第494話
「……で、記憶の話だったよな?」
カナエさんの、勝手に一人で死ぬのは許さない発言に賛同した俺へ、カナメからは冷たい視線が、スイレンからは笑顔の裏に隠れた圧の様な物を感じ始めたので、話題の転換を試みる。
「もしこの場でお互いの記憶を発表し合って……、その……、致命的な齟齬があったら困るだろ……?だからまず、俺が二人の記憶を読み取って」
「それには及びません」
「……だな」
俺の言葉を遮るスイレンと、柱に寄り掛かりながら、静かにそれに同意するカナメ。
「私達は事前に二人で記憶の擦り合わせを行っていますので、この場で話す事に問題はありません。何でもお聞きになって下さい」
ダメ押しと言わんばかりに、こちらへ笑顔の圧を掛けて来たスイレンは、一瞬で雰囲気を切り変えると、視線をカナエさんの方へ移して、話を進める。
(き、記憶を読まれるのがそんなに嫌だったのかな……?それとも、弄られる事を警戒している……?
……確かに二人の記憶を正確に把握して置きたいって言う下心が無かったわけではないけど……。まぁ、寝ている最中とか、バレずに記憶を読み取るチャンスは幾らでもあるだろうし、二人が大丈夫だと言うなら任せてみるかな……?
それに、以前の二人なら兎も角、今の弱体化した二人なら俺の力で"最悪"どうにでも転がせるだろうし)
俺は3人のやり取りを静かに見守る。
「いや、具体的に何を聞きたいって訳じゃねぇんだが……。アタシが何を言っちゃいけないのか判断が付かないとやり難くてな」
「それなら……、お手数お掛けしてしまう事にはなりますが、一から十まで、貴方様の知る私達の、真実の記憶を話しては頂けませんか?」
「おい、「いや、それは」」
俺とカナエさんの声が重なる。
「大丈夫です。何かあれば、ルリさんが何とかしてくれる……。でしょう?」
再びこちらへと微笑みかけて来るスイレン。
カナメも口は開いていないが、確かな意思と覚悟の籠った視線を俺へと向けて来た。
「……分かった。ただし、結果次第では俺に何をされても、"文句は言わせない"からな」
それが最大限の譲歩。
「えぇ。その時は私達を如何なさってくださっても構いません……。ですよね?カナメ?」
「あぁ。その時は好きにしてくれ」
そこまでの覚悟が決まっているのであれば、俺から言える事など、もう何も無い。
後はカナエさんの返事だけだと、皆の視線が彼女へ向かう。
「……わーったよ。そこまで言うなら話してやる。長くなるかもしんねぇが、文句は言うなよな」
諦めた様に、面倒くさそうに、頭を掻きながら話し始めるカナエさんに「はい、お願いします」と返すスイレン。
「まずコイツと私との関係からだな。ついでだからお前もちゃんと話を聞いて置け」
相変わらず足元に纏わりついているジュンイチ少年に視線を送りながら話すカナメさん。
それにコクリと頷くジュンイチ少年を見るに。彼も現状について、あまり深くは理解していない様だった。
「コイツは月夜に作られたコピー品だが、オリジナルはアタシと幼馴染……?まぁ、少なくとも腐れ縁の様な、目的もなく、ダラダラと一緒に過ごす間柄だった」
「ま、あの世界では目的意識どころか、自己捨てずに生きてた奴の方が少なかったけどな」と、付け足しつつ。
「んで、まぁ、私達もその例にもれず、大体やりたい事やり尽くして、人として死ぬか、脳を弄って永遠の中に生きるかって段階になって。そこで私達は二人で死ぬか―って話に纏まったんだが……。
最後に思い出の地を巡ってみたり、行ってみようかなーと思ってた星に行ってみたり。其々で身じまいの支度をしている内に、コイツが一人で先に安楽死装置へダイブしてたって訳よ……。ムカついたね」
そう言う割には、怒りと言うよりは呆れ。諦め。
本当に、もう、その感情を過去にしてしまった様な、そんな語り口。
「正常な端末とプログラムを持って来て、電脳装置に繋がれてたコイツの体から発せられる電気信号が、何処の領域に送られているのかを見つけ出して、その領域からドンドンと標的を絞って行って……。途方もない時間がかかったけど、他にする事もなかったし、ほぼ意地だけで動いてた」
数年の経過をちょっとの散歩と言ってのける彼女が、途方もない時間を掛けたと言うのだ。本当に、その通りなのだろう。
そんな時間、彼女を動かしていたのは、本当に意地だけだったのだろうか?
「んで。本人がそう望んだのか、将又バグった世界に長期間揉まれた結果か。記憶を失って、別の人生をロールプレイしていたコイツを見つけて。その世界にいたのが、アンタ達だったって訳さ」
成程、繋がった。
と、なると、この世界の本来の管理者はジュンイチなのだろうか……?
そうなってくると、俺の記憶とも食い違ってくるし、そもそも、この世界で彼に似た存在と出会った覚えがない。
いや、今の少年の姿がこの世界に存在していた彼と同一でない可能性も有るし、記憶を失って姿も変わっていたら、もし俺が彼と出会っていても判別のしようがないか。
そう言う意味でも、月夜は“彼”を本当の彼とだは断言出来ない。と言ったのだろう。
ただ、カナエさんの様子を見るに、月夜もそれを指摘しなかったか、彼女自身がそれを完全に、無かったかの様に忘れている。或いは忘れさせられているかのいずれかだろう。
どちらにせよ、それを指摘して、カナエさんの精神に無駄な揺さぶりを掛ける必要も無い。
俺は無駄な口を挟まず、静かに彼女の話へと耳を傾け続けた。
「どんな経緯でそうなったのかは知らないが、ジュンイチは壊れた世界を、アンタら二人を"正常に"戻そうとしていた」
そう言ってカナメとスイレンへと視線を向けるカナエさん。
「何度も世界を、アンタら二人を、自分自身を壊して直して傷つけて……。私も初めは止めようとしたさ」
軽く言ってのけるが、具体的な話をしないのは、こちらへ対する配慮か。自身の心を守る為か。将又"現在の彼女にとっては"本当にその程度の認識なのか。
「んでも、権限もない。ハッキングしようにも法則もコードもバグで乱れ切って、目まぐるしく変化し続ける世界には、どう頑張ってもアクセスできなかったし、私は只々見守るしか出来なかった」
そこだけは本当に。ほんの少しだけ、悔しそうな表情をして。
「……そんな中でも必死に藻掻き続けるアイツを見て。傷付き続ける、それでも、揺るがないジュンイチを見て。長い時間の中で初めて考えたんだ……。アイツにとっての幸せは。私にとっての納得の最期は何処にあるんだろうってな」
「…………」
話を聞く限り、感情的に、刹那的に生きる彼女にとって。
深く考えずとも生きて、彼女達を支える機械達によって願いが叶ってしまう世界に生きて。
逆に深く考える事こそが自己の消耗を、自我の崩壊を速めてしまう様な世界で生きて来て。
初めて困難にぶつかって。初めて他人の覚悟に触れて。初めて深く考えて。
自分と、感情だけではない自分自身の考え方と向き合って。
「それで最終的に辿り着いた答えが、その幸せな、ジュンイチの望む結末を見送って、私も死ぬ一緒に事だったんだ」
破滅願望とも違う。明確な達成目標と紐付けられた自死。
どちらが本命で……、いや、彼女にとっては、どちらも本命だったのだろう。
少なくともそれが、彼女の望んだ彼女自身の結末だった。
「……それをよぉ」
今回に限っては、静かで、それでいて明確な怒り。
練りに練った計画を。苦痛と苦悩の末に生み出した理想の結末を。妥協に妥協を重ね、割り切った末に得た納得を。
「アイツは、月夜の野郎は一瞬で奪って、弄んで……。あぁ、思い出すと、またイライラしてきた……」
同じく彼女の被害に遭っている俺からしても、その気持ちは分からなくも無いが。
しかし、怒りに燃える彼女の瞳には、出会った頃の生気が再び息を吹き返していて。
……繋がった気がした。
何となく、月夜の狙いが分かった気がした。
月夜は俺達の脅威となると同時に、目標になってくれたんだ。
決して手の届かない。しかし、手を伸ばし続けたくなる様な目標に。
それが憤怒から来るものであれ、強欲から来るものであれ、決して生き方を見失わない様に。生きる為の、歩む為の原動力になる様に。
彼女がそんな、一見回りくどい様で。俺にすら見透かされる様な。
意図的かは分からないが、彼女が執拗に隠していた心境の変化を、見透かされ様がどうしようが構わないと言った様な、雑な対応で投げ捨てて来たのは。
(……本当に居なくなっちまうんだな……)
そう思った瞬間。世界が何かに衝突でもした様に大きく揺れ動いた。




