気づかない、ふり
窓の外では、雪が静かに降っていた。
おばあちゃんが台所へ向かったあとも、私はしばらくアルバムを眺めていた。
若い頃のお父さんと、お母さん。
偶然出会った二人が、もう一度会いたいと思って。
少しずつ、距離を縮めていった。
「……素敵ですね」
写真の中のお母さんに、小さく呟いた。
お父さんも、お母さんも。
最初から、今の二人だったわけじゃない。
出会って。
お互いを知って。
一緒にいたいと思うようになって。
そうして、今の家族がある。
当たり前のように過ごしてきた毎日にも、
始まりがあった。
「…………」
そして。
ふと、佐伯さんの顔が浮かんだ。
最近は、こういうことが増えた。
何か嬉しいことがあると、話したくなる。
綺麗な景色を見ると、一緒に見られたらと思う。
何でもない時間を、もう少しだけ一緒に過ごしたくなる。
そんな毎日が、私は好きだった。
◇
佐伯さんが神社に来てくれて。
顔を合わせて、言葉を交わして。
時々、一緒に出かけて。
それだけで、十分だと思っていた。
佐伯さんが笑ってくれると、嬉しくて。
何気ない会話が、いつまでも心に残って。
次はいつ会えるんだろうと、考えてしまう。
それでも。
私は、今のままでいいと思っていた。
……でも。
本当に、そうだろうか。
◇
お父さんとお母さんも。
あの日、もう一度会うことがなかったら。
今とは違う人生を歩いていたのかもしれない。
ほんの少し、何かが違っていたら。
二人は、出会ったままで終わっていたかもしれない。
そう考えると。
今、当たり前だと思っている毎日も。
ずっと続くとは、限らない。
佐伯さんだって、大学を卒業したら。
今までのように、神社へ来られるとは限らない。
仕事が始まれば、忙しくなるでしょうし。
住む場所だって、変わるかもしれない。
会いたいときに会える。
今の時間が、いつか形を変えてしまうかもしれない。
「…………」
胸の奥が、少しだけ苦しくなった。
今まで、考えないようにしていたこと。
考えてしまうと、怖かったから。
このままでいい。
今の関係が続けば、それでいい。
何度も、そう思ってきた。
でも。
それは、少し違ったのかもしれない。
今の関係を失うのが怖くて。
その先を望まないようにしていただけ。
◇
「……私」
膝の上で、そっと手を重ねた。
本当は、気づいていた。
佐伯さんと会える日を、楽しみにしていること。
何気ない言葉に、胸が温かくなること。
別れたあと、またすぐに会いたくなること。
それが、どういう気持ちなのか。
ずっと、わかっていたはずなのに。
「……ふふっ」
思わず、小さく笑ってしまった。
妄想の中では、あんなに大胆なのに。
現実の私は、随分と臆病だ。
好きだと認めてしまったら。
今までと同じようには、いられなくなる気がして。
佐伯さんが、私をどう思っているのか。
それを知るのも、少し怖かった。
だから。
閉ざしていた。
自分の気持ちを。
ずっと前から、好きだったのに。
◇
窓の外に目を向けた。
雪は、まだ降っている。
佐伯さんは、今頃何をしているんでしょう。
帰ったら。
北海道で見た景色のこと。
おばあちゃんと過ごした時間のこと。
いろいろ、お話ししたい。
そして、願えるなら。
これからも、あの人の隣にいたい。
「…………」
指先が震えている。
この気持ちを伝えたら、何かが変わってしまうかもしれない。
それでも。
何も伝えないまま、今の毎日が変わってしまうのは。
きっと、もっと寂しい。
「……佐伯さん」
名前を口にすると、自然と笑みがこぼれた。
もう、迷わない。
結果がどうなったとしても。
私はちゃんと、自分の言葉で伝えたい。
そう思えたことが、少し嬉しかった。
◇
台所から、おばあちゃんの声がした。
「いろは、お茶のおかわりはどうだい?」
「はい。いただきます」
私は、アルバムをそっと閉じた。
立ち上がる前に、もう一度だけ窓の外を見る。
仙台に帰ったら。
佐伯さんに会いたい。
そして。
お伝えしたい。
上手くお伝えできるか、自信はないけれど……
それでも。
気持ちを誤魔化すことは、もうしたくない。
恋愛経験ゼロ。
妄想の中では恋愛無双。
だけど、もう。
妄想だけでは終わらせたくない。
昔の二人が、背中を押してくれたような気がした。




