して聞いてみる。
「あの、すみません。ここ、従業員募集とかしてませんか?」
店主は私の胸元を……見ることもなく、申し訳なさそうに頭を掻いた。
「ああ、悪いね。うちは家族経営で間に合ってるんだ。娘が二人いてね、人手は足りてるんだよ」
(……スローライフ、開始5秒で詰んだ)
「そうですよね。ありがとうございます」
「はいよ、果実酒」
肩を落とす私に、隣で飲んでいたベテラン風の冒険者が声をかけてきた。
「なんだ、お嬢ちゃん。仕事探し中か? だったらここじゃなくギルドへ行きな。最近は景気がいいぞ」
「景気、ですか?」
「ああ。ここ数日、街の周辺で魔物の目撃情報が急増しててな。討伐依頼の報酬が軒並み増額されてるんだ。新人でも、ゴブリンの角を数本持っていけば、いいメシが食えるぜ」
魔物の急増。報酬の増額。 その言葉を聞いた瞬間、私の背中に冷たい汗が流れた。
(……それって、絶対……私が勇者じゃなくなったからじゃない!?)
勇者の私が討伐することを前提に、あとまわしにされていた魔物がいてもおかしくない。
(もしかして、これ、後で“やっぱり戻ってきてくれ”って言われる“追放ざまあ”の前振りのやつかも!)
王道展開なら“ざまあみろ”と高笑いする場面かもしれない。
だが、今の私は特注のブラジャーの支払いを数日後に控えた、ただの切実な無職である。
冒険者の男は、私の胸をチラッと見る。
「……お嬢ちゃん、あんた」
だが男は、からかうでもなく、妙に納得したように頷いた。
「その様子だと、討伐なんてやったことねえだろ? 無理もねえ。いいとこの出なんだろうしな」
(……そういう解釈になるんだ)
胸が大きい=裕福=戦闘経験なし。
この世界のロジックとしては、むしろ自然だ。
男――ガロンは、ジョッキを置いて少しだけ身を乗り出した。
「いいか。討伐ってのはな、準備が九割だ」
「武器、防具、回復手段。あと逃げ道の確保だな」
指を折りながら、丁寧に説明してくる。
「ゴブリン程度でも油断すりゃ死ぬ。特に装備が甘いと話にならねえ。ちゃんと体に合った防具を着けて――」
(その“体に合った防具”が存在しないんですけど)
ありがたい話ではある。むしろ親切すぎるくらいだ。
でも、その前提条件が、私にはどうやっても満たせない。
私は曖昧に笑って、ごまかした。
「……その、討伐はちょっと……」
するとガロンは、こちらの反応を見て、少しだけ眉を動かした。
だが、それ以上踏み込んではこない。
「まあ、無理にとは言わねえよ」
あっさりと引いて、肩をすくめる。
「ギルドの仕事は討伐だけじゃねえ。腕っぷしがなくてもできる仕事はいくらでもある」
(……あるんだ)
思わず、顔を上げる。
「さっきも言ったが、今はギルドも景気がいい。選ばなきゃ、食うには困らねえさ」
「やっぱり、ギルドですかね……」
「おう、お嬢ちゃんみたいな若手は大歓迎なはずだぜ」
ガロンは笑うが、私は果実酒のコップを握りしめたまま動けなかった。
(行けるわけないでしょ!!)
おととい、防具装備不可能を理由に、勇者登録を却下されたばかりである。
変なあだ名が付いていても不思議ではない。
あんなに気まずい場所、服屋の店員に話しかけるより100倍ハードルが高い。
(“役立たずの元勇者さん再来で草”とか言われたら、私、その場で爆発四散する)
あの時は、ブラウスで深い谷間と透けた下着を曝け出していた。
今は、ゆったりとしたチュニックで肌色を隠している。
そして、女神にも“飾り気少なく控えめ”と評される地味フェイス。
変装するなら今しかない!
私はジョッキを置き、真剣に思考を巡らせる。
魔法使い、商人、シスター、メイド……。変装のアイデアならいくらでも浮かぶ。
(でも、何をどうしたって、この胸が全部の変装を台無しにする……!)
服装を変えようが、がっつり化粧をしようが、存在感が物理法則を無視している。
むしろ変に隠そうとするほど、不自然な起伏が強調されて視線を集める始末だ。
だが、背に腹は代えられない。
今のままでは、リリアへの支払いができないどころか、ノエルに養ってもらうだけの“自尊心ゼロの居候”になってしまう。
私は残りの果実酒を一気に飲み干した。
(……行くしかない)
私は深呼吸した。チュニックの中で、胸が上下する。
勇者としては追い出されたけど、“仕事を探す一般人”としてなら、まだ門前払いとは限らないはずだ。
(……たぶん)
自分に言い聞かせるように頷いて、私は街の中心にあるギルドの建物へと足を向けた。
胸を張って行くしかない。比喩ではなく、物理的にも張ってるんだから。




