第492話 新しい庇護者
「おぅ。随分なよなよとしてると思ったら、お前、天道家の人間か」
「…………」
「いや。そもそも別世界の人間だから、こっちの世界の天道家とは関係無いのか……?」
「…………」
「っと。悪りぃな。こっちの話だ。んで、月夜の事だったよな」
「あぁ」
「アイツはアタシに偽モンの記憶と作りモンのコイツを寄越して消えやがった」
彼女がそう言うと、担いでいた鈍器が粒子状になって消えて行き。
「……?お姉ちゃん?」
それが彼女の傍で人型へと再集結して、男児の姿をとった。
「だーっ!私はお前のネェちゃんじゃねぇって、何度言えば分かるんだっ!」
苛立ちを見せる彼女。
しかし子どもを相手にしているからか、本気という訳でもなさそうで。
それが分かっているのか、いないのか。少年はカナエのズボンの裾を掴んだまま、不思議そうに彼女を見上げていた。
「……こいつは純一。渡部 純一……の、偽モンだ」
(偽物って……)
事の真偽はさて置き、本人の前でそれを言ってしまうのはどうかと思うが。
……いや。もしかしたら、自分に言い聞かせているのかもしれない。俺がクリアにそうしてしまった様に。
「…………」
語れる言葉が無い。
改めて、自分の罪深さを知る。
「偽物じゃないよ。本物だよ?」
言われている本人が、さほど気にした素振りを見せていないのが救いだった。
「……はぁ。兎に角、アタシがコイツを本物の純一だと思い込まされて、頭ハッピーになってる内に、あの女が全てを掻っ攫っていきやがったんだよ」
話から察するに、彼女が月夜の言っていた上位者なのだろうが、まさか、本当にそんな事をやっていたとは。
ただの例え話だと思っていた。
「あ。勘違いすんなよ。アイツはちゃんとアタシの願いを叶えて、その対価に力を得た。その点に文句はねぇ」
……それは彼女にとって、重要な事なのだろうか……?それとも俺を気遣って?
後者なら、的外れも良い所……、まったく気にして居ないので、無駄な気を遣わせてしまって申し訳ない限りだが。
俺より上位の存在であれば、俺程度の存在。その心中を覗き見るなんて造作もない事だろうから、前者なのだろう。
「アタシが苛立ってんのは、アイツが余計なオプションを付けて、アタシの頭を弄り回したからだっ!」
なるほどなるほど。
「それは誰でもブチギレるな」
「だろっ?!」
第二の被害者になり掛けていた俺からしても、同意しかなかった。
「っと、遅くなったが、月夜の魔の手から救ってくれて感謝する。ありがとう」
「良いって事よ。アタシからしたら、アイツの邪魔を出来ただけで十分だしな」
「そう言って貰えると助かる」
と、お互いの緊張が解け、一区切りついた所で。
「……時に、気のせいで無ければ、時間が止まっている、のか?」
「ん……?あぁ。時間が止まっていると言うより、この世界の生物の状態を固定してるだけなんだが……。騒ぎになっても面倒だしな」
流石上位者様だ。理屈は分からないが、たったそれだけの理由で、これだけの事をしてのけるとは。
「あっ!くそっ!アイツっ!!」
突然焦り始めるカナエ。
ジュンイチは表情をコロコロと変える彼女に顔をじっと静かに、不思議そうに見上げていたが。その手は彼女の服の裾を掴んで離さず。彼女もなんだかんだ言って、振り払う気はない様だった。
「何かあったのか?」
「……完全に“上”から追い出された」
そう彼女が呟いた瞬間、静まり返った世界に、人々の喧騒が戻って来る。
「……権限も取られたのか?」
「……権限を取られたってよりは、権限を行使するシステムから追い出されたって感じだな……。その証拠に」
彼女が手をかざすと、少年が粒子状に分解され、今度は銃の形になって、その手に収まる。
「システムを介さず、直接アタシと繋がってるコイツは、アタシの思った通りに動かせる」
「……なるほど?」
正直余り分かっていないが。
権限自体は失っていなくても、権限の行使に使用する席や端末を奪われたから、実質的にその権限を行使出来なくなった。と言う事なのだろうか?
「他にはどんな事が出来る?」
「あー。コイツとアタシのアバター……。この体なら、ある程度好きには動かせそうだな」
そう言って、自身の腕先を鋭い刃物に変えて見せるカナエ。
「他は全然だ。喰らって、自身の体の一部として取り込めれば、ワンチャン、アタシの制御下に置ける物質の数も増えるかもしれないが……。出来てもその程度だな」
詰まる所、先程のまでの様に、大きく世界へ影響を及ぼす事は、そう簡単に出来なくなった。と言う事だろうか?
「ただ、何より問題なのが……」
深刻そうに呟くカナエ。
「自壊できねぇ」
自壊……。自殺の事だろうか?
「……死にたいのか?」
「そりゃ、まぁな。正直、コイツのオリジナルが消えた時点でアタシも消える気だったし……。アイツにやられっぱなし、って言うのもムカつくけど、虚像でもブン殴れた時点で、スッキリしちまったからな」
事もなさげに、その選択肢を口に出すカナエ。
なるほど。月夜が“彼等”を壊れていると称した理由が分かった気がする。
「……死ねないなら、死ぬ方法を見つけるまでの暇つぶしに、俺らのお守りをしてくれないか?」
「お守り……?」
「あぁ。月夜を失った今、俺達を庇護してくれる存在が居なくなってしまったからな……。
アンタはこの世界のシステムに強そうだし。それに、アンタに取っちゃ物足りないだろうが、体を自由に弄り回せるって言うのも中々に破格な能力だぞ……?そんな人材がこちらに着いてくれると言うならば、ありがたい限りなんだが……」
俺の窺う様な提案に、彼女は納得した様な素振りで「あぁ。なるほど」と呟いた。
もしかしたら、こちらの事情を把握してくれているのかも知れない。
「月夜から話を?」
「雑談がてらにちょっとな……」
「月夜が雑談……?」
引っかかる。
月夜が誘導の無い雑談だなんてするだろうか?
俺だって、さっき初めて出来たぐらいなのに。
「おいおい、嫉妬するなって」
「嫉妬……?いや、俺は……。……俺は嫉妬してたのか?」
「……なるほどなほど。これは面白そうだな」
カナエがニヤリと笑う。
よく分からないが、彼女の興味を引けたなら何よりだ。
「いいぜ。付き合ってやる。ただし、死ぬ方法を見つける迄な」
「……分かった。飽きさせない様に善処する」
「なるほどなるほど?確かに、死ぬ方法を見つけても退屈じゃなきゃ死なないかもな?」
カッカッカ!と高らかに笑う彼女。
彼女を楽しませる為のツボを見つけるのには苦労しそうだった。




