二つの居場所
一月一日。
仙台駅は、帰省客や旅行客で賑わっていた。
佐伯湊は、荷物を持ち直しながら時計を見た。
これから向かうのは、実家のある岩手県大船渡市。
昨夜は、水瀬さんと一緒に新しい年を迎えた。
ほんの少しの時間だったけれど。
隣に並んで、同じ瞬間を迎えられたことが嬉しかった。
……。
繋いだ手の温もりが、まだ残っている気がする。
湊はスマートフォンを取り出した。
『これから予定どおり、大船渡に帰ります』
しばらくして、返事が届く。
『お気をつけて帰ってくださいね。ご家族の皆さんにも、よろしくお伝えください』
『ありがとうございます。戻ってきたら、また会いに行きます』
……。
帰省の話をしたとき、水瀬さんは少し寂しそうに笑っていた。
それを思い出すと、仙台を離れるのが少し惜しくなる。
でも、帰ってくる場所も、ちゃんとある。
湊はスマートフォンをしまい、歩き出した。
◇
夕方。
大船渡。
湊は、実家へ向かう道を歩いていた。
見慣れた建物。
冬の空。
遠くに見える海。
やがて、両親が営む小さな民宿が見えてきた。
「……ただいま」
玄関を開けた、その瞬間。
「「湊おじちゃーん!!」」
「……うわっ!?」
奥から飛び出してきた二人の女の子が、勢いよく抱きついてきた。
「おかえりー!」
「おじちゃん、あけましておめでとー!」
「ははっ。ただいま。あけましておめでとう」
双子の姪っ子たちだ。
「ねえねえ! お年玉は!?」
「おとしだまー!」
「……帰って早々、それ?」
「「うんっ!!」」
息ぴったりの返事に、湊は思わず笑ってしまった。
「ちゃんと用意してるよ。でも、まずは荷物置かせてくれない?」
「えー!」
「はやくー!」
「……はいはい」
すると、奥から母親の声がした。
「こらー! 二人とも! 湊おじちゃん困ってるでしょ!」
「「はーい!」」
まったく反省していない声だった。
「……相変わらず元気だな」
湊は苦笑いしながら、二人の頭を軽く撫でた。
◇
正月とはいえ、民宿は休みではない。
湊は荷物を置くと、父親に頼まれて食堂の準備を手伝った。
食器を並べる。
湯呑みを用意する。
宿泊客の人数を確認する。
昔から何度も手伝ってきた仕事だ。
「湊、そっちの皿、もう少し持ってきてくれ」
「はいよ」
「おう、助かる」
父親が、忙しそうに厨房へ戻っていく。
……。
相変わらずだな。
湊は、少し笑った。
大学へ進学する前は、こうして手伝うのが当たり前だった。
忙しい日は、正直面倒だと思うこともあった。
友達と遊びに行きたい日だってあった。
でも。
今になってみると。
毎日、こうして働いてきた両親は、すごいと思う。
……。
春から、自分も働く。
朝起きて。
仕事へ行って。
一日を終えて、帰ってくる。
それを、毎日続けていく。
……。
当たり前のことだけど。
自分に、ちゃんとできるだろうか。
「……湊?」
「……あ、何?」
「ぼーっとしてないで、それ運んでちょうだい」
母親が、笑いながら声をかけてきた。
「……はいはい」
湊は、食器を抱え直した。
◇
「……あれ?」
「湊おじちゃんのケータイだ!」
食堂のテーブルに置かれたスマートフォン。
双子の姪っ子たちが、画面を覗き込む。
「……だれ?」
「知らなーい」
「おばあちゃんに聞こ!」
「うん!」
「おばあちゃーん!」
「なあに?」
「これ、だれー?」
双子が差し出したスマートフォン。
「あら、湊のじゃない。勝手に持ってきちゃ駄目よ」
「だって、知らない人いる!」
「だれー?」
母親は、画面を覗き込んだ。
「……あら?」
そこには、湊と見知らぬ女の子が並んで写っていた。
「湊ー!」
「なにー?」
「この写真の女の子、誰?」
「……写真?」
食器を運んできた湊が、顔を上げる。
「ほら、この子」
「……っ!?」
ガシャーン!!
「「きゃあっ!?」」
「ちょっと湊!?」
「ご、ごめん! 二人とも動かないで!」
湊は慌てて双子を下がらせた。
「何だ、何の音だ?」
騒ぎを聞きつけ、兄が顔を出す。
「どうしたの?」
その後ろから義姉もやってきた。
「湊が急にお皿落としちゃって」
「……悪い、手が滑った」
「それで、湊。この子は?」
母親が、再びスマートフォンを見せた。
「……えっと」
「大学のお友達?」
「……いや」
「じゃあ、誰なの?」
「…………」
「おい、何だよ。女の子か?」
兄が横から画面を覗き込む。
「……兄貴!」
「おっ、可愛いじゃん!」
「ちょっと、勝手に見るなって!」
「何だよ、その慌てよう」
兄が、にやりと笑った。
「……もしかして、彼女?」
「……っ!」
湊は、言葉に詰まった。
「…………」
「……湊?」
母親まで、じっと見つめてくる。
「……そう、だけど」
……。
…………。
「「「えええっ!?」」」
「「えーっ!?」」
家族の声が重なった。
「お前、彼女できたのかよ!」
「いつから!?」
「どこで知り合ったの!?」
「ちょ、ちょっと! 一人ずつ聞いてくれって!」
そこへ、父親が顔を出した。
「おい、今度は何の騒ぎだ?」
「あなた! 湊に彼女ができたんですって!」
「……何ぃ!? 結婚!?」
「……先走んなよ!!!」
「なんだ、違うのか?」
「違うよ!! まだ付き合ってるだけだって!」
「なんだぁ。孫が増えるかと思ったぞ!」
「話が飛びすぎだろ!!」
「「赤ちゃん!?」」
「二人とも、そこは反応しなくていいから!!」
兄が腹を抱えて笑い始めた。
「はははっ! お前、帰ってきて早々大変だな!」
「……誰のせいだよ!」
……。
…………。
正月早々。
湊は、家族全員に振り回されていた。
◇
夜。
宿泊客の夕食が一段落し、湊は家族と食卓を囲んでいた。
「それで、湊」
母親が、待ちきれないといった様子で口を開いた。
「さっきの女の子、どんな子なの?」
「……また、その話?」
「当たり前でしょ!」
兄が、横から笑いながら口を挟んだ。
「お前、いつから付き合ってんだよ?」
「……去年の秋頃から」
「へえ! 結構経ってるじゃん!」
「……まあ」
「写真、すごく仲良さそうだったね」
義姉が、優しく笑った。
「……うん」
「どこで知り合ったの?」
「……仙台の神社」
「神社?」
「うん。巫女さんをしてるんだ」
「「みこさん!?」」
双子が、勢いよく顔を上げた。
「おみくじの人!?」
「赤いはかまの人!?」
「……まあ、そうだね」
「「すごーい!!」」
湊は、苦笑いした。
「それで、どうやって知り合ったんだ?」
父親が尋ねた。
「……就職祈願に行ったときに」
……。
…………。
「はははっ!」
父親が、豪快に笑った。
「就職祈願で彼女まで見つけてきたのか!」
「……父さん!」
「そりゃあ、ずいぶん御利益のある神社だな!」
兄まで笑い始めた。
「お前、就職先も彼女も神頼みかよ!」
「……違うって!」
「はははっ!」
湊は、顔を赤くした。
でも。
不思議と、嫌な気持ちはしなかった。
あの日。
何もかもうまくいかなくて。
ただ、神様にお願いするしかなかった自分。
そんな自分が。
今は、こうして笑っている。
……。
本当に。
あの神社に行って、よかった。
◇
その夜。
湊は、久しぶりに自分の部屋へ戻った。
机も、本棚も。
大学へ進学する前と、ほとんど変わっていない。
「……ふぅ」
ベッドに腰を下ろす。
……。
今年は、ずいぶん違う気持ちで帰ってきた。
就職先が決まった。
春から働く場所がある。
そして。
……水瀬さんがいる。
湊は、スマートフォンを取り出した。
画面には、二人で撮った写真。
「……まさか、これでバレるとはな」
思わず、苦笑いした。
……。
でも。
待ち受けを変えるつもりはなかった。
思えば。
あの神社に行ったのも、就職先が決まらず、どうしようもなくなっていたからだった。
神頼みなんて。
本当は、気休めのつもりだった。
それなのに。
あそこで出会った人が、今では自分の恋人になっている。
「……人生、分かんないな」
湊は、小さく笑った。
……。
水瀬さんと出会わなかったら。
自分は、どうなっていただろう。
……いや。
そんなことを考えても、仕方がないか。
大切なのは。
出会ってから、自分がどうしたかだ。
何度も神社へ足を運んだ。
勇気を出して、誘った。
自分の気持ちを伝えた。
……。
少しずつだけど。
自分で、決められるようになった。
「……春から、社会人か」
まだ、不安はある。
きっと、失敗もする。
でも。
今度は、誰かに選んでもらうのを待つだけじゃない。
自分で選んだ道を。
自分の足で、歩いていく。
……。
そのとき。
スマートフォンが震えた。
『ご実家には無事に着きましたか?』
水瀬さんからだった。
湊は、思わず笑った。
『はい。久しぶりに家族とゆっくりしています』
少し考えてから、もう一通。
『帰ったら、また会いましょう』
……。
すぐに返事が届いた。
『はい! 楽しみにしています!』
「……ふっ」
湊は、スマートフォンを枕元に置いた。
……。
帰る場所がある。
そして。
仙台には、会いたい人がいる。
今年は、きっと。
去年とは違う一年になる。




