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第491話 幕引きと開幕

 「んじゃあ、その上位者って奴は、電脳世界にまで、その男を追って来たって訳か」

 体を捩って、糸を伸ばして。何とか布団から抜け出した俺は、月夜の隣、日の当たる縁側に座ってダラダラと話を続けていた。


 「ですねー。やっと見つけたは良いものの、男の世界にアクセスする権限がなくて、手出し出来ずに諦め掛けてたらしいですよー」


 この手で救えないなら、せめて幸せな最期を。

 分かりたくは無いが。分からなくも無い発想だった。


 「ま。結局私に捕まって、彼女に引き渡されてしまった訳ですから、彼の負けですけどねー」

 中々本題に入ろうとしない彼女。


 「そもそも、なんで上位者はその男が探し人だって分かったんだ?本人は記憶も何も、全てを失なってたんだろ?」

 それを良い事に、和やかな時間を享受する俺。


 「なんでも、彼の脳がアクセスしているシステム領域を片っ端から調べて、それっぽいのを見つけたらしいですよ」


 「それっぽいのって……」


 「まぁ、自殺する勇気もなく、全てを忘れて電脳世界に逃げ込んだ彼も彼ですが、彼女も彼女で大概壊れてましたしね」

 上位者達が住んでいたと言う、人間が労働や寿命、身体的苦痛等から解放された世界。

 銀河系単位で開発され尽くし、その全てが機械により管理され、計算資源として消費される様な世界。


 無限に続く生と虚無に心を壊され、現実世界を去って行く人々。

 その一つの方法として存在していたのが、電脳世界への逃避であった様だ。


 「もしかしたら、私も貴方も、その電脳世界で創造された、存在の一つなのかも知れませんねー」

 どうでも良さそうに話す彼女。

 

 「そうだな……」

 本当にどうでも良い内容だった。


 そもそも俺は皆のいる世界を、月夜に作られた電脳世界だと思っていた訳だし。

 他の世界も同じ様な条件かも知れないと言う可能性は十分に考慮していた。


 それに何より。“その程度の事”で俺達の行動指針が変わる訳でも無いのだから、大した話でも無い。

 加えて言うなら、リミア達がいる世界や、この世界が“こう”だからと言って、全ての世界が全て“こう”だとも限らないだろう。


 上位者の言っている事も、記憶が弄れる以上、嘘ではないにしろ、真実では無い可能性もあるし。

 結局、俺らは俺らに出来る事を考えて、して行くしかないのだ。


 「と言う筋書きを上位者の記憶に押し付けて、私が全てを奪った。って言ったらどうします?」

 ……ほらな?全ての想定が一瞬でパーだ。


 「そりゃぁ恐ろしいこってぇ」

 俺は呆れた様に、諦めた様に。やれやれと首を振る。


 「貴方も。貴方の原動力も。全て私が5秒前に作った物かも知れませんよ?」


 「かもな……」

 だからと言って、俺にはどうする事もできない。

 だって、今の俺は確かに俺で。俺は俺のしたいことしか出来ないのだから、操られていたとしても、都合良く作られた存在だとしても、力の限り、したい様にするだけだ。


 「ふふふっ。強くなりましたね」

 微笑む彼女。


 皮肉だろうか?それとも褒め言葉?

 ……何であれ、俺へ対する肯定の言葉を聞けた事が、単純に嬉しかった。

 

 ……しかし、強くなっているのは当然の結果で。

 俺が俺として生きて行く上には強くなる他、方法が無かっただけで。


 ……いや。


 「お前のおかげだよ」

 俺は最高の皮肉と感謝を込めて、言葉を送り返す。


 「これはこれは。中々のお手前で」


 「お前には負けるけどな」


 「「…………」」

 流れる沈黙。やはり悪くない。

 ……ただ。


 「……そうですね。そろそろ本題に参りましょうか」

 

 俺としては、一生、この緩やかで停滞した、生温い空気の中で過ごして居たいのだが。そう言う訳にも行かないのだろう。


 「単刀直入に。私は、貴方達の世界から居なくなります」


 「……そうか」

 衝撃よりも納得。

 不満でも、不安でもあるが、予想の範疇ではあったし、理解は出来た。


 「あら、意外ですね。もっと駄々を捏ねると思っていたのですが」


 「駄々でも何でも、捏ねて辞めてくれるなら幾らでも捏ねてやるよ。……でも、駄目なんだろ?」


 「そうですねー」

 空を見上げながらの曖昧な答え。

 

 「……何を悩んでるんだ?」


 「悩んでなんていませんよ……。ただ……」

 

 伸ばした触手と、彼女を押さえつけようと飛び掛かった俺の身体が、彼女の体を通り抜ける。


 「チッ……」


 「言ったじゃないですか。ホログラムの様な物だって」


 そうでなくとも押し倒せていたとは思えないが。


 「その気がねぇなら、あんまいじらしい態度、とんじゃねぇよ」


 「ふふふっ。その、欲望剥き出しな貴方も可愛らしいですよ」


 普段は円滑なコミュニケーションを図る為に押さえ込んでいるだけであって、別段隠しているつもりなどは無かったのだが。


 ……しかしそうか。言われてみれば、面と向かって彼女にこの想いをぶつけた事は無かったかもしれない。


 「俺はお前が欲しい」


 「ふふふっ。既にこれだけのモノを手にして、それを維持するだけで精一杯だと言うのに……。欲張りな人ですね」


 あぁ。俺は欲張りで我儘で。ここで月夜を得れたとしても、満足する事はないのだろう。……それでも。


 「必ず幸せにする。だからどうか、俺のモノに。側に居てくれないだろうか?」


 「愛の告白ですか?」


 こんなにも傲慢で、身勝手で、独りよがりな欲望が愛である訳がない。


 「契約だ」

 そう。契約。彼女は俺に安心と癒しを与え。俺は彼女の願望を全力で叶える。


 「なるほど。それは魅力的な提案ですね」

 

 嘘を吐け。俺に出来る事が彼女に出来ない筈がないのだから。

 それに彼女がその気になれば、俺なんて掌の上。

 俺の力を利用するにしても、ここで首を縦に振る必要も。約束を守る必要だって無い。


 ……でも。それでも。俺の力にまだ利用価値を見出してくれるなら、どうか考え直して欲しい。

 これからも俺をその掌の上で踊らせて欲しい。


 捨てないで

 「捨てられそうな仔犬の様な顔をしますね」


 いつも通りの微笑みの裏に、別の感情が見えた様な気がした。


 「……やはり、こうなってしまいますか」

 

 それを隠す様に目を伏せ、考え込む様に呟く月夜。

 逸らした視線に、もう俺は写っていなくて。


 「…………」

 次に彼女が顔を上げた瞬間、俺は恐怖で体が固まってしまった。


 その他人に。物に向ける様な冷たい微笑み。

 彼女の視線は確実に俺を捉えているが、その瞳には俺が写っていない様な気がして。


 「や、やめ……」

 先程まではあれ程求めていたと言うのに。


 ショックで未だに上手く動かない体を無理矢理に動かして、伸ばされる彼女の腕から必死に距離を取る。


 捕まった俺がどうなるのかは分からなかった。"分かりたくなかった"。

 ただ、本能的に。経験則的に。脳が体がそれを拒否する。


 あの手に捕まったら。僕は、俺は確実に彼女に“捨てられる”。


 (そんなのは嫌だ……。この想いは、記憶は、僕だけの……。ボクが僕である証拠なんだっ!)

 殺されるならそれで良い。でも、それだけは。

 僕が、俺が。この記憶を、経験を、想いを忘れて、のうのうと生きて行くなんて、そんなの……。

 そんなの絶対に許せないっ!消させないっ!弄らせないっ!例えそれが僕の為であったとしても、絶対にっ!


 「こ、こないでっ!」

 下半身に力が入らず、無様に廊下を這い回る僕。

 そんな僕を嘲笑うかの様に、彼女の気配が近付いて来る。


 世界は何故にこうも、力無き者の前に無慈悲なのだろうか。

 何故こうも上手く行かないのだろうか。


 人の事など気にしない、以前のままの彼女であれば、ただ、最低限の必要事項だけを言い残して去って行く。それだけで事は済んでいただろう。

 

 だから余計に悔しい。彼女は変わって。僕は弱いままだ。

 彼女が変わってくれたのに、僕には何も出来ない。

 無力な僕は、今も変わらず、ただ彼女の慈悲に縋るだけ。


 いや、きっと、これが彼女なりの慈悲なのだろう。掴めない物に手を伸ばさせない。掴めない物が、欲しいモノがそこにあったと言う事すら忘れさせる慈悲。


 「そんなの僕は望んでないっ!」

 今までの彼女なら、身の丈に合わない僕の望みも、そこから生まれる苦しみも、成長の糧として喜んで与えてくれていたのに。


 「やめてっ!やめてよっ!」

 彼女の冷たい手の平が足を撫でれば、それだけで感覚が無くなって行く。

 彼女の抑え付けられ前に進まなくなった体の上を、彼女の指先が滑る様にして這い上がって来る。

 僕が。僕の体が。僕の物じゃ無くなって行く。


 「おねがい。やめて。ボク、がんばるから。ちゃんと、つよくなるから……。……を守れるくらい、強く……」

 うわごとの様に、いつか呟いた誓いの言葉が、口から零れる。


 あれ……?そう言えば、あの約束って……。


 「こんにゃろっ……!!」

 誰かの掛け声。

 衝撃と同時に、感覚のない体ごと吹き飛ばされ、廊下の上を転がる僕。


 「っと……、やり過ぎたか?」

 動かない視界の隅。見知らぬ女性が立っていた。


 「よ。生きてるか?」

 縁側だった物の上に叩きつけられていた、身の丈ほどもあるハンマーを軽々と担ぎ上げ、こちらへ向かって来る彼女。


 「……うん、大丈夫そうだな……。ほら、立てるか?」

 手を差し出してくる彼女。


 「……たくっ!男がいつまでもメソメソしてんじゃねぇ!」

 背中を勢い良く叩かれたと同時に、正気と体の感覚が戻ってくる。


 「……!!!……つ、月夜は……?」

 何とか身を持ち上げながら、かすれた声を上げる俺。


 「ったく。第一声がそれかよ」

 女は呆れた様に、面倒臭そうに、短く切った髪の上から頭を掻く。


 「……取り敢えず私の名前は(かなえ)だ。黒川(くろかわ) (かなえ)……。よろしくな」

 

 どこか聞き覚えのある声と共に、未だに床に転がる俺へと伸ばされる手。

 その無骨な表情に悪意は見えない。


 俺は見っともない顔を拭って。

 

 「俺は瑠璃。天道 瑠璃だ。宜しく頼む」

 彼女の手を取った。

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