気付かされる、彩り
休日。
仙台駅前。
「いろはー!」
人混みの向こうから、聞き慣れた声がした。
「小宮さん!」
手を振りながら駆け寄ってくるのは、大学の友人、小宮結衣さん。
「ごめん、待った?」
「いえ、私も今来たところです」
「ほんと? じゃ、行こっか!」
「はい!」
今日は、小宮さんとお買い物。
洋服を見て。
雑貨を見て。
美味しいものを食べて。
そんな、いつもの休日。
……のはずでした。
◇
「これ、可愛くない?」
「可愛いですね!」
「いろは、似合いそう」
「そうですか?」
「試着してみなよ」
「えっ」
小宮さんが、私の身体に服を合わせる。
「ほら、絶対似合うって」
「では……」
試着室へ向かう。
「サイズ違いもございますので、お気軽にお声がけください」
店員さんが笑顔で案内してくれた。
「ありがとうございます」
カーテンを閉める。
「…………」
店員さん。
毎日、こうしていろんな人の服を選んでいるんですよね。
この仕事が好きだから、選んだのでしょうか。
それとも。
何か、別のきっかけがあったのでしょうか。
「いろはー? どう?」
「あ、はい!」
いけません。
今は、試着中でした。
◇
「お腹すいたー」
「私もです」
「何食べる?」
「そうですね……」
小宮さんとランチのお店を探す。
通り沿いには、いろんなお店。
カフェ。
レストラン。
パン屋さん。
ガラス越しに見える店内では、たくさんの人が働いている。
「いろは?」
「はい?」
「何見てるの?」
「あの……」
料理を運ぶ店員さんが目に入った。
「飲食店で働くのって、大変そうですよね」
「ん?」
「ずっと立っていますし」
「まあ、忙しい時間は大変だろうね」
「でも、お客さんが美味しそうに食べてくれたら、嬉しいんでしょうか」
「……いろは」
「はい?」
「お腹すきすぎて、店員さんの気持ちまで考え始めた?」
「違います!」
「じゃ、早く食べよ」
「はい……」
◇
ランチを終えて。
再び、街を歩く。
すれ違う人たち。
買い物袋を持った人。
制服姿の学生。
スーツを着て、足早に歩いていく人。
「…………」
あの人は。
どんな仕事をしているんでしょう。
営業?
事務?
それとも。
全然、違う仕事?
少し先では、工事が行われていた。
ヘルメットをかぶった人が、重機のそばで何かを確認している。
別の人は、資材を運んでいた。
「…………」
今まで。
何度も見てきたはずなのに。
何をしている人なのか。
考えたことがなかった。
「いろは?」
「はい?」
「さっきから、何見てるの?」
「……働いている人です」
「働いている人?」
「はい」
「…………」
小宮さんが、私の視線の先を見る。
「ああ、なるほど」
「?」
「この前の、進路の話?」
「……はい」
「そっか」
小宮さんは、それ以上何も言わなかった。
ただ。
「じゃ、あっちも見てみよっか」
そう言って、歩き出した。
◇
帰り道。
バスの窓から、街を眺める。
信号待ち。
横断歩道。
行き交う車。
配送のトラック。
道路を清掃している人。
バスの運転手さん。
お店の店員さん。
工事現場の人。
スーツ姿の人。
それぞれが。
それぞれの場所で。
働いている。
「……すごいですね」
「何が?」
「世の中って」
「急に壮大だね」
「…………」
確かに。
急に、壮大です。
でも。
本当に、そう思った。
今まで、ただの景色だったものが。
少しずつ。
違って見える。
「小宮さん」
「ん?」
「私、今まで何を見ていたんでしょう」
「……景色?」
「そうなんですけど」
「違うの?」
「違わないんですけど……」
うまく説明できない。
でも。
分かったことがある。
世界は。
昨日、急に広がったわけじゃない。
ずっと、そこにあった。
ただ。
私が。
見ようとしていなかっただけ。
◇
「ありがとうございました」
バスを降りる。
「ありがとうございました」
運転手さんが、そう返してくれた。
「…………」
この人は。
どうして、この仕事を選んだんだろう。
そんなことを考えながら、バスを見送った。
◇
「ただいま戻りました」
夕方。
水瀬神社。
いつもの石段を上って、境内へ。
「…………」
父がいた。
参拝に来た人と、何かを話している。
時折、頷きながら。
丁寧に、言葉を返していた。
いつもの、お父さん。
いつもの、宮司さん。
でも。
今日は、少しだけ違って見えた。
「…………」
お父さんは。
どうして、宮司になったんだろう。
神社の家に生まれたから?
それとも。
自分で選んだから?
考えてみる。
「…………」
知らない。
ずっと一緒に暮らしているのに。
そんなこと。
一度も聞いたことがなかった。
◇
「ただいま」
「おかえりなさい」
台所から、母の声。
覗いてみると、夕食の準備をしていた。
その横には、神社の書類。
「お母さん」
「なあに?」
「忙しい?」
「もう少しで終わるわよ」
「手伝おうか?」
「じゃあ、お皿お願い」
「はい」
食器棚を開ける。
いつもの夕食の準備。
でも、ふと思う。
お母さんは。
神社の仕事を手伝って。
家のこともして。
毎日、いろんなことをしている。
「…………」
私は。
お母さんの仕事を。
どれくらい知っているんだろう。
「いろは?」
「はい?」
「お皿、出さないの?」
「あっ」
いけません。
また、考え込んでいました。
「今日はどうだった?」
「楽しかったです」
「そう。よかったわね」
「はい」
お皿を並べる。
母が、鍋の火を弱める。
いつもの台所。
いつものお母さん。
でも。
今日、街で見たたくさんの人たちと。
何も変わらない。
ここにも。
毎日、働いている人がいる。
「…………」
お父さん。
お母さん。
私が、一番よく知っているはずの二人。
でも。
知らないことが、こんなにもある。
「お母さん」
「ん?」
「今度、聞いてもいいですか?」
「何を?」
「お父さんと、お母さんのこと」
「……私たち?」
「はい」
母が、不思議そうに私を見る。
「いいけど。どうしたの、急に」
「ちょっと」
笑って、答える。
「知りたくなったんです」
「…………」
母が、少しだけ微笑んだ。
「そう」
それだけ言って、また夕食の準備に戻った。
私も、お皿を並べる。
何も変わらない、いつもの夕方。
だけど。
今日の私は。
少しだけ、違うものを見ていた。
恋愛経験ゼロ。
妄想の中では恋愛無双。
いつもの街。
いつもの景色。
いつもの家族。
視線の先に。
色がつき始める。




