重なる、光
「……これで、いいでしょうか」
鏡の前で、くるりと回る。
淡い色のニット。膝丈のスカート。お気に入りのコート。
そして、少しだけ時間をかけて整えた髪。
……おかしく、ありませんよね?
今日は、十二月二十五日。
佐伯さんと恋人になって、初めてのクリスマスデートです。
……デート。
口に出さなくても、頬が緩んでしまう。
「……ふふっ。いろは、楽しそうね」
「……ひゃいっ!?」
振り向くと、部屋の入口にお母さんが立っていた。
「そんなに迷っていたら、佐伯さんをお待たせしてしまうわよ?」
「な、なんで佐伯さんなんですか!?」
「違うの?」
「……違いませんけど」
お母さんは、私の姿を眺めて微笑んだ。
「私は、今着ている方が好きよ。いろはによく似合っているもの」
「……本当ですか?」
「ええ。自信を持って、行ってらっしゃい」
……。
「……行ってきます!」
◇
待ち合わせは、仙台駅のステンドグラス前。
十五分も早く着いたはずなのに、佐伯さんはもうそこにいた。
「……佐伯さん!」
「水瀬さん。おはようございます」
目が合うと、佐伯さんは少し照れくさそうに笑った。
「今日の服、すごく似合ってますね。いつもと雰囲気が違って、素敵です」
「……っ。あ、ありがとうございます!」
……お母さん。
その助言、正解だったみたいです。
「佐伯さんも、とても素敵です」
「……ありがとうございます」
二人で笑って、歩き始めた。
◇
お昼は、佐伯さんが選んでくれた洋食屋さん。
木の扉には、小さなクリスマスリースが飾られていた。
「水瀬さん、こういうお店が好きかなと思って」
「……嬉しいです」
席に着き、メニューを開く。
私は、オムライス。
佐伯さんは、ハンバーグ。
注文を終えたところで、思わず顔を見合わせた。
「……あの時も、ハンバーグでしたね」
「水瀬さんも、あの時と同じですね」
以前、二人で洋食を食べた日のこと。
あの頃は、まだ恋人ではなかった。
「……なんだか、懐かしいですね」
「そうですね」
佐伯さんが笑う。
「でも今日は、ちょっと違う気がします」
……。
「……はい。私もです」
運ばれてきたオムライスは、ふんわりとして、とても美味しかった。
佐伯さんのハンバーグも、見るからに美味しそう。
以前のように料理の感想を言い合いながら、私たちはゆっくり昼食を楽しんだ。
◇
食後は、一番町のアーケードへ。
街はクリスマスの飾りでいっぱいだった。
雑貨屋さんを覗くと、棚にはお揃いのマグカップが並んでいる。
……お揃い。
二人で同じカップを使って、朝ごはんを食べて。
「おはようございます、佐伯さん」
「おはよう、水瀬さん」
……って!
い、いきなり一緒に暮らしているではありませんか!
「このカップ、可愛いですね」
「ひゃいっ!?」
佐伯さんが、まさにそのマグカップを見ていた。
……ま、まさか。
妄想が、伝わったのでしょうか。
「……水瀬さん?」
「な、なんでもありません!」
慌てて別の棚に目を向ける。
……危ないところでした。
アーケードを歩く恋人たちの中には、手を繋いでいる人もいる。
私は、そっと佐伯さんの手を見た。
……。
まだ、私たちは手を繋いだことがない。
そう思った途端、胸が落ち着かなくなった。
「……歩くの、速かったですか?」
「い、いえ!」
佐伯さんは私に合わせて、少しだけ歩幅を緩めてくれた。
……優しい人です。
◇
少し歩き疲れて、私たちはカフェに入った。
窓の外には、行き交う人たち。
温かい飲み物を前にして、私は鞄の中をそっと確かめる。
……あります。
今日のために選んだ、プレゼント。
でも、いつ渡せば……。
「あの、水瀬さん」
「は、はい!」
「実は、渡したいものがあって」
「……えっ。私も、です!」
顔を見合わせ、二人で笑った。
佐伯さんが差し出したのは、小さな箱だった。
「メリークリスマス、水瀬さん」
「……ありがとうございます」
そっと蓋を開ける。
中には、華奢な銀色のチェーンと、小さな石が一粒輝くネックレス。
「……綺麗」
「水瀬さん、こういうの似合うかなと思って」
……。
嬉しい。
胸がいっぱいで、言葉が出てこない。
「……今、着けてみてもいいですか?」
「もちろんです」
けれど、留め具が小さくて、なかなか上手く留められない。
「よかったら、手伝いましょうか?」
「……お、お願いします」
佐伯さんが私の後ろに回る。
……ち、近いです。
首元で小さく金具の音がした。
「……できました」
私は、胸元のネックレスに触れる。
「……やっぱり、似合ってます」
「……っ。ありがとうございます!」
続いて、私も包みを差し出した。
「メリークリスマス、佐伯さん」
中身は、ダークブラウンの革の二つ折り財布。
「佐伯さん、いつもお財布を持ち歩いていらっしゃるので……」
「……ははっ。まあ、財布ですからね」
……あ。
そうでした。
なんて説明をしているんでしょう、私は。
でも、佐伯さんは嬉しそうに財布を手に取った。
「この色、すごく好きです。ずっと、大事にします」
「……これから先も、長く使っていただけたら嬉しいです」
「はい。ありがとうございます」
二人で笑う。
プレゼントを渡すだけなのに、こんなにも緊張するなんて。
……でも、幸せです。
「……水瀬さん」
「はい?」
「今日、最後にもう一か所、一緒に行きたい場所があるんです」
「……どちらですか?」
佐伯さんが、窓の外を見た。
冬の空は、少しずつ夕暮れの色に変わり始めている。
「定禅寺通りです」
「……光のページェント、ですか?」
「はい」
佐伯さんが、少し照れくさそうに笑った。
「水瀬さんと、一緒に行きたくて」
……佐伯さん。
「……はい!」
私は、胸元のネックレスにそっと触れた。
「私も、一緒に行きたいです」
◇
カフェを出ると、辺りはすっかり暗くなっていた。
私たちは、一番町のアーケードを抜け、定禅寺通りへ向かった。
冷たい風が、頬を撫でる。
「……寒くないですか?」
「はい。大丈夫です」
しばらく歩くと、通りの向こうに黄金色の光が見えてきた。
「……あ」
思わず、声が漏れる。
ケヤキ並木を包み込む、無数の光。
どこまでも続いているような、温かな輝き。
仙台の冬を彩る、光のページェント。
私は、思わず足を止めた。
◇
この景色は、何度も見てきた。
小さな頃は、お父さんとお母さんに手を引かれて。
大きくなってからは、友達と一緒に。
寒い寒いと言いながら、笑って。
写真を撮って。
毎年のように、同じ光を見上げてきた。
だから、私にとって決して珍しい景色ではない。
見慣れた、仙台の冬の風景。
……なのに。
「……すごいですね」
隣で、佐伯さんが呟いた。
「こんなに綺麗なんですね」
私は、そっと佐伯さんを見た。
光に照らされた横顔。
少し驚いたような表情。
嬉しそうな笑顔。
……。
そうでした。
お父さんと、お母さん。
大学の友達。
いろいろな人と、この景色を見てきたけれど。
好きな人と、二人で見るのは初めてです。
もう一度、ケヤキ並木を見上げる。
黄金色の光が、夜空いっぱいに広がっていた。
何度も見たはずなのに。
何度も歩いたはずなのに。
……まるで、初めて見る景色みたい。
「……水瀬さん?」
「……はい?」
「どうかしました?」
私は、小さく首を振った。
「……いいえ」
そして、笑った。
「とても、綺麗だなと思って」
「……そうですね」
佐伯さんも、空を見上げる。
私も、同じ方を向いた。
同じ場所。同じ季節。同じ光。
でも、今年は、隣にいる人が違う。
それだけで、こんなにも世界が違って見えるんですね。
◇
私たちは、光に包まれた通りをゆっくり歩き始めた。
周りには、たくさんの人。
笑い声。写真を撮る人たち。
手を繋いで歩く、恋人同士。
私は、そっと隣を見た。
佐伯さんの手が、すぐ近くにある。
……手。
幼い頃、この通りではお父さんかお母さんの手を握っていた。
迷子にならないように。転ばないように。
その温かさを、今でも覚えている。
……今は。
私は、もう子供ではない。
そして隣にいるのは、私が好きになった人。
「……水瀬さん」
「はい?」
佐伯さんが、少しだけ歩く速度を緩めた。
「……あの」
「……はい」
何かを言いかけて、私の手に目を落とす。
それから、少し緊張したように私を見た。
「……手、繋いでもいいですか?」
……。
…………。
えっ。
……手?
佐伯さんと?
私は、思わず自分の手を見た。
それから、佐伯さんを見る。
……ふふっ。
さっきまで冷たかった指先が、急に温かくなった気がした。
「……はい」
私は、小さく頷いた。
「……喜んで」
佐伯さんが、そっと手を差し出した。
私も、ゆっくりと手を伸ばす。
指先が触れて。
それから、手のひらが重なった。
……温かい。
「……水瀬さん」
「はい?」
「……大丈夫ですか?」
「……はい」
私は、繋いだ手を見つめた。
「……とても、温かいです」
佐伯さんが、少し照れたように笑った。
その手が、ほんの少し強く握り返される。
……ふふっ。
離したく、ありません。
◇
小さな頃。
この通りを歩くときは、いつもお父さんかお母さんの手を握っていた。
大きくなってからは、友達と肩を並べて歩いた。
何度も見てきた、仙台の冬。
何度も歩いてきた、定禅寺通り。
けれど、今日、初めて。
私は、好きな人と手を繋いで歩いている。
「……水瀬さん」
「はい?」
「……綺麗ですね」
佐伯さんが、光に包まれたケヤキ並木を見上げる。
「……はい」
私も、同じ景色を見上げた。
……本当に、綺麗です。
でも、きっと来年も、その次の年も。
この光は、変わらず仙台の冬を照らしてくれる。
だから。
「……佐伯さん」
「はい?」
「……来年も、一緒に来ませんか?」
佐伯さんが、私を見た。
そして。
「……もちろんです」
そう言って、笑ってくれた。
私は、繋いだ手を少しだけ強く握った。
佐伯さんも、優しく握り返してくれる。
黄金色の光が、二人の行く先を照らしていた。
◇
恋愛経験ゼロ。
妄想の中では恋愛無双。
何度も見てきた景色。
何度も歩いてきた道。
でも、今年は。
隣に、大好きな人がいる。
……それだけで。
いつもの景色が、初めての景色になりました。




