告白
北海道から帰ってきた、翌朝。
目を覚ますと、窓の外には見慣れた境内が広がっていた。
冷たい冬の空気。
まだ人の少ない参道。
いつもと変わらない、水瀬神社の朝。
でも。
今朝は、少しだけ違って見えた。
昨日、お父さんとお母さんに伝えたこと。
私が、この神社を継ぎたいという気持ち。
ずっと、当たり前のように考えていた未来を。
初めて、自分の意思で選んだ。
「……よし」
私は、小さく頷いた。
◇
朝の仕事を済ませ、境内を掃いていると。
参道の向こうに、見慣れた人影が見えた。
佐伯さんだ。
いつもの時間。
いつものように、鳥居をくぐってくる。
北海道へ行く前は、当たり前だった光景。
たった数日、会っていなかっただけなのに。
姿を見つけた瞬間、胸が少しだけ弾んだ。
「おはようございます、佐伯さん」
私が声をかけると、佐伯さんがこちらを向いた。
「あ、水瀬さん。おはようございます」
いつもの、穏やかな笑顔。
「お久しぶりです。北海道から戻られたんですね」
「はい。昨日、帰ってきました」
「お帰りなさい」
「……ただいま、です」
思わず笑ってしまった。
何だか、少し照れくさい。
「北海道、どうでした?」
「とてもよかったです。初めて一人で行ったので、最初は少し緊張しましたけど」
「そうですよね。でも、無事に帰ってこられてよかったです」
「ありがとうございます」
佐伯さんは、いつものように拝殿へ向かった。
私は、その後ろ姿を見送った。
◇
参拝を終えた佐伯さんが戻ってきたところで、私は声をかけた。
「あの、佐伯さん」
「はい?」
「北海道のお土産があるんです。少し待っていただけますか?」
「えっ、僕にですか?」
「はい。よかったら」
私は社務所へ戻り、用意していた小さな箱を持ってきた。
「これ、お菓子なんですけど……」
「ありがとうございます。嬉しいです」
佐伯さんは、両手で受け取ってくれた。
「何にしようか、少し迷ったんです」
「そうなんですか?」
「はい。でも、佐伯さんなら喜んでくれるかなって」
……あ。
今の言い方。
まるで、佐伯さんのことばかり考えていたみたいじゃないですか。
いや。
実際、考えていたんですけど。
「大事にいただきますね」
佐伯さんが笑った。
「ふふっ。賞味期限だけは気をつけてくださいね」
「確かに。それは大事ですね」
二人で笑った。
いつもの会話。
それが、嬉しかった。
◇
「そういえば、札幌以外にも行かれたんですか?」
「はい。小樽にも行きました」
「小樽ですか。いいですね」
「母方のおばあちゃんが住んでいるんです。一晩泊めてもらって、いろいろなお話を聞きました」
「そうだったんですね」
「それから、お父さんがお世話になった神職の方にも、お会いしてきました」
「水瀬さんらしい旅行ですね」
「そうでしょうか?」
「はい。いろいろな人との繋がりを、大切にされている感じがします」
……そんなふうに、見てくれていたんだ。
少しだけ、胸が温かくなった。
「ありがとうございます」
私は、笑って答えた。
◇
佐伯さんが、腕時計に目を落とした。
「それじゃあ、そろそろ行きますね」
「あ……はい」
いつもなら。
ここで「いってらっしゃい」と声をかける。
佐伯さんは「行ってきます」と笑って、参道を歩いていく。
それが、私たちの朝だった。
でも。
今日は。
「あの、佐伯さん」
「はい?」
私は、箒をそっと脇に置いた。
「……少し、お時間いいですか?」
佐伯さんが、足を止めた。
「はい。大丈夫ですよ」
「ありがとうございます」
胸の奥で、心臓が大きく鳴った。
◇
「私、北海道に一人旅をしてきました」
「はい」
「そこで、いろいろな人と出会って、いろいろなことを考えました」
佐伯さんは、黙って私の言葉を聞いてくれている。
「自分の将来のことも、ちゃんと決めてきたんです」
「……そうだったんですね」
「はい。私、この神社を継ぐことに決めました」
佐伯さんが、少し驚いたように目を見開いた。
「誰かに言われたからじゃなくて、私自身が、そうしたいと思ったんです」
「……水瀬さん」
「昨日、お父さんとお母さんにも伝えました」
佐伯さんは、静かに頷いた。
「それは、大きな決断ですね」
「……はい」
「水瀬さんが、自分で選んだ道なんですね」
「はい」
その言葉が、嬉しかった。
◇
「でも……」
私は、胸の前でそっと手を握った。
「北海道で気づいたことが、もう一つあるんです」
冷たい朝の風が、境内を通り抜けた。
「将来のことと同じくらい……もしかしたら、それ以上に、大切なことかもしれません」
言葉にした途端、心臓が大きく跳ねた。
それでも。
もう、目を逸らしたくなかった。
「私の中に、ずっと隠していた気持ちがあります」
佐伯さんが、静かに私を見つめている。
「今までは、気づかないふりをしていました。伝えてしまったら、今までと同じではいられなくなるかもしれないって……」
少しだけ、声が震えた。
「でも、もう隠したくないんです」
私は、佐伯さんの目を見た。
初めて出会った、この場所で。
何度も言葉を交わしてきた、この場所で。
今度は、妄想ではなく。
私自身の言葉で。
「佐伯さん」
「……はい」
「私、佐伯さんのことが好きです」
◇
恋愛経験ゼロ。
妄想の中では恋愛無双。
ずっと胸の奥にしまっていた想い。
ようやく、現実でも。
あなたに届く言葉になった。




