選んだ、幸せ
「……それで、お父さんとお母さんは?」
私は、おばあちゃんに尋ねた。
「それからは、電話や手紙で連絡を取り合ってね。何度か会ううちに、結婚することになったんだよ」
「……そうだったんだ」
おばあちゃんは、懐かしそうに笑った。
「お母さんはね、結婚を機に仕事を辞めて、仙台へ行くことを決めたんだ」
「……あんなに好きだった仕事を?」
「そうだよ」
私は、膝の上に置いた写真に目を落とした。
制服姿のお母さん。
今の私と、それほど変わらない年頃。
「誰かに言われたわけじゃない。お母さんが自分で決めたことなんだよ」
「……はい」
「ただね」
おばあちゃんは、少しだけ声を落とした。
「お父さんは今でも、申し訳なく思ってるんじゃないかねぇ」
「……お父さんが?」
「大好きだった仕事を辞めさせてしまったってね」
「…………」
「でも、お母さんは一度だって、後悔したなんて言わなかったよ」
おばあちゃんは、穏やかに笑った。
◇
私は、もう一度写真を見た。
飛行機の前で笑っているお母さん。
その笑顔は、今の家で見せるものと少しも変わらない。
「……お母さん、すごいですね」
「そうかい?」
「はい」
好きだった仕事。
ずっと憧れていた夢。
それを自分で選んで、叶えて。
そして、別の道を選んだ。
「……私だったら、どうするんだろう」
思わず、口にしていた。
おばあちゃんは、何も言わずにお茶を飲んだ。
◇
「いろは」
「はい?」
「お母さんもね、最初から何でも決められたわけじゃないんだよ」
「……そうなんですか?」
「そりゃそうさ。迷うことだって、たくさんあったと思うよ」
おばあちゃんは、私の手元にある写真を見た。
「でも、自分で決めたことだから、大切にできたんじゃないかねぇ」
「……自分で」
「うん」
私は、小さく頷いた。
北海道に来ると決めたのも。
一人で飛行機に乗ったのも。
誰かに言われたからじゃない。
自分で決めたことだった。
「……おばあちゃん」
「何だい?」
「私、来てよかったです」
おばあちゃんは、目を細めた。
「それなら、よかった」
◇
窓の外では、雪が静かに降っていた。
私は、写真をそっとアルバムに戻した。
お父さんも。
お母さんも。
自分で選んできた。
きっと、迷いながら。
それでも、選んできた。
私も、いつか。
自分の進む道を、決める日が来る。
神社のこと。
大学を卒業した後のこと。
そして。
ふと、一人の顔が浮かんだ。
佐伯さん。
「…………」
どうして、今。
私は、小さく首を振った。
まだ、何も決まっていない。
でも。
決まっていないからこそ。
これから、自分で考えていけばいい。
◇
「いろは、お茶のおかわりは?」
おばあちゃんの声に、顔を上げた。
「はい。いただきます」
「お菓子も、まだあるよ」
「……ふふっ。じゃあ、もう一つだけ」
おばあちゃんは、嬉しそうに笑った。
湯飲みから、白い湯気が立ち上る。
遠く離れた北海道で。
私は、知らなかった両親の姿に出会った。
そして。
まだ知らない、自分の未来を。
少しだけ、楽しみに思えた。
恋愛経験ゼロ。
妄想の中では恋愛無双。
だけど今は。
妄想の先にある未来を、
自分で選んでみたいと思った。




