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初めて迎える、はじまり

「……水瀬さんと、一緒に年を越したくて」


……。


…………。


佐伯さん。


そんなことを。


そんなことを、突然言われたら……!


「……い、水瀬さん?」


「ひゃいっ!?」


「……大丈夫ですか?」


「だ、だだ、大丈夫です!」


……。


…………。


全然、大丈夫ではありません!


だって!


今年は、もうお会いできないと思っていたんですよ!?


それなのに。


年が明ける前に、もう一度会えるなんて。


……。


…………。


嬉しい。


……ものすごく、嬉しいです。


「……あの、佐伯さん」


「はい」


「来てくださって、ありがとうございます」


「……いえ」


佐伯さんが、少し照れくさそうに笑った。


「俺も、会いたかったので」


……。


…………。


……っ!


本日、二度目!


佐伯さん!


どうして、そんなに真っ直ぐなんですか!?


◇


「……いろは?」


「ひゃいっ!?」


背後から、お母さんの声がした。


振り返ると、授与所の奥からお母さんが顔を覗かせていた。


「あら、佐伯さん」


「こんばんは。お忙しいところ、すみません」


佐伯さんが、丁寧に頭を下げた。


「いえいえ。来てくださったのね」


「はい。年越しの参拝も兼ねて……」


「ふふっ。そう」


……。


お母さん。


今の「そう」は、何ですか?


なぜ、そんなに嬉しそうなんですか?


「いろは」


「は、はい」


「ちょうどいいから、少し休憩してきなさい」


「……え?」


私は、思わず聞き返した。


「で、でも! これからもっと忙しくなりますし……!」


「今はまだ大丈夫よ。お父さんもいるし、私もいるから」


「……ですが」


「それに」


お母さんは、佐伯さんの方を見た。


「せっかく来てくださったんだから、少しくらい一緒にいてあげなさい」


……。


…………。


「……お母さん!」


「ふふっ。何かしら?」


……。


…………。


絶対、分かって言ってますよね!?


「……あの」


佐伯さんが、申し訳なさそうに口を開いた。


「お仕事の邪魔になるようでしたら、俺は参拝だけして帰りますので……」


「いいのよ、佐伯さん」


お母さんは、優しく笑った。


「いろはも、朝から頑張ってくれているから」


……。


私は、お母さんを見つめた。


そして。


小さく頭を下げた。


「……ありがとうございます」


◇


授与所を離れ、佐伯さんと並んで境内を歩く。


参道には、新しい年を待つ人たちの列。


吐く息は白く、冷たい風が頬を撫でていく。


「……寒いですね」


「そうですね」


佐伯さんが、空を見上げた。


「でも、来てよかったです」


「……ふふっ」


……。


私も、です。


私も。


佐伯さんが来てくださって、本当によかった。


「……あの、水瀬さん」


「はい?」


「休憩、大丈夫でしたか?」


「はい。お母さんが、少し休んでおいでって」


「……よかった」


佐伯さんが、ほっとしたように笑う。


……。


本当に。


この人は。


自分のことより、私のことばかり気にしてくださるんですね。


私は、そっと佐伯さんの横顔を見つめた。


……。


…………。


……好きです。


……。


…………。


……っ!


い、いけません!


今、声に出していませんよね!?


出していませんよね!?


「……水瀬さん?」


「ひゃいっ!?」


「……どうしました?」


「な、なんでもありません!」


……危ない。


年越し直前に、とんでもないことを口走るところでした。


◇


「……そういえば」


佐伯さんが、ふと思い出したように言った。


「水瀬さんは、毎年こうして年を越しているんですか?」


「はい。小さい頃から、ずっと」


「……そうなんですね」


「お正月は、神社が一番忙しい時期ですから」


私は、境内を見渡した。


「家族でのんびり年越し、というわけにはいかないんです」


「……大変ですね」


「ふふっ。もう慣れました」


……。


でも。


今年は、少し違います。


いつもと同じ神社。


いつもと同じ大晦日。


なのに。


隣には、佐伯さんがいる。


……。


それだけで。


こんなにも、特別な夜になるなんて。


「……佐伯さん」


「はい?」


「……今年は、初めてです」


「……え?」


「こうして、誰かと一緒に年を越すのが」


……。


…………。


あ。


……誰か、って。


ちょっと違いますね。


私は、慌てて言い直した。


「……その、好きな人と……です」


「……っ!」


佐伯さんが、足を止めた。


……。


…………。


……あ。


……言ってしまいました。


……。


…………。


「ひゃああっ!?」


「み、水瀬さん!?」


……。


今年最後の最後で!


何を言っているんですか、私はぁぁぁ!!


◇


やがて。


境内の空気が、少しずつ変わり始めた。


新しい年まで、あと数分。


参拝者たちの話し声が、どこか弾んでいる。


私は、腕時計を見た。


午後十一時五十八分。


……。


もうすぐ。


新しい年が始まります。


「……水瀬さん」


「はい」


「今年は、本当にありがとうございました」


……。


私は、佐伯さんを見つめた。


「……こちらこそ、です」


六月。


あの日、佐伯さんが水瀬神社に来てくださって。


就職祈願をして。


私たちは、出会った。


それから、何度も顔を合わせて。


少しずつ、お話しするようになって。


一緒に出かけて。


そして。


……恋人になった。


……。


…………。


本当に。


不思議な一年でした。


「……佐伯さん」


「はい?」


「来年も……よろしくお願いします」


「……はい」


佐伯さんが、優しく笑った。


「こちらこそ、よろしくお願いします」


……。


…………。


そのとき。


遠くから、鐘の音が聞こえてきた。


……ごぉん。


近くのお寺から響いてくる、除夜の鐘。


静かな夜空に、低い音が広がっていく。


私は、もう一度時計を見た。


午後十一時五十九分。


……。


…………。


あと少し。


「……水瀬さん」


「……はい」


佐伯さんが、そっと右手を差し出した。


……。


…………。


私は、その手を見つめた。


クリスマスの日。


初めて繋いだ手。


あの温もりが、まだ忘れられない。


……。


私は、そっと手を重ねた。


……ぎゅっ。


佐伯さんが、優しく握り返してくれる。


……。


…………。


温かい。


「……もうすぐですね」


「……はい」


二人で、時計を見つめる。


そして。


午前零時。


新しい年が、始まった。


「……あけましておめでとうございます、水瀬さん」


「……あけましておめでとうございます、佐伯さん」


……。


…………。


私は、笑った。


佐伯さんも、笑っていた。


いつもと同じ境内。


いつもと同じ新年。


でも。


今年は、違う。


……大好きな人と、一緒に迎えた新しい年。


◇


「……そろそろ、戻らないとですね」


佐伯さんが、授与所の方を見た。


「……はい」


私は、名残惜しく思いながらも頷いた。


……。


…………。


手を。


離さないと。


……。


…………。


……もう少しだけ。


そう思ってしまうのは、わがままでしょうか。


すると。


佐伯さんが、少しだけ強く手を握った。


「……また、会いに来ます」


「……はい」


「今年も、よろしくお願いします」


「……こちらこそ」


私は、ゆっくりと手を離した。


……。


…………。


温もりが、少しだけ残っている。


「……水瀬さん」


「はい?」


「……良い一年にしましょうね」


……。


私は、思わず笑ってしまった。


「……ふふっ」


「……?」


「……はい!」


そして。


佐伯さんに、もう一度頭を下げた。


「今年も、よろしくお願いいたします!」


◇


授与所へ戻ると、お母さんが待っていた。


「……おかえり、いろは」


「……ただいま戻りました」


「ふふっ。良い年越しになった?」


「……っ!」


……。


…………。


お母さん!


新年早々!


そんなことを聞かないでください!


「……はい」


私は、小さく頷いた。


すると、お母さんは嬉しそうに笑った。


「……よかったわね」


……。


…………。


「……はい」


私は、もう一度頷いた。


そして。


授与所の前へ向き直る。


新しい年。


新しい一日。


そして。


……新しい、私たちの時間。


「……いらっしゃいませ!」


私は、笑顔で参拝者を迎えた。


◇


恋愛経験ゼロ。

妄想の中では恋愛無双。

いつもと変わらない、この場所。

でも、今年は……。

隣に、居てくれた大好きな人。

新しい年の始まりに。

私たちは、また一つ。

同じ時間を、重ねた。

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