願う、ご縁
小樽。
菓子店を離れた二人は、近くの公園へと向かっていた。
冷たい風が、木々の枝を揺らしている。
「……それにしても、驚きました」
宗一郎が、隣を歩く女性に言った。
「何がですか?」
「まさか、飛行機でお会いした方と、こんなところで再会するなんて」
「ふふっ。私もです」
女性は、小さく笑った。
「それに、お財布まで落とされるなんて」
「……面目ないです」
「見つかってよかったですね」
「本当に。助かりました」
宗一郎は、苦笑した。
◇
公園のベンチに腰を下ろす。
少し離れた場所では、子どもたちが遊んでいた。
「北海道には、観光でいらしたんですか?」
女性が尋ねた。
「……いえ。実は、人に会いに来たんです」
「そうなんですね」
「札幌に、昔からお世話になっている方がいまして」
「お友達ですか?」
「いえ。神職の先輩です」
「……神職?」
女性が、首を傾げた。
「神社の?」
「はい。実家が神社なんです」
「そうだったんですね」
女性は、少し驚いたように笑った。
「それじゃあ、将来は神主さんに?」
「…………」
宗一郎は、すぐには答えなかった。
「……そのつもりだったんですけどね」
「……?」
女性は、宗一郎の顔を見た。
「何か、あるんですか?」
「……まあ、少し」
宗一郎は、視線を落とした。
「昔から、いずれは自分が継ぐものだと思っていたんです」
「はい」
「でも、最近になって……本当に、それでいいのかなって」
女性は、黙って聞いていた。
「ほかの道を考えたこともないのに、決めてしまっていいのかと」
「…………」
「今日も、その相談をしに来たんです」
宗一郎は、小さく笑った。
「せっかく北海道まで来たのに、まだ答えは出ていませんが」
◇
「……難しいですね」
女性が、静かに言った。
「そうですね」
「でも……」
彼女は、少し考えてから続けた。
「神社を継ぐかどうかって、ご自分で決めていいことなんですよね?」
「……え?」
宗一郎は、顔を上げた。
「だって、宗一郎さんの人生ですから」
「…………」
「あ、すみません。何も知らないのに」
女性は、少し慌てたように笑った。
「いえ……」
宗一郎は、首を横に振った。
「今日、同じことを言われました」
「同じこと?」
「はい。相談した先輩に」
女性は、目を丸くした。
「そうだったんですね」
「……でも、まだ実感が湧かなくて」
宗一郎は、遠くの木々を見つめた。
「ずっと決まっていたと思っていたことを、自分で決めるって……難しいですね」
「……そうかもしれません」
女性は、穏やかに頷いた。
◇
「そういえば」
宗一郎は、女性に目を向けた。
「客室乗務員のお仕事は、長いんですか?」
「まだ、数年です」
「そうなんですね」
「はい。でも、ずっと憧れていた仕事なんです」
女性は、少し嬉しそうに笑った。
「小さい頃から、飛行機が好きで」
「……飛行機が」
宗一郎は、思わず苦笑した。
「僕とは正反対ですね」
「ふふっ。そうですね」
女性も笑った。
「でも、空を飛ぶのって、素敵じゃありませんか?」
「……そうですね」
宗一郎は、空を見上げた。
飛行機の窓から見た、白い雲。
あの景色は、確かに綺麗だった。
「大変なこともありますけど」
女性は、続けた。
「今のお仕事が、大好きなんです」
その表情には、迷いがなかった。
宗一郎は、少しだけ羨ましく思った。
自分の選んだ道を。
こんなふうに、まっすぐ好きだと言えることが。
◇
しばらくして。
二人は、公園を後にした。
「今日は、ありがとうございました」
宗一郎が頭を下げる。
「こちらこそ。楽しかったです」
女性は、微笑んだ。
「……あの」
宗一郎は、少し迷ってから口を開いた。
「僕、仙台から来たんです」
「仙台?」
「はい」
「いいところですよね。何度か行ったことがあります」
「そうなんですか」
「でも、ゆっくり観光したことはなくて」
宗一郎は、少し考えた。
「……もし、また来ることがあったら」
「はい?」
「よかったら、案内します」
女性は、目を瞬かせた。
そして。
ふわりと笑った。
「じゃあ、今度仙台を案内してください」
「……はい」
宗一郎も、笑った。
◇
別れ際。
二人は、連絡先を交換した。
「それじゃあ、また」
「はい。お気をつけて」
女性が、軽く手を振る。
宗一郎も、手を振り返した。
その背中が、少しずつ遠ざかっていく。
「…………」
今日、札幌で聞いた言葉。
自分で決めなさい。
そして。
小樽で聞いた言葉。
宗一郎さんの人生ですから。
どちらも。
まだ、答えにはなっていない。
けれど。
一つだけ。
自分で決めたことがあった。
また、あの人に会いたい。
その気持ちだけは。
誰かに決められたものではなかった。




