第488話 向き合うと言う事(by スイレン)
「…………」
小屋の敷居をくぐった瞬間、自身の存在が揺らぐのを感じた。
いや、正確には、カナメの力が働く領域を抜け、カナメに作り出された仮の姿が維持できずに、溶け出しただけなのだが。
『……!!』
先に敷居を潜っていたココノセさんの仮初の体は、既に原型を留めない程に崩れ落ち、中からは彼女の綺麗な魂が姿を覗かせていて。
しかし、彼女はそれ自体に驚いていると言うよりも、仮初の肉体を失うと同時に取り戻した記憶に、下唇を噛み締めている様だった。
『今度こそ、カナメ様にあんな顔はさせないと誓ったのに……。何だ、この為体は』
その言葉に、周囲を漂う村人の魂達も共鳴する。
『スイレン様、申し訳ありません。この子を宜しく頼めますか?』
崩れる体で、同じく崩れかけのルリの体を受け渡してくるココノセさん。
『……はい』
彼女達が何をする気なのかは問わない。目的はきっと同じだから。
『……っ!!これは……』
ルリさんの体を受け取る瞬間、剥き出しになった私の魂と、ルリさんの魂が触れ合ってしまい、その心象風景が覗き見えてしまった。
そこには二つの魂が見えて。
『ひどい……』
片方の魂は、良い様に“加工”され、カナメを封じ込める封印の材料にされていた。
もう片方の魂に至っては、私がこの記憶に触れる事を予見して残された、ただの伝言係でしかなくて。多分、本体はもう……。
『カナメとお前達の覚悟、どちらが上か見させてもらう』
その内容も然る事ながら。その為に。そんな事の為だけに、自分も、自分の片割れも、消耗品の様に扱って……。
こんな状態になってしまっては、元の魂の形には戻せない。
取り返しがつかない。
こんなの、もう、直せない。
自分と言う存在を使い切ってまでやる事がこれなのか。
私達を向き合わせ、潰し合う覚悟を決めさせる為だけに、彼は自らの消滅を選んだと言うのか。
分からない。本当に意味が分からない。
ぽっと出の、それこそ、私達の関係に比べれば、ほんの数瞬間に満たない時間でしか、私達と関わり合っていないのに。
私達が触れ合った、笑い合った、互いを想い合った時間に比べれば。
お互いの幸せを願い苦悩した時間に比べれば、彼の生きた一生なんて、吹けば飛ぶような時間の筈なのに。
『何でそんなに本気になれるの……?』
いつもなら真っ先に自分の力を疑うのだが。今回はその力も取り上げられていた上、絶対に言い切れる事がった。
『私もカナメも、そんな事望んでない……』
今一度口に出して、再認識する。
そう。絶対に望んでいない。
貴方の生死なんかよりももっと強く。
私達はお互いに力を押し付け合って、全力で向き合う事を拒んで来たのに。
今回だってそう。
私は私の力でカナメの記憶を封印し、ルリと言う存在を使って、カナメの過去と未練を断ち切ろうとした。
歪な形で引き離そうとした。
カナメだってそうだ。その力で私達の記憶を封印して、優しい世界に閉じ込めて。
本当の意味では、お互いの事なんて、これっぽっちも考えていなかった。
『それなのに何で……』
こんな不毛な争いに彼を巻き込んだ罰なのだろうか。
向き合う覚悟すらなく、この戦いを第三者の手によって終わらせようとした、私への罰なのだろうか。
***を望んだ結果、***を***してしまった様に……。
これが罰だとしたら、償い方が分からない。“元”に戻す以外の。或いはそれ以上の幸せを与える他、償い方が分からない。
死んで、消えてしまった人への償い方が……。
『はっ、はっ、はっ』
頭が、欠けた記憶が痛い。
必要のない呼吸が早くなって、胸を締め付ける。
自己否定で、存在が、揺らぐ。
『おっと、こりゃぁ良くねぇな……。ほら、嬢ちゃん達は嬢ちゃん達でする事があるんだろ……?ここは俺に任せて、先行きな』
ヨイチさんの言葉に、皆困惑の色を浮かべるが、最後には意を決したように頷いて。
『棟梁。後は宜しくお願い致します』
(棟梁……?彼が……?)
私は彼の事を未だに思い出せずにいたが。
『はぁっ、はぁっ、はぁっ……!皆さん、くれぐれも、無茶は、しないで……』
彼の覚悟に触れて。彼女達の中で燃える魂の炎にも不穏な物を感じてしまい。息も絶え絶え、私は何とか声を出す。
『……今までなら嘘でも無茶はしないと言う所なんですけどね……』
その視線が、自身を燃やし尽くす勢いで煌めき続ける、ルリさんの魂へと向けられる。
そして、その熱が伝播した様に輝きを増して行く彼女の魂を見て、彼女が悔しがっていた、真の原因を察する事が出来た。
『止めたかったら、正面から全力で来てください。いつでもお相手しますよ』
私は彼女達に対しても、都合の悪い事は私の力のせいだとか。私の力で解決できるからと言って向き合ってこなかった。
『『『私達もそれに甘えてしまった』』』
全てがあやふやになった世界。
『それでは行って参ります』
自らの意志で私に背を向ける彼女達を見て。
その行動を"自らの意志"だと捉える事が出来て初めて、彼らが。
私の意志に、願いに操られ、翻弄され、弄ばれているだけだと思っていた彼女達の本当の姿が見えた気がした。
『……分かりました』
彼女達は私の言葉なんて、意思なんて、願いなんて待っていない。ただ黙って前に進むだけ。
例えそれが、私の力による結果だったとしても、その意志だけは彼らの物。
彼らは確かに私の力の影響を受けるかも知れないが。だからと言って、その意志が、魂が"私の物"である筈がない。そんな当然の事を、今更になって……。
『ふふふっ……』
一体私は何を見て、誰と笑い合っていたのだろうか。
流される事は楽だけど。
向き合う事は恐ろしいけど。
本当は。本当に、やりたく無くて。出来れば、できるだけ先延ばしにしたいけれど。
先延ばしの末に時間が、何かが、第三者が、この事態を終結させてくれる事を願っていたけれど。
世界も、皆の心も、私達の力も。もう、限界だから。
私達が願った結果がコレだと言うのならば。向き合う事でしか許されないと言うのであれば、受け入れる外ないだろう。
『彼がそう望むなら』
……そうだ。そもそもこれは彼が始めた事なのだ。上手く行かなかったら、全て彼の責任にしてしまえば良い。
例えこれが私達が願ったが故に生み出された歪んだ結果だったのだとしても。
彼の意志や行動が、私達の力で捻じ曲げられ生み出された産物だったのだとしても。
ルリさんならば***ならば、「それでも、これが俺の意思だからな」と言ってのけるだろう。
だから"彼"にとって、これは自らの責任で。自らのしたい事で。
……私は。私のしたい事は何なのだろう?
対面なんて、自らの影響力なんて、そこから生まれる歪みなんて気にせずに、この想いを吐き出せるなら。
……私は皆とずっと一緒に居たい。
結果、***になってしまった。
私は皆とずっと笑い合っていたい。
結果、***になってしまった。
それでも私は……。私は、多分、そんな現状に満足していた。
悲しがる振りをして、後悔した振りをして、苦しむ振りをして。歪んだ。私の望んだ世界を享受していた。
口では自分のせいだと、自分が願ったせいだと嘆きながら、心の奥底では扱い切れない力のせいにして。それでも、結局最後はこの力に頼るのだ。
いい加減に認めろ。この力も自分の一部だと。
扱い切れない力を捨てられないのも、人の温もりも、皆を遠ざける事さえ出来ないのは、どんな形であれ。例えソレが"どんな形であろうとも"、私がそう望んでいるからだって。
『あはは……』
そうだ。私は初めから我儘だったんだ。
だったら良いじゃないか。今まで通りの我儘な私で。
私の今したい事。本当にしたい事。
まずは無茶をしそうな彼女達を組み敷いて無力化しよう。彼女達の意志なんて関係ない。私の望む未来に、あの"お人形さん達"は必要不可欠だ。
それから、増大しすぎた力を移す為に……。***との家族ごっこの為に生み出したカナメの力も没収して。ただのお人形さんに戻って貰って。
全てが私の手中に収まった後、向こうの世界に存在すると言う、強大な力を持つルリさんの本体と、神様の力を借りて、全てを私の思い通りにしてやろう。
私の知る、私が望む、私達にとっての本物のルリさんだって、地獄の底から引き摺りだしてやる。
その為なら、私の命なんて惜しくない。
死んだって、消えたって、もう、誰とも会えなくなったって。
そこに私が居ない人形劇だって、続くと信じられるなら。
私が欲している、大切な玩具達がいつまでも健やかに踊り続けられる舞台が用意されるのならば。
任せられる存在がいるなら問題ない。
それが、嘘偽りない、私の本音だった。
『覚悟を決めるって、そう言う事ですよね?』
私達にとっての貴方の“ソレ”は、そうにしか見えなかったから。
でも、もし違うと言うのならば言葉にして言って欲しい。
貴方の声で伝えて欲しい。
私を。私達を止められるのはきっと。強大な力を持つ貴方の本体や、神様なんて存在では無くて。
大した関わりもない、取るに足らない。逃げる事で、自分達の首を自分達で締め続けている様な、しょうもない私達の為に本気で悩んで。文字通り身を、その魂を粉にして行動してくれた、貴方の言葉だけだから。
『ヨイチさんは如何されるのですか?』
『ん?俺か……?俺は俺でする事があんだが……。いいぜ。ガキのお守りぐらいなら、やってやんよ』
軽薄そうで居て、どこか頼り甲斐を感じてしまう立ち振る舞い。……いや。私の中に残る、未だに思い出す事のできない彼に関する記憶達がそう感じさせているのだろう。
『助かります』
私は増えてしまった大切を彼に預け、先に行ってしまった彼女達を追う。
優先度。
彼に出会う前までは意識して考えた事も無かったが。
これだけの事をしてくれた。しでかしてくれた、私の中での彼の順位は、一体如何程なのだろうか。
一位だと言うなら、彼の意思を、覚悟を尊重して、私の覚悟を、我儘を通さなければ行けないし、その逆もまた然りだった。
(結局私は、私のしたい様にしか出来ないのですね)
一度それを受け入れてしまえば、あれ程疎んでいた力も自身の一部としてストンと心の中に落ちて来て。
どんな大きな力でも、一度欲望の器に収まって仕舞えば、もっと欲しいと手を伸ばす。
実に身勝手で、我儘で。
でも、それが私だ。
気に入らないモノは叩き潰して、欲しいモノには全力で手を伸ばす。
それが私の生き方なのだ。
『覚悟していてくださいね、皆さん……』
特に、ルリさん。
悲劇の女を気取って揺蕩っていた微睡みをぶち壊した彼だけは許せない。
彼を地獄から連れ帰った暁には、私の望む楽園が終焉を迎えるその日まで、皆さんと共に優しい夢の中で飼い殺させて貰おう。
『あぁ……』
それはそれは。想像するだけで濡れてしまう様な、甘美な"夢"で。
自分に正直になるこの快感を教えてくれた事だけは感謝してあげても良いかもしれない。
『あちゃぁ……』
何故か額を押さえるヨイチさんに背を向け。私も私のしたい事の為に一歩を踏み出す。
まずは一足先に自分達の足で出て行った。自分達の足で自由に歩けると勘違いをしているお人形さん達の捕獲からだ。
『待っていてくださいね。私のお人形さん達……』
玩具が所有者の許可なく勝手に出て行って、傷付いて帰って来るなんて許せない。
それが生えた自由意志のせいだと言うのなら、私が捥いで差し上げます。
私が考える、私による、私の為だけの楽園。
それには私の存在を懸けるだけの価値があって。例えそこに私が居なかったとしても。やはり想像するだけで、はしたない笑みがこべり付いて。
でも、不思議と悪い気はしなかった。




