差し込む、ひかり
朝。
目を覚ますと、窓の外には白い景色が広がっていた。
「……雪」
昨日よりも、少し積もっている。
布団から出ると、ひんやりとした空気に肩をすくめた。
台所から、食器の音が聞こえてくる。
「おはようございます」
「おはよう、いろは。よく眠れたかい?」
「はい。ぐっすり眠れました」
「それはよかった。朝ごはん、もうすぐできるよ」
「何かお手伝いします」
「じゃあ、お皿を並べてもらおうかね」
「はい!」
◇
食卓には、焼き魚と卵焼き。
温かい味噌汁に、炊きたてのご飯。
「いただきます」
「はい、召し上がれ」
お味噌汁を一口。
「……美味しい」
「そうかい?」
「はい。なんだか、ほっとします」
おばあちゃんは、嬉しそうに笑った。
「お母さんも、昔はよくそう言ってたよ」
「……お母さんも?」
「帰ってくると、必ずお味噌汁をおかわりしてね」
「ふふっ。そうなんですね」
昨日まで知らなかったお母さんの姿が、また一つ増えた。
そんなことが、嬉しかった。
◇
朝食を終えると、私は荷物をまとめた。
今日は、札幌へ戻る予定だ。
「もう少しいてもいいんだよ?」
おばあちゃんが、部屋を覗いた。
「ありがとうございます。でも、今日は札幌を歩いてみようと思って」
「そうかい」
「はい。まだ、見てみたいところもありますし」
「それなら、気をつけて行くんだよ」
「はい」
私は、鞄のファスナーを閉めた。
◇
家を出ると、冷たい風が頬に触れた。
「寒くないかい?」
「大丈夫です。ちゃんと暖かくしてますから」
おばあちゃんは、私のマフラーを少し直してくれた。
「……いろは」
「はい?」
「また、いつでもおいで」
「……はい」
「今度は、お父さんとお母さんも一緒にね」
「ふふっ。そうですね」
私は、おばあちゃんの顔を見た。
「おばあちゃん」
「何だい?」
「……来て良かったです」
おばあちゃんは、優しく微笑んだ。
「そうかい。それなら良かった」
私も、自然と笑顔になった。
「お世話になりました」
「そんなにかしこまらなくていいよ」
おばあちゃんが笑う。
「気をつけてね」
「はい。また来ます!」
振り返ると、おばあちゃんはまだ手を振っていた。
私も、もう一度手を振った。
◇
札幌。
駅に着くと、大きな鞄を預け、街へ出た。
今日は、特に誰かと会う約束もない。
行き先も、細かく決めていなかった。
「……さて」
駅前で立ち止まり、辺りを見渡す。
どこへ行こう。
そう考えているだけで、少し楽しくなった。
まずは、気になっていたお店へ。
それから、お土産も探したい。
「……よし」
私は、歩き始めた。
◇
通りには、たくさんの人が行き交っていた。
買い物をする人。
仕事へ向かう人。
観光客らしい人たち。
同じ街を歩いていても、それぞれに違う一日がある。
そんな当たり前のことが、少し新鮮に感じられた。
途中、小さな雑貨店が目に入った。
「……かわいい」
店先に並んでいたのは、雪の結晶をかたどった小物だった。
私は、その中から小さなキーホルダーを手に取った。
「……これ、いいかも」
自分へのお土産。
そう思って、レジへ向かった。
◇
昼食は、通りがかりに見つけたお店に入った。
温かい料理を食べながら、窓の外を眺める。
昨日までの私は、一人で知らないお店に入るだけでも、少し緊張していた。
今も、まったく平気というわけではない。
でも。
「……美味しい」
思わず笑みがこぼれた。
一人だからこそ、気づけることもある。
誰かと一緒に過ごす時間も好きだけれど。
こういう時間も、悪くない。
◇
午後。
お土産を探して、いくつかのお店を回った。
ふと、陶器が並ぶ一角で足を止めた。
大小二つの湯呑み。
落ち着いた色合いで、並べると一つの模様になる。
「……素敵」
お父さんと、お母さん。
二人が並んでお茶を飲んでいる姿が浮かんだ。
「……これにしよう」
私は、二つの湯呑みを手に取った。
大学の友人たちには、お菓子を。
そして。
「…………」
佐伯さんには、何がいいでしょう。
お菓子?
それとも、何か形に残るもの?
しばらく迷って、私は小さな箱を手に取った。
北海道のお菓子が入った、手頃な大きさの箱。
「……これにしよう」
特別な理由があるわけではない。
ただ。
佐伯さんが喜んでくれたら、嬉しい。
そう思った。
◇
夕方。
ホテルにチェックインすると、部屋の窓から札幌の街が見えた。
少しずつ、明かりが灯り始めている。
「……綺麗」
鞄を置いて、ベッドに腰を下ろした。
今日は、たくさん歩いた。
足は少し疲れているけれど、気分は悪くない。
◇
夜。
窓の外には、札幌の街の明かりが広がっていた。
明日は、仙台へ帰る。
初めて一人で飛行機に乗った日が、もうずいぶん前のことのように感じる。
札幌の神社。
小樽の街。
おばあちゃんの家。
そして、知らなかったお父さんとお母さんの昔の話。
どれも、北海道に来なければ出会えなかったものばかりだ。
「……来てよかった」
私は、小さく呟いた。
進路について。
まだ、すべてが決まったわけではない。
でも。
自分が何を考え、何を感じたのか。
仙台に帰ったら、お父さんとお母さんに話そう。
今度は、自分の言葉で。
◇
ベッドに入る前に、もう一度窓の外を見た。
明日は、どんな空が広がっているんでしょう。
来るときは、飛行機に乗るだけで胸がいっぱいだった。
帰りは、少しだけ余裕を持って空を眺められそうな気がする。
「……おやすみなさい」
部屋の明かりを消した。
北海道で過ごす、最後の夜。
一人きりの部屋は静かだった。
けれど。
不思議と、寂しくはなかった。
恋愛経験ゼロ。
妄想の中では恋愛無双。
真っ白な霧がかかっていた未来。
だけど。
ゆっくり、足元を確認しながら。
歩み始めた。
そんな気がした。




