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第498話 (by キーラ)

 「「「…………」」」


 朝。お祈りの時間。

 みんなが広場へと集まって。世界と私達を守る為、その身を世界樹へと変えた精霊様へ向けて、静かに感謝の祈りを捧げます。


 カチ、カチ、カチ。


 広場の中心では、世界樹の。精霊様の体の一部である“とけい”だけが規則正しく、確実に、音と時を刻み続けていて。


 精霊様が現れるまでは、呪いにご飯の問題。急に山や空が荒れたり、賊と言う悪い人達が現れたり。そのせいで皆が憎しみ合ったり、疑心暗鬼になったり。

 こうやって、皆一堂に集まって、心静かに祈る余裕もなかったそうです。


 その点、私は幸せだったのかもしれません……。いえ、確実に幸せでした。

 勿論、家の外に出られず、家族以外の誰とも会う事の出来ない日々は窮屈で、退屈に感じる事もありましたが。

 それでも、お母さんやお父さん、双子の妹のアニスが毎日相手をしてくれていましたし、村中から集まった食べ物を長く持たせる為に加工したり、必要な時に提供できる様、数量や状態を管理しながら保存する私達家族の御役目は、お家の中でも果たす事が出来て。それらが私の時間と心を埋めてくれていました。


 私の代わりに外に出てくれている家族の疲れ具合を見ていると、申し訳なく思ったぐらいです。

 勿論、皆、それを隠そうとはしてくれていましたが、最近ではそれもままならないぐらい……。


 外を知らない私ですら、僅かにしか届かない秋の幸、例年の消費量を考えれば到底冬を乗り越える事の出来ない保管庫の食べ物達に焦りを感じていた程だったので、その現実を外で見せつけられていた筈の皆の心労は計り知れませんでした。


 ……それに後で知りましたが、お父さん達の仕事には、村長さん達と話し合って、食糧の配分先を決めて、実際に配分する役割もあったそうです。

 それすなわち、飢饉の際に誰を殺して誰を生かすかの最終決定権を持つと言う事で。それを知った時、私は震えました。


 そして、何故、不吉の象徴である双子の私達が、いくら姉である私の存在を皆に隠しているとは言え、生きている事を許されていたのか。私が食べていた分の食べ物が、本来誰かの物であった事を知りました。


 それは精霊様が、本当の意味で私達家族を繋いでくれたあの日まで、妹も知らされてはいない様でしたが。それでも、皆から向けられる視線や、言葉の端々から感じ取っていた様で、時には大の大人に「食料を分けて欲しい」と泣きつかれた事もあったそうです。


 ……私は何も知りませんでした。いいえ、知ろうともしていませんでした。

 外の世界に憧れる事すらあれ、それは遠くの物だと、余り真面目に考えた事すらありませんでした。


 それを精霊様は「外の事を知って、外への憧れを強めない為の自己防衛本能だよ」と仰ってくださいましたが。

 自己防衛本能。確かにそうです。私は外を、私の存在が外からどう見られるべきなのかを知りたくなかったのです。

 両親や妹の抱える葛藤を、心の影から目を逸らし続けていただけなのです。


 私の方が少し早く生まれたからとお姉ちゃんぶって、私が我慢すればと、私自身に言い訳して、その役割を妹に押し付けていただけなのです!


 ……そう訴えても、精霊様や妹は"そんな事なかった筈だ"の一点張り。

 私が泣き崩れても、それを認めようとはしてくれませんでした。


 ……そんな妹は、今私の横で、私と地面の上で片手を繋ぎ合いながら、静かに精霊様へ祈りを捧げています。

 

 こんなに傍にいて触れ合っていても、もう、あの日の様に、お互いに何を考えているのか何て分かりません。


 …………。

 でも……。


 「「皆様、お顔を」」

 たっぷり“いっぷん”。たった一分。

 まだ祈り足りない気もしましたが、時計の短い針が一周し終えた所で巫女様達が声を上げたら、みんなでのお祈りは一旦そこでお終い。


 「では、本日の予定から始めさせて頂きます」

 みんなが顔を上げ終えた辺りで、前に出て来た村長が話し始めます。


 (今日はカーラちゃん達の復活祭……)

 正確に言えば、カーラちゃん達が精霊様に新たなる生を与えられたのは昨日の事なのですが。

 復活してすぐに動けない事は、皆、精霊様から事前に告げられていたので、主役が不在になるぐらいならと、日をズラして行われる運びとなったそうです。


 そのカーラちゃん達の死因は呪いとそれを解く為の身売りだったそうです。

 私は精霊様と出会うまで身売りなんてモノが存在している事すら知りませんでした。


 食べさせて上げられる物が無く、死んでしまうぐらいなら。誰かを助けたくて、そのお金を用意する為に……。

 考え方は分からなくも有りませんでしたが、人が物の様に売買されていると言う現実が恐ろしくて。

 しかし、そんな事を恐ろしいと言えるのは外の現実を。未だに死を身近なモノだと認識できていない私の我儘なのでしょう。

 

 もし私がこの身を捧げる事で家族の命が。知らず知らずの内に私の代わりに死んで行った。私が殺していた人達が生き返るなら、私は……。


 「「では、皆様、本日も良い一日を」」

 

 と、気が付けば巫女様方が最後の言葉を口にして、集会の間の大扉の中へと姿を消して行きます。


 「「「ザワザワザワ」」」

 それを見届けた人々は話を始めたり、改めてお祈りを始めたり。忙しそうに仕事へ走って行く人達もいます。


 そんな中で、何時からそうして居たのか。妹のアニスは私と繋いでいた手を今一度、ギュッと握って来ていました。


 その手の平も身長も、双子の、それも姉の筈の私より一回りも二回りも大きなモノになっていて。

 ……当然です。逃げて守られて居たばかりの私とは違って、妹は外でちゃんと成長していたのですから。


 ……意を決してゆっくりと見上げたその顔は、怒っている様な、心配してくれている様な。険しい、複雑な表情。


 (……大丈夫ですよ。そんな事、精霊様が望む訳ありませんから)

 私は安心させる様に繋いだアニスの手を包み込む様にして握り、笑い掛けます。


 そう。精霊様が望むのは私達の平穏だけ。

 家族だって、私だって。お互いの苦しそうな顔なんて見ていたくありません。


 だから暗い顔を見せるのは、もうおしまい。

 お姉ちゃんなのですから、妹を心配させるのは、精霊様の授けて下さった幸せを陰らせるのはイケない事なのです。


 それに……。


 「さっ!私達にも大仕事が待っていますからねっ!早く行きましょっ!」

 「ね、姉さん!そんな急に走ったらっ!」

 

 後ろからは焦る様な、困惑した様な、妹の声。

 私はそんな妹の声など気にせずに、その大きくて、それでも何時まで経っても可愛らしい彼女の手を引っ張って、家の方へと駆け出します。


 なんたって、お祝い事の料理を用意するのは私達家族のお仕事。

 私の存在も公になって、村のみなさんにも余裕が出来た今は、お手伝いに来てくれる方も沢山いますが、それでも精霊様から任された大切な役割。疎かにする訳には行きません。


 それに、妹の手を引っ張って外を歩くのって、一度やって見たかったんです!

 朝だって、人に押しのけられて離れ離れにならない様にって、アニスが手を繋いだまま先頭を歩いて行くんですから、姉としての威厳なんてあったモノではありませんでしたし……。


 いつか本当の意味で、妹の手を引っ張って歩ける存在になれたらな。なんて考えながら、私は歩みを進めます。


 「きゃっ!」

 「ほらっ!危ない!」


 小石に躓いた妹は腕ごと引き上げられて、宙ぶらりん。

 

 「だから言ったでしょ!お姉ちゃんはまだ外を歩きなれて無いんだからっ……!」

 グチグチグチグチ……。


 「はぁ……」

 「聞いてるの……?!そもそもお姉ちゃんはいつもいつも……」


 情けない私に向けた溜息は妹の神経を逆撫でして、更なるお説教へ……。


 「ごめんなさい……」

 シュンとした私は妹に連行される様にして帰路に付きます。


 立派なお姉ちゃんになる道のりはまだまだ遠い様でした。

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