#23 欲求不満⑤
酒場へ向かう道は、昼間でも少し騒がしい。
人の声、木靴の音、どこかで金属がぶつかる音。露店の呼び込み。荷車を引く男の怒鳴り声。
それらが、絶え間なく耳に入ってくる。
でも、いま最も騒がしいのは、間違いなく私の脳内だった。
(……わからない)
自分のことなのに、答えが出ない。
まず第一の問題。私は、女の子が好きなのか?
自分の“好き”の向きが、わからなくなっている。
前世を振り返れば、オタ友の女子と一緒に推しの美少女キャラを囲んで「尊い……」「付き合いたい……」と呻いていた記憶はある。けれど、それはあくまで“趣味”の話で、現実とは別のものだと思っていた。
仮説A1:単に3次元(現実)に興味がなかっただけ。
仮説A2:実は男全般に興味がなかった。
仮説A3:リリアとの至近距離と体温で、脳がバグっただけ。
仮説A4:リリアの可愛らしさ、柔らかさ、いい匂いには、ガチ百合として抗えない(迫真)。
自分が男好きか女好きか確かめる方法なんて、今の私には分からない。
もし、ノエルが私に迫ってくれたなら、わかるはずなのに。
そして、それが第二の問題。なぜノエルは手を出してこないのか。
昨夜、あれほど隙だらけのセクシードレスで、同じベッドというチェックメイトに近い状況になったのに。
(私、もしかして女としてカウントされてないの……?)
そんなバカな。すれ違う男たちの視線は、それこそ刺さるほどに私の胸に集中している。
いや。視線は、肯定とは限らない。
ふと、前世の記憶がよぎる。
『あそこまで大きいと俺は無理だわ〜』
軽いノリで言われた陰口。それに、すぐ別の声が重なる。
『いや、俺は大歓迎だけど?』
『お前それただのおっぱい星人だろ』
笑いが起きる。
『俺もアリだけどさ、明らかに胸目当てだと思われるの、普通に恥ずかしくない?』
その一言で、空気が少しだけ落ち着いた。
(……ああ、そういう扱いなんだ)
冗談みたいな会話。誰も評価なんて求めていないのに。
でも、あれが“本音の平均値”だった気がする。
(じゃあ、ノエルはどう思ってるんだろう?)
仮説B1:大きすぎて引いている
仮説B2:それなりに好意的ではあるけど、胸目当てだと思われるのは恥ずかしい
仮説B3:本当にただの聖人君子
仮説B4:ルリちゃんガチ勢だけど、眩しすぎて近寄れない(少数説)
ぐるぐるする感情に、小さく息を吐いた。
(……もしかしたら)
勇者としてノエルから求められたにも関わらず、それに応えられていない私は、無意識にノエルを選ばないようにしているのかもしれない。
それを、ノエルから手を出されないと論点をすり替えて、別の方向に逃げてるだけなんじゃないか。
その結果、年下の女の子として可愛いってだけのリリアを、性的に見てしまっている。
(……ありそうで嫌だな、それ)
自分の中の“それっぽい理屈”に、納得しそうになる。
酒場の前で、私は足を止めた。
そして、脳内で展開していた会議を、そっと終わらせる。
看板の木が、風に揺れて軋む音。
昼間なのに、酒と汗と油の匂いが混ざった空気。
酒場の前で、私は一度、深く息を吸った。
ここに来た理由は、仕事探し。
建前は、ちゃんとある。
でも本当は、それだけじゃない。外に出るため。誰かと関わるため。
そして、仕事を見つけた私が、何を選ぶのかを知るためでもある。
覚悟を決めて、私は酒場の扉を押し開けた。




