踊る、約束
冬休み。
朝の境内は、今日も冷たい空気に包まれていた。
吐く息が、白い。
私は、いつものように境内を掃いていた。
……そろそろでしょうか。
ちらりと、参道の方を見る。
まだ、姿は見えない。
……。
もう一度、箒を動かす。
さっ、さっ。
……そろそろでしょうか。
「……何をしているんでしょう、私は」
思わず、小さく呟いた。
佐伯さんが来る時間は、いつもとほとんど変わらない。
なのに。
今日は、何度も参道を見てしまう。
……だって。
恋人、ですから。
……ふふっ。
「おはようございます、水瀬さん」
「ひゃいっ!」
突然の声に、肩が跳ねた。
振り向くと、佐伯さんが立っていた。
「……あ、佐伯さん。おはようございます」
「すみません。驚かせました?」
「い、いえ! 少し考え事をしていただけです!」
「そうですか」
佐伯さんが、いつものように笑う。
……ああ。
朝から、心臓に悪いです。
◇
佐伯さんが参拝を終えるのを待って、私たちは境内で話をした。
いつもの朝。
いつもの場所。
いつもの会話。
それなのに。
「……水瀬さん」
「はい?」
佐伯さんが、少しだけ真剣な顔をした。
「今度のクリスマスって、予定ありますか?」
……。
……クリスマス?
「……え?」
「もし、空いていたらなんですけど」
佐伯さんは、一度言葉を止めた。
「一緒に、出かけませんか?」
……。
…………。
ク、クリスマス。
恋人。
二人きり。
……デート。
つまり。
恋人として、初めてのクリスマスデート。
……っ!
いけません。
落ち着いてください、私。
ここは、清楚に。
あくまでも、自然に。
「……は、はいっ!」
……声が裏返りました。
「よかった」
佐伯さんが、ほっとしたように笑った。
「どこに行くかは、俺が考えてもいいですか?」
「……え?」
「せっかくなので、今回は俺が計画してみようかなって」
……佐伯さんが。
私のために。
デートの計画を。
……。
……いけません。
頬が、緩みます。
「……はい。楽しみにしています」
「頑張って考えます」
佐伯さんは、少し照れたように笑った。
◇
佐伯さんを見送ったあと。
私は、しばらくその場から動けなかった。
……クリスマス。
……デート。
……佐伯さんと。
「……ふふっ」
いけません。
笑ってしまいます。
……ふふふっ。
……はっ!
私は、慌てて周囲を見回した。
誰もいない。
……よかった。
危うく、境内で一人にやける不審な巫女になるところでした。
……いえ。
もう、なっていたかもしれません。
◇
自分の部屋に戻ると、私はスマートフォンを手に取った。
カレンダーを開く。
十二月二十五日。
……クリスマス。
その日付を、じっと見つめる。
今までも、佐伯さんとは何度か一緒に出かけた。
食事をして。
バッティングセンターに行って。
水族館にも行った。
どれも、大切な思い出。
でも。
今度は、違う。
だって。
……恋人としての、初めてのデート。
……。
……服。
何を着ていきましょう。
コートは?
靴は?
髪型は?
……それから。
プレゼント。
……っ!
そうです!
クリスマスといえば、プレゼントです!
私は、勢いよく立ち上がった。
……佐伯さんには、何が似合うでしょう。
マフラー?
手袋?
それとも……。
……。
……ふふっ。
想像しただけで、胸がいっぱいになる。
まだ、何も決まっていないのに。
もう、当日が待ち遠しい。
◇
その夜。
佐伯さんから電話がかかってきた。
「こんばんは、水瀬さん」
「こんばんは、佐伯さん」
いつもより少しだけ、声が弾んでしまう。
「今日は、ありがとうございました」
「……こちらこそ。誘っていただいて、嬉しかったです」
「実は、結構緊張してたんです」
「……え?」
「断られたらどうしようって」
……。
「そ、そんな!」
思わず、声が大きくなった。
「私が、佐伯さんのお誘いを断るわけないじゃないですか!」
「……ははっ。そうですよね」
……あ。
言ってしまいました。
なんて恥ずかしいことを。
「……でも、嬉しいです」
電話の向こうから、優しい声が聞こえた。
「クリスマス、楽しみにしてます」
「……はい」
私は、スマートフォンを握り直した。
「私も、すごく楽しみです」
◇
電話を終えて、ベッドに腰を下ろした。
クリスマスまで、あと少し。
まだ、どこへ行くのかも知らない。
何をするのかも、分からない。
でも。
佐伯さんが、私のために考えてくれている。
それだけで。
……こんなに、嬉しい。
私は、もう一度カレンダーを開いた。
十二月二十五日。
その日付を見つめながら。
……ふふっ。
今夜も、なかなか眠れそうにありません。
恋愛経験ゼロ。
妄想の中では恋愛無双。
恋人になって、初めてのクリスマス。
……当日まで、私の妄想が持つでしょうか。




