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電脳異世械のプロトコル  作者: 千崎セナテ
第一章『紡がれる世界』【コネクト編】
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2話 アライブ異世界

「ここが異世界……」


 目を開ける。

 そこに広がっていたのは現代日本では考えられない光景……というわけでもなかった。

 ヴェーダ……交流技術開発公社の人たちがヴェーダにログインを成功してから6年が経っており、ある程度の準備はされている。

 ここは、唯一この世界で地球らしさを感じられる場所、ヴェーダ交流技術開発公社の支部なのだ。

 といっても、建築様式は和という


『——ヴェーダ・中立国家イニテラリス・第三初期地点・ヴェーダ交流技術開発公社・ヴェーダ・ネウテル支部へようこそ——』


 頭に直接響くようなアナウンス。

 それはヴェーダの中で誰かが発した声が、『V-CHASCO』、そしてハットギアを通り、脳に伝わっているといったわけではなく、『V-CHASCO』そのものから出された信号だということぐらいは私でもわかる。

 配線などのハードウェアに関する知識は全くないとはいえ、こういったフルダイブ型のVRゲームは何度も遊んだことがあるのだから、これくらいわかって当然。

 クライアント画面にしか映らないことがあることぐらいは熟知している。

 そのせいで、フルダイブ型のゲームを始めてから間もない頃は自分と他プレイヤーとの間で随分な齟齬が発生したことがあったような気もするけど、多分気のせいだね。


 そんなことはともかく、私達、地球からヴェーダに来た人たち、通称アライバーは、初ログイン時に中立国イニテラリスの各都市にある公社の支部に振り分けられる。

 割り振られる都市は九つ用意していると講習で言っていたはず。

 周りを見渡すと次々に人が現れているものの、現時点では五十人ほどに見える。

 ここと同じような箇所があと八つあると考えれば、約四百五十人のアライバーがヴェーダに訪れているのだろう。


「さてと……まずはあの人に声をかければいいのかな」


 そう呟きながら、私は列に並んだ。

 このヴェーダ内の公社支部は、現実の通貨と、こちらの世界の通貨の両替を行ってくれる。

 両替というと聞こえはいいけど、実際には課金というものに近しいのかもしれない。

 両替が必要な理由は、もちろん今の私が一文無しだからだ。

 電脳世界と言いつつも、これは異世界、初ログインしたときの初期資金なんてあるわけもなく、今持っている者は何もない……厳密には設定したアバターのみ。このアバターも、一度ログインしてしまえば、そのデータがヴェーダに保存?されるから変えることはできないとか言っていたけれど。

 そんな私でもよくわからないことはさておき、早くこの異世界を探索したいので、資金を得るとしよう。

 アカウントに結び付けた銀行口座から課金……じゃなくて両替ができる仕組みになっていて、勝手にお兄ちゃんの口座と結びつけたので結構な額を引き出せるはずだ。

 なんたってお兄ちゃんは『V-CHASCO』も余裕で変えるほどのお金持ち、何の仕事をしているのかはなぜか教えてくれないけど。

 そんなことを考えていると列もだいぶ進んできていた。

 列の先にある受付にいるのはモデレーターさん。モデレーターというと、ゲームで言う運営といった感じだけれど、このヴェーダにおいて運営というものは存在しない。そりゃそうだ。ここは異世界、誰かが作ったなどというわけではないのだから存在するわけがない。

 ここにいるモデレーターはヴェーダ交流技術開発公社の社員であり、アライバーのサポートや規約違反の取り締まり……って、ゲームのモデレーターとやっていることほぼ同じじゃん。


「はい、次の方どうぞー」


 私の順番が回ってきたようだ。

 受付カウンターに座っているのは、スーツの上から現地風のシックなジャケットを羽織った、三十代くらいの男性モデレーターさんだ。

 でも、アバターは、性別を変えることは基本的にできないとはいえ、見た目は自由に変えられるらしいので、実際の年齢は違ったり、もしかしたら男装している女性という可能性もあるのかもしれない。


「ようこそ、ヴェーダ・ネウテル支部へ。両替手続きでお間違いないですか?」

「あ、はい! お願いします!」

「では、アカウントと生体データの照合を行いますので、そちらの端末に手をかざしてください」


 言われた通り、カウンターに置かれた薄型端末に手をかざす。

 ピッと軽い電子音が鳴ると、私の視界だけに青く透き通る確認ウィンドウがポップアップした。


『——生体プロファイル照合完了:ツムギ様——』


「照合完了しました。……おや?」


 端末を操作していたモデレーターさんが、一瞬だけ不思議そうな顔で虚空、おそらく彼にしか見えない画面を二度見したような気もするけど、多分気のせいだ。


「当分の引き出し上限が、お1人様に付き10万円となっておりますが、10万円分の両替でよろしいですか?」


 引き出し上限が定められているのは、ここでの両替で出てくる資金は、全てモデレーターさんが、6年間で稼いだ分だから、と言っていたような気がする。

 両替と言っても円が急にこの世界の通貨に魔法のように代わるわけでもない(この世界には魔法があるらしいけど)、モデレーターさんが稼いだ分にも限界があるのだからそうなって当然か。


「はい! 上限いっぱいの十万円でお願いします!」


 迷うことなく即答する。

 お兄ちゃんには通知が行っていることだろう、というかアカウントと連携させた時点で行っていると思うけど、気づいていないのが悪い。


「承知いたしました。では十万円分をお渡ししますね」


モデレーターさんが手元の端末を操作すると、カウンターの奥から小さめの革袋が取り出された。


「こちらの世界の通貨単位は『ヴル』となります。公社規定の固定レートに基づき十円=一ヴルですので、合計一万ヴルとなります。ただ、ヴェーダでは紙幣が存在せず、すべて金属貨幣ですので……」

「あっ、そっか重いのか……」


 ここはほとんど現実に近い電脳世界。

 アイテムボックスといったものは存在しないため、今からこれを持ち歩く必要が……


「あれ?軽い?」


 渡された革袋を試しに持ってみるが、それは想定していた感覚とは、全く違うものだった。

 予想の100倍くらいは軽かったのだ。

 よく考えれば、革袋も10万円分の貨幣があるにしては小さい。


「はい、魔法の革袋なので」


 モデレーターさんは至って平然と、当たり前のようにそう言った。


「ま、魔法って……」


 魔法、それはこの世界で当然のように存在し、魔力とか言うよくあるご都合エネルギーを変換することで、道具なしで様々な現象を起こすという技術。

 資格を取るときにも魔法の使い方や詳しいことは学んでいないけど(現実でやってたらただの中二病案件よね)、その存在があるとや、それがこの世界での生活に深く結びついているということは学んでいる。


「はい、こちらモデレーターの一人がこの革袋を量産する技術を確立しまして、いっぱいあるんですよ」


 なんでモデレーターのくせにこの世界で産業革命的なこと起しているんだ。


「あははは……そうなんですね」

「はい、なのでその革袋は有り余っていて、無料で配布することになっているんですよ」

「えっ、あ、そうなんですか!? 無料……!」


 こんなにも便利なものが無料でもらえるなんてな……


「今まで1000ヴル以上かかるようなものだったんですが、あいつのせいで今ではもう10ヴルで買えるようになってます」

「暴落させすぎでしょそいつ……」


 思わず素でツッコんでしまった。

 価格破壊どころの騒ぎじゃない。市場価値を百分の一に叩き落とすなんて、ここの経済は大丈夫なのか?


「後ろもたまってきましたのでそろそろ……」

「あ、すみませんでした」


 つい話過ぎてしまった。

 今も続々とアライバーは増え続けているのだから、受付で長話をし過ぎては迷惑だったね。

 小さな革袋をポケットに詰め込んだ私は、受付から逃げるようにして離れる。


「15時には間に合うようにね!!」


 ん?何か聞こえたような……いや、気のせいか。


 支部の内部は、異世界あるあるの中世ヨーロッパというような様式ではなく、現代日本の都会にあるような建物の雰囲気にしか見えない、さすがに機械類はないようだけど、この支部内には、たくさんのウィンドウがある。

 それは、『V-CHASCO』を通して、アライバーにしか見ることができないものであり、ヴェーダに元から住む人間には見ることができないものだ。

 さっき手をかざした薄型端末もこれに当たる。

 一応、設定から表示のオンオフは切り替えが可能となっているらしいので、異世界感を失いたくないならオフにしてもいいのかもしれない。


「……まあ、私はオフにしないけどね」


 どうせ、こういった画面は支部にしかないのだから、わざわざオフにする必要もないだろう。

 視界の端にチラチラと表示されている青い画面をそのままに、私は支部の出口へと向かって歩みを進めた。

 当然だが、全自動ドアなんてものはなく、大きな扉が開かれているのが見える。

 他のアライバーもその扉へと向かっている。

 巨大な木造の扉を潜り抜けた瞬間——


「うわ……っ、すご……!」


 建物内と屋外での温度差による熱、気圧差による微小な風。眩しい太陽の光。

 そして、現代日本では感じることのできない新鮮な空気。

 現実のようにしか思えない、というかこれは現実という認識で正しいのだろうけど。

 入り方こそゲームのようだが、これはれっきとした異世界なのだ。

 でもさすがに、それをちゃんと実感できるのはまだ先のことになりそうである。

 そして、外の景色にも目を傾ける。

 異世界によくある中世ヨーロッパの街並み。

 敷き詰められた石レンガの道。

 木枠と漆喰でできた建物が整然と並ぶ通り、そしてそこを行き交う多様な人々。

 やっぱり視覚情報だけで見ると見慣れている。

 資格取得の際にヴェーダの写真を見たが、それだけじゃない、他のVRゲームでもほとんどが中世ヨーロッパ風の異世界が舞台だったのだから、ただ、違う部分と言えば、ここにいる人たちが全てNPCなんてものではなく、本当の命を持っているということか。


「さてと……まずは何から始めようかな」


 金はある。

 日本円にして10万円分相当の1万ヴル。

 だが、当分はこれ以上両替して金を得ることはできなさそうだ。

 ならば、これが尽きる前にどこかで働くところを見つけたいところだ。

 まあそれはすでに決めてある。

 とりあえず今は、異世界観光としゃれこむことにしようかな。

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