1話 Veda
今から約20年前、別の次元、いわゆる異世界が初めて観測された。
日本のとある研究所で、どこからか届く謎の電波を受信、解析の結果、それがこの宇宙、この世界のものではなく、別の次元から届いていることが判明された。
その、謎の電波の発生地は仮に『ヴェーダ』と呼ばれるようになり、ニュースで大々的に報じられたそれは、全世界に激震を巻き起こした。
それから数年、その異世界の様々なことが明らかになる。
その世界には、魔法があるということ、その世界には魔物と思われる生物がいること。
そして何より、その世界は、いわゆる仮想世界や仮想現実あるいは、電脳世界とも呼ばれるような、デジタルにより構成された世界ということだ。
こちらの世界と違い、電子で構成されているのならば、VR技術により『ヴェーダ』に入ることができるのではないか、と。そう思われるようになった。
そして、約6年前、『ヴェーダ』へのログインが初成功。
様々な実証を得て、今になってついに、それが一般人にも公開されることになったのだ。
◇ ◇ ◇
「何これ、でかすぎない……?」
私、井境紬奇の前には、ゲーム部屋を埋め尽くす、大きな機械が鎮座していた。
目の前に鎮座しているその機械は、個人向けVeda処理用スーパーコンピュータ——通称『V-CHASCO』の巨大な箱。
それは、この部屋の床面積の半分以上を占めており、以前まではこんなものはなかったはずなのだ。
「そりゃそうだろ、ヴェーダはほぼ現実、というかもう現実と言っちゃってもいいな。そんな電脳世界に入るんだからこれくらいのコンピューターは必要だ」
機械に対し、何らかの作業を行っている兄、井境渡真はそう口からこぼす。
原子精度で構築された異世界、分子運動や物理法則は全てその世界が行っていると言えども、それを読み取るともなれば、相当な処理能力が必要となる。
スマホやVRゴーグルみたいな手軽な機器で済むはずもなく、最新の大型ゲーミングPCすら子どもに見えるレベルの黒い怪物だった。
とはいっても、これだけ小さく収まるのは、技術が進歩したあかしともいえる。
数十年前の技術では、体育館1つが埋まるほどのコンピューターが必要となったであろう。
「理屈はわかってるんだけどさ……フィットネス系のゲームもうできないじゃん」
確かに部屋の面積が少なくなった今のゲーム部屋では、大きく身体を動かすようなゲームはできないようにも思える。
「お前、数か月前にそれ飽きてただろ」
「いつかまたするかもしれないじゃん!」
「するわけないだろ。三日坊主の歴史を棚に上げるな」
渡真は呆れつつも、作業を進める。
これだけ大きな機械なのだから、当然部屋に入れるときは分解された状態となる。
渡真は分解されたそれらの配線などを繋げる作業を行っているのだ。
「ねえ、まだ?一般公開まであともうちょっとしかないよ」
「本来ならヴェーダの資格を持っているお前がやるべきことだろ、なんで俺がやらないとだめなんだよ」
ヴェーダは、電脳世界ではある者の、そこに生ける生物は全て本物の命を持っている。
それゆえ、一般公開とは言いつつも、専用の資格がないと入ることは許されていない。
紬奇は、猛勉強の末、その資格を得ることに成功したのだ。
とはいっても、その試験ではこの機械、『V-CHASCO』のことを学ぶわけではない、学ぶのはあくまでヴェーダ内での規則や文化などであり、そのために全ての作業を兄に押し付けているというわけである。
「私はやる専の文系だから、機械関連わからなーい」
「『わからなーい』じゃねぇよ。これくらい説明書読んだら誰でもできるだろ」
「え?もしかして資格を持ってる私に対する妬み?」
「……誰がこれに金を払ったと思ってるんだ。今すぐにでもフリマで売りさばいてやってもいいんだぞ」
実際、『V-CHASCO』の価格は一般公開とは言いつつ、相当な値段となっている。その額は余裕で100万円を超えており、その金は全て兄である渡真が出したものだ。
「キャー、お兄ちゃんの転売ヤー」
「……フリマで『V-CHASCO』を買うやつなんているわけないだろうが」
「だよねー! 資格もない人が買ってもただの超高額な巨大な置物だもんね!」
「一応普通のパソコンとつなげて使うことも可能だがな」
「へー、そうなんだー」
「興味なさそうだな」
「私はヴェーダに入ることにしか興味ないからね」
「興味があるのならこの作業も自分でやってほしいとこなんだが……っと、これで最後か」
渡真は最後に段ボールに梱包されたヘッドホンのような形の機械、『ハットギア』を取り出し、それと『V-CHASCO』との配線を繋げる。
「よし、接続完了。電源インジケーター緑点灯。生体同期の初期設定に入るぞ」
「やったー! 渡真お兄様、最高! 愛してる!」
「さっきと言ってることが……ってまあいいや、早くそれ被ってベッドで横たわれ。アカウントの登録はすでに済ませてるんだったよな?」
「うん、ヴェーダなんとか会社でやったよ」
「ヴェーダ交流技術開発公社な」
ヴェーダ交流技術開発公社、『V-CHASCO』含め、ヴェーダにかかわる様々な技術に携わる会社だ。
「それそれ! 公社本部で生体データと資格情報?あとアバターもバッチリ連携済み!」
「……それ、迷惑かけてないか?」
「大丈夫大丈夫、他の人より二倍時間がかかったって言われたぐらいのものよ」
「ダメじゃねぇか」
渡真はハァと重い溜め息をつき、ベッドに横たわる私の頭へ慎重にハットギアを被せた。
見た目こそ洗練されたヘッドホン風だが、ずっしりとした重みがあり、内側には微細な脳波センサーが敷き詰められている。
カチリ、と頭部に心地よい圧迫感が伝わる。
「あと5分だな、じゃあ俺はもう行くから、あとは頑張れよ」
「うん」
「ヴェーダにいる人もちゃんとした命を持っているんだからな、規則ちゃんと守れよ」
「わかってるって!」
「そうか、余計な心配だったな」
渡真はひらひらと手を振りながら部屋を出て行き、パタンとドアが閉まった。
静まり返ったゲーム部屋。
ベッドに横たわった私の視界には、ハットギアの網膜投射によって青く透き通るシステムホログラムが浮かび上がっている。
『——生体プロファイル照合完了。アカウント接続——』
『ハットギア』は脳波を読み取り、それのデータから公社で連携させたアカウントへと接続する。
『——一般アクセスサーバー解放まで、あと3分——』
視界の中央で、ホログラムのカウントダウンタイマーが刻一刻と数字を減らしていく。
静寂に包まれた部屋の中、背後に鎮座する巨大なV-CHASCOから、排熱ファンの低く心地よい駆動音が響いていた。
100万円以上する最新鋭のスーパーコンピュータ。
口を開けば呆れと皮肉ばかりだったけれど、高額なマシンを迷いなく用意し、文系の私でも迷わないよう完璧に配線と初期セッティングを済ませてくれた兄。
「……ありがとね、お兄ちゃん」
部屋の外には届かないくらいの小さな声で呟き、私はそっと両目を閉じた。
『——カウントダウン:10、9、8……——』
本物の異世界、それについに足を踏み入れることになる。
胸の鼓動が早くなる。
ハットギアの内側がじんわりと温かくなり、五感が現実の肉体からゆっくりと解き放たれていくような、不思議な浮遊感が全身を包み込んでいく。
『——3、2、1、——Welcome to Veda. プロトコル・ログインを開始します——』
視界が一面、眩い光に覆われた。
◇ ◇ ◇
6年前。
「やっぱり、これ無理じゃないか?」
俺、井境渡真は頭を抱えていた。
妹である紬奇には内緒にしているが、俺はヴェーダ交流技術開発公社に務めている。
何年か前に初めて観測されたという異世界『ヴェーダ』、それにログインするための技術の開発という無茶ぶりを俺は任されることになった。
実際、ある程度の情報通信の手段は確立している。
言語の解析もある程度終えており、ヴェーダに住む人との会話はできるようになっていた。
とはいっても、ヴェーダに入るというのはそれとは違う難しさがあった。
ヴェーダという名の世界をサーバーと見立てた時、そのサーバーに入るこちらはクライアントとなる。
だが、『ヴェーダ』という巨大なサーバーは、本来外部から人間が進入することなど一切想定されていないプログラムで構築されていると思われていた。
そもそもそのサーバーは厳重なセキュリティにより改変どころか覗くことすら、そもそも異世界を構成するようなものなのだからプログラム言語も違うであろうとも思われており、あくまでそれらは予測に過ぎない。
とはいえ、それでも少なくとも数百年はかかるのではないか?あるいは、入るなんてそもそも不可能なのではないか?そう思われていた。
だが。
「……なんだ、これ」
ヴェーダは突如、変化した。
まるでそこに入れと言っているかのように。
それからはあっさりとことは進み、年内中にヴェーダへの初ログインに成功。
誰かの思惑に乗っているのかと思えるほど、それは順調だった。
向こうから鍵を開けてきた。
だからこそ、俺たち公社の人間はずっと不気味さを拭えないでいる。
なぜ外部からの改変など不可能なはずのプログラムが急に変質を起こしたのか。
なぜ、このタイミングで人間を受け入れ始めたのか。
その真の理由は、一般公開を迎えた今になっても誰一人として解明できていない。
そして現在。
紬奇の部屋のドアを静かに閉めた後、俺は車に乗り、公社へと向かっていた。
都会に佇む巨大なビルに入る。
ヴェーダ交流技術開発公社本部。
渡真の担当はヴェーダ内での監視となっている。
ログインには資格が必要と言えども、それを学んだからと言って、必ずしも守るという保障にはならない。
渡真は自身の『V-CHASCO』が置かれた部屋に入る。
『V-CHASCO』を開発した企業と言えども、ヴェーダを開発したわけではない、運営権限も持たないため、渡真はヴェーダ内では一般的なログイン者と同じ扱いとなるのは当然のことだ。
だが、渡真のアバターは6年前からヴェーダに入っており、ヴェーダ内でもある程度の実力を身に着けていた。
それに、サーバーへの干渉はできることが限られているが、クライアント側ならある程度いじることができる。
そのため、一般的なログイン者はヴェーダ内からでも公社の担当者への連絡が、こちらの世界のネット経由で行うことが可能となっているのだ。
「結局は現地で足動かしてトラブル解決しろってことだけどな」
2年前、妹である紬奇が急にヴェーダに入りたいと言った時は驚いたものだ。
企業秘密も多くあるため、自身が公社で働いているということは隠してはいるものの、自身が携わったことに興味を持ちだしたのは確かな喜びがあった。
(……頼むから、初日から変なトラブルを起こしたり巻き込まれたりしないでくれよ)
妹の無事を祈りつつ、渡真は専用のシートに深く身体を沈め、自分用のハットギアを頭に装着した。
カチリと心地よい金属音が響き、脳波センサーが起動する。
「さて、公社としての仕事、始めますか」
『——Welcome to Veda. ログインを開始します——』
ここまで読んでいただいた方。ありがとうございます。こちらの物語ですが、異世界。ただし入り方は転生でも、転移でもなくまるでVRMMO物。というのをテーマに作っております。まあ、個人的にもめちゃくちゃいい発想なんじゃないかなと思っております。ちなみに、実は地球のとある秘密組織が作っためちゃくちゃリアルなサーバーでした!なんてことはないですよ。そんなん夢落ちよりもつまらないですからね。
そんなことはともかく、この物語では二話以降からついに異世界『ヴェーダ』での物語が始まります。本物の命とはなんなのか。ヴェーダとはなんなのか。紬奇とはなんなのか。渡真とはなんなのか。20年前、6年前に何が起きたのか。
実のところ、すでに完結までの道筋はだいたい出来上がっております。なので第一章には伏線を大量に忍ばせてやろうかと思っています。
ここまで色々書きましたがとりあえず言いたいことは、ここまで読んだのなら最後まで絶対に読んでくださいお願いします。ということです。ありがとうございました。
少しでも、ほんの一瞬でも面白いと思ったなら↓の★★★★★やブックマークをしてくださると大変励みになりますのでよろしくお願いいたします。




