第497話 (by プレア)
「あっ、あぁぁ……っ」
「ああぁぁぁぁぁ!!!」
目を覚ますと、お父さんとお母さんが泣いていました。
(大丈夫……?)
声を掛けたいのに。手を伸ばしたいのに。
私の体はモコモコに包まれたまま上手く動きません。
「おかえり!おかえり!プレア!」
「悪かった!本当に悪かった!カーラ!」
(……お姉ちゃん……?)
私は頑張って首と視線を二人の向く方。出来る限り右側に動かして。
そこには私の待ち望んでいた人の姿があった。
「お、ねぇ、ちゃ……」
「プ、レ、ァ……」
いつか帰って来るって言って居たけど。
また会おうねって約束したけど。
本当はもう会えないと分かっていて。もう二度と話せないと思っていて。
自然と涙が溢れて来る。
それは、普段……。行商人のおじさんに手を引かれて行くその時でさえ、強がりを隠さなかったお姉ちゃんも一緒だった様で。
「さぁ、二人を抱きしめてあげてください……。ただし、優しく。赤ん坊を触る様にですよ……?」
「はい!はい!」
「ありがとうございます!ありがとうございます!」
お父さんとお母さんは泣きながら誰かに、何度も何度も頭を下げながらお礼を言うと、もう一度私達の方へ向き直って、手を伸ばして来ます。
「もう離さない!絶対に離さないからなっ!」
「私達がもっとしっかりしていればっ!本当にごめんなさいっ!」
お姉ちゃんをお父さんが。私をお母さんが私を優しく。それでいてしっかりと抱き締めてくれます。
「おかぁさ……」
「おとう、さ……」
私達も頑張って声を出して、二人を抱きしめようと手を伸ばしましたが、上手く行きませんでした。
「さぁ、お二人を家へ」
そこから私達は、"聖繭"と呼ばれる入れ物に入れられたまま、お父さんやお母さん、その知り合いやお友達に抱えられながら家まで帰りました。
その道中、皆が頭を下げたり、嬉しそうに声を上げたり。お祝いの言葉や、上手く動けない私達に花添えたりしてくれて、とっても嬉しかったけど、ちょっぴり恥ずかしくて。家の中に入って暫くしても、賑やかで、暖かくて、これまでに感じた事の無い様な幸せな時間は途切れなくって。
日が落ち始めた頃、やっと最後の一人が部屋を出たのを見計らって。お姉ちゃんと視線を合わせた後に改めて。
「「ただ、ま……」」
「「おかえり」なさい」」
それからお父さんとお母さんは一杯お話してくれました。
広場に精霊様が御降臨なされて、この村を、世界を救って下さった事。
名前を付けては収める年貢が増えるからと、名前を付けられずにいたこの村に信都と言う名前を授けて下さった事。
そして、私達を蘇らせて下さった事。
……そっか。私も、お姉ちゃんも、一度死んじゃったんだ。
お姉ちゃんは、私の病気を治す為に、行商人のおじさんに付いて行っちゃった。
お母さんとお父さんは私の呪いをうつさない為に別の村に行ったんだよ。って言ってたけど、次の日から行商人さんが売ってたお清めのお香や、珍しいお祓いの道具、お祝いでしか食べれない様な御飯が毎日出て来たから、それが嘘だって知ってたよ?
でも、誰も泣かなかったし。知らない振りをして欲しそうだったから、私も痛いのと悲しいのと苦しいのを我慢して、ニコニコしてた。
でも、結局私の呪いは治らなくて。
自分が死ぬ寸前の事は覚えていないけど、呪いに蝕まれて、どうにもならなくなって。皆に呪いがうつる前にって森に連れて行かれた事は覚えてる。
お母さんとお父さんが泣きながら司祭様に反対してくれて。でも、私が良いよって言ったの。だって、お父さんやお母さんに、村の皆に呪いがうつっちゃいやだったから。
それにもしかしたら、この身を捧げれば、精霊様はお姉ちゃんも、お父さんもお母さんも。皆を幸せにしてくれるかもしれないって思ったから。
私の為に頑張ってくれて。私をこんな幸せな気持ちにしてくれた人達を幸せにできるかも知れないって。
そう思ったら辛くても幸せで。苦しくっても頑張れて……。
気が付くと、白くて暖かい空間に、私はプカプカと浮いていた。
『……お姉ちゃん?』
辺りを見回そうと横を向いた時、そこには同じようにプカプカと浮かぶお姉ちゃんが居た。
『プレア……?』
私達はフワフワと漂いながら、お互いに確かめ合う様に、引き合う様に、ゆっくりと距離を縮めて行く。
『プレア!』
『お姉ちゃん!』
手が触れ合った瞬間にお互いに腕を引き、身を寄せ合う。
上手く動かなかった体がこの世界では自由に動いてお互いの体を抱きしめ合う。
ここが現実で無いのは何となく分かっていたけど、その体温はとっても暖かくて、幸せで。夢でも良いと思った。
『おはよう……。いや、こんばんは、かな?』
そんな私達の前にカッコカワイイ、女の子とも男の子とも見える一つの光る人影が現れた。
(精霊様だ……)
誰に言われるでも無く、そう感じて。
お姉ちゃんと視線を合わせて確信する。
何処までが夢で、何処までが現実だったのか分からないけれど。
『『感謝申し上げます。精霊様』』
示し合わせるでもなく、自然と二人で手を繋いだまま、膝を折り、頭を下げた。
『……顔を上げてくれ』
優しい精霊様の声。
その声に促され、私達は膝を付いたまま顔を上げる。
『……君は。カーラは最期まで家族の為にその身を捧げた』
精霊様の手がお姉ちゃんの肩に触れ、その瞳で同意を促す。
『はい』
『プレア。君は最期まで皆の幸福の為に祈った』
精霊様の温かい手が私の肩に触れ、優しい視線が私を包んだ。
『はい』
『君達だけじゃない。皆が皆とは行かなかったが。多くの人達が、自分以外の誰かの幸せを願って祈った……。だから今、私はこうして此処に居られる』
そう言うと、精霊様は私達の肩から手を放し視線を外す。
それは当然の事で、先程までが貰い過ぎていただけだと言うのに、思わず恋しさと寂しさから、あっ、と声に出してしまいそうになり、その欲望をお互いの手を強く握る事で食い止める。
『……しかし、その願いが一つでも足りていなければ私は此処に居なかっただろう……。詰り、私の封印を解いたのは間違い無く君たちの祈りの結果で、今、村が笑顔で満ち溢れているのは……』
精霊様は再び私達へと視線を戻し。
『カーラ』
『はい』
精霊様がお姉ちゃんへと視線を合わせると、床に突いていたお姉ちゃんの拳を優しく開く様にして握り直す。
……次は私の番だと何とはなしに分かっていても、少し嫉妬した。
『プレア』
『はい!』
改めてその瞳に覗き込まれると緊張してしまって、床に突いた拳の中を、優しく解きほぐす様に這う指がくすぐったくて。声が上ずってしまった。
フッと、鼻で笑う様な声が聞こえた気がして、思わず横を見るが、そこには至って真面目な、いつも通りの姉の顔。
それどころか、至って真面目な表情で前を見るように促されて。
『も、申し訳ありません!』
私は急いで視線を戻し、戻したはずの視線は頭を下げる事によって下へ行く。
『はっはっは!元気な子だ』
その声は微塵の悪意も、不快感すら感じ取れない所か、親近感を感じさせる様なモノで。
『顔を上げてくれ』
『は、はぃ……』
その優しい言葉が嬉しくって恥ずかしくって。やはり上手く視線が合わせられなくって。でも、その視線からは温かさしか感じられなくて、それがまた恥ずかしさに拍車を掛けて。
精霊様よりも、お姉ちゃんの表情の方が厳しいモノになって行く。
『くくくっ……。まぁ、堅苦しい雰囲気では無くなってしまったが、実は私……、いや、俺もそっちの方が好きなんだ』
そんな空気を溶かす様に悪戯っぽく笑う精霊様。
『だから、まぁ、何が言いたかったかと言うと……』
適当な様でいて、言葉を選びながら。
『皆が幸せでいられるのは、君達がそう願った結果で、君達が願った皆の幸せの中に君達の幸せがあったんだ』
私達の腕と視線を引き寄せながら、真っ直ぐに言い放つ精霊様。
『これからもその幸せを。君達の願いを叶え続けてくれ』
『『はい!』』
精霊様の少年の様な、あどけなく、裏表のない、爽やかな笑顔を前に、意識が優しい白に沈んで行く。
その間も、精霊様と、お姉ちゃんと繋いだ手は何時迄も温かくて……。
「おはよう。プレア」
「おはよう。お姉ちゃん」
寝ている間に何時の間にかお互いに繋いだ手を離して。
「おきて、母さん」
「お父さん。こんな所で寝たら風邪ひいちゃうよ」
お互いに、もう片方の手を握ったまま、聖繭に頭だけを乗せて、何も掛けずに眠っていた二人を起こしに掛かる。
「ん、んにゅぅぅ……」
「もう少し、もう少しだけ……」
長年に渡る目の下の隈が消え、代わりに子どもの様に泣き腫らした後を付けた二人が幸せな夢から目覚めるのは、まだ、ずっと先の話だった。




