第44話
「くっ! 最悪だ……」
私はうつ伏せになって気絶している璃子を見て、そのように呟いた。
私が馬鹿だった。あんなシュガースティックをくわえたふざけた男にホイホイ足止めされた私が。
私は璃子をおんぶした。
璃子は華奢だ。女の私が背負っても軽いのだから相当軽い。
私は思う。
璃子はアルビノという肌の色などを決定する色素が欠乏する遺伝子疾患を持つ。神秘的なものを感じるほど白い肌や毛、赤い目。最近は多少マシになったけど運動神経は壊滅的だし病弱。そんなこの娘に私は憧れている。
他人はよく、私は鬼、璃子は姫と比喩する。私は守る存在、この娘は守られる存在だ。
守る存在ならまだマシだ。ひどい時はみんな私を恐いものを見る目で見る。
私はこの娘が姫のように守られるのが羨ましい。私はこの娘みたいに大人以外に守られたことがない。助けられることはあっても。
だけど私は璃子の転校を阻止するために参加した一条家祭りでハッキリ自覚してしまった。私には人を守れる力があると……。自覚しなければまだ甘えられたかもしれないがな。
異常な運動能力、反射神経、胴体視力、聴覚。だけど私は今その喧嘩の才能に感謝している。恐怖を与える鬼の次は、璃子──いや友達を守る鬼か……。
月見は策を練るのが上手い。シオンは超能力を持っている。晴恋は嘘を見破る。伊集院は天才。原山も喧嘩が強い。
みんなちょっと変わっただけの普通の少女と少年だ。
私は今自分に切れている。璃子も伊集院も、かつて助けた事のある神代も守れなかったし助けられなかった。
喧嘩の才能だけじゃ足りない。力だけじゃ友達を守れない。他の人に出し抜かれないくらい頭が良くならないといけない。超能力に対抗できる能力が必要だ。悪意に呑まれない精神力がほしい。
とりあえず私はこの状況を脱さなければならない。そのためには思考の歪んだ奴らの制圧が必要だ。
そして私には超能力に対抗できるかもしれない手段があることを思い出す。
「試してみる価値はあるな」
私は独り呟いた。
私は璃子を背負って放送室まで来た。
私は璃子を椅子に座らせ、説明書を見ながら早速放送機材をいじる。
放送機材が使えるようになると、私はマイクに口を近づけて言葉を口にする。
『え~……マイクテスト中マイクテスト中』
私は一度だけ深呼吸をした。
『え~……学校で暴れてる皆さん聞こえますか? あなた達は私の個人的な理由で制圧させてもらいます。私に用がある人は放送室まで』
これでいくらか私に気を逸らせたか?
私は悪くないが、今から件の6人には実験台になってもらう。
そして私は6人を制圧するための言葉を発する。
『○☆■○#△#△■§☆○△△』
私は意味があるのかないのかよくわからない言葉の羅列を発した。4月、璃子を助けた時に犯人の女が儀式の時に使った言葉だ。
私は嫌悪感、無力感、後悔などの悪感情に呑まれる。
自分で言葉を発しても聞いてるだけで駄目なのか!
しかも、同じ言葉なのにあの女が使ってた言葉より遥かに強力だった。悪感情が新たに生まれて膨らむ。
頭がおかしくなりそうだった。
『○☆■○#△#△■§☆○△△』
しかし私は尚言葉を続ける。繰り返す。
私の中で焦りが生まれる。あの6人の心にこの言葉はちゃんと届いているだろうか? 届いてなかったら私は──
そして私の心は黒く染まり、視界がブラックアウトした。
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「よう! お前か。さすがだな。あれを聞いても平気な顔だな。他の奴らはみんな悪感情に心を呑まれて気絶してんのにな」
「……」
「いやいや! これでも鏡華ちゃんの言葉は心に響いたぜ。後5分も続けられてたら俺も気絶してた」
「…………」
「怒ってんのか?」
「死ね」
「仕方ね~だろ。必要だったんだからな。なんだよその目は? 先輩に向かってムカつく奴だ」
「だからあなた達は嫌いなの」
「奇遇だな。俺もお前達が嫌いだ」
****
『6人昼山中学校傷害事件』
死亡者0、怪我人52人。被害者及び加害者含め合計62人の生徒が保護された。
今回事件を起こしたのは6人の生徒。その6人は特にお互いに繋がりがあるわけでもなく、それぞれ単独の犯行であり、6つの事件が偶然同じ日同じ時間に起きたことになる。
被害者の中には一条財閥の親族である一条璃子、一時一世を風靡した神童である伊集院風麿、日本でも有名な神社である北乃神社の末裔北乃奏もいたとの情報。
また、今回の事件奇妙なことに保護された生徒はすべて気絶していた。原因は不明とのこと。
あの事件から2日。これが今回の事件で世間が認知する概要だ。
今回の事件はその特異性で面白がったマスコミや評論家などの興味を集める結果となった。
「本当に大丈夫か? 璃子」
「全然大丈夫だよ。そんなに心配するほど重い怪我じゃないから」
珍しく七分のデニムと黒いシャツを着ている鏡華ちゃんが寝巻きの私を見る。
ここは病院の一室。
私はベッドに横たわり、鏡華ちゃんは椅子に座りリンゴを剥いている。
実際、私の怪我は大したことない。
伊集院君の怪我はひどかった。命の別状こそなかったが骨が何本か折れていたらしい。
私は昨日初めて会ったけど神代善人君という人もけっこうひどかった。
鏡華ちゃんもさすがに今回ばかりは数日だけではあるけど入院している。……というより保護されてから一日中目を覚ますことがなく、昨日目を覚ました。鏡華ちゃんの妹である彩七ちゃんは泣きじゃくり、海外にいた両親も慌てて帰って来ていた。
今回保護された生徒は全員入院している。私や伊集院君みたいな怪我で入院している生徒と気絶して入院している生徒だ。特に気絶して入院している生徒は半日目を覚まさなかった。気絶して入院した生徒は検査入院ということで未だ入院している。
「鏡華ちゃんはあの時何したの?」
「さあ?」
鏡華ちゃんは知らないふりをする。何をしたかはわからないが、何かをしたのは明白である。
「璃子だってあの日、あんな暑い日にわざわざ私を学校を呼び出して何か用があったのだろう?」
私は考える。
もし私が鏡華ちゃんを学校に呼び出していなかったら今頃どうなっていたんだろう?
事件は起きなかった? それとも事件は起きたのか? もし起きたとして誰が解決したのだろうか? はたまた解決しなかったのか?
今回はたまたま予知夢の内容を忘れていたけど……。私は結果的に予知夢通りに今回事件を解決した鏡華ちゃんを呼び出した。
改めて今までのことを振り返る。私は今までの予知を外していない。違う。外れていない。
「璃子?」
鏡華ちゃんの声で私は我に返り、心配そうにしている鏡華ちゃんの顔を見る。
「鏡華ちゃん……私には予知能力があるんだ」
鏡華ちゃんは驚いた様子を見せない。シオンちゃんで耐性が付いたのかな?
「予知夢なんだけどね」
ふと鏡華ちゃんは優しく微笑んだ。
「やっぱり持ってたのか……」
ある程度の予想はしていたらしい。鏡華ちゃん、勘が良いからね。
「知ってたんだ……」
「別に知らなかったよ。だけど小学生の時に私を助けてくれただろ。まるで既に何が起こるか知っているかのように」
鏡華ちゃんはリンゴを16等分にして皿に乗せた。鏡華ちゃんは一切れを手に取ると私の口に押し付けた。私はみずみずしくて蜜の乗ったリンゴをかじる。
おいしい。
私がそのリンゴを手に取ると、鏡華ちゃんも一切れを手に取って食べた。鏡華ちゃんは味わいながら咀嚼して飲み込んだ。
「さすがお金持ちの食べるリンゴ! おいしい」
おいしそうに食べる鏡華ちゃんを見てると穏やかな気持ちになる。
そうだ! 後で改めて伊集院君にお礼言わきゃね。守ってくれたしね。
次回は『魔眼・十さらに人形・邪道』




