↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
48/78

合法的、会食

待ち合わせ場所。


 約束の十分前。


「…………」


 早く来すぎました。


 いえ。


 十分なら。


 早すぎるというほどではありません。


 むしろ。


 適切です。


「…………」


 今日は。


 お礼。


 そう。


 お礼です。


 佐伯さんにいただいた。


 アクスタの。


 お礼。


 決して。


 デートではありません。


「…………」


 デート。


「違います」


「何がですか?」


「ひゃっ!」


 振り返る。


「佐伯さん!?」


「はい」


「いつからいました!?」


「今来たところですけど」


「…………」


 危険です。


 非常に危険です。


「何かありました?」


「ありません」


「そうですか?」


「はい」


 今日は。


 絶対に。


 変なことは考えません。



◇



「わぁ……」


 目の前に置かれた。


 ふわふわのオムライス。


「美味しそうです」


「水瀬さん、ずっとそれ食べたかったんですよね?」


「はい!」


 SNSで見つけてから。


 ずっと気になっていました。


 そして。


 佐伯さんの前には。


 大きなハンバーグ。


「…………」


「どうしました?」


「いえ」


「ハンバーグ見てません?」


「……見てません」


「見てましたよ」


「…………」


 見ていました。


「一口食べます?」


「いいんですか?」


「もちろん」


「では……少しだけ」


 佐伯さんが。


 ハンバーグを少し切り分ける。


「どうぞ」


「ありがとうございます」


 一口。


「……美味しいです!」


「ですよね」


「ソースも美味しいです」


「水瀬さん、そっちにすればよかったんじゃないですか?」


「オムライスも食べたかったんです」


「欲張りですね」


「…………」


 失礼な。


 すると。


 佐伯さんが私のオムライスを見る。


「じゃあ、俺も一口もらっていいですか?」


「はい。もちろんです」


 オムライスを少し取り分ける。


「どうぞ」


「ありがとうございます」


 佐伯さんが。


 私のオムライスを食べる。


「……うん。美味しい」


「ですよね?」


「はい」


「…………」


 お互いの料理を。


 一口ずつ。


 交換。


「…………」


 ただ。


 それだけです。


 それだけ。


 なのですが。


「…………」


 なんでしょう。


 少しだけ。


 特別なことをしているような。


「水瀬さん?」


「はいっ」


「食べないんですか?」


「食べます!」


 危ない。


 今日は。


 お礼です。


 変なことを考えてはいけません。


「そういえば」


「はい?」


「この前のアクスタ、もう飾りました?」


「もちろんです」


「もう?」


「昨日、大学から帰ってすぐに飾りました」


「早いですね」


「場所を決めるのに時間がかかりました」


「場所?」


「日差しが直接当たらず、朝起きた時にも見えて、机に座った時にも見える位置です」


「…………」


「なんですか?」


「いや」


 佐伯さんが笑う。


「そこまで喜んでもらえたなら、よかったです」


「…………」


 また。


 その言葉。


『なら、よかったです』


 昨日も。


 同じように。


 笑っていました。


「……大切にします」


「はい」


「本当に、ありがとうございました」


「どういたしまして」


「だから今日は」


 改めて。


 佐伯さんを見る。


「私がご馳走します」


「え?」


「そのために誘ったんですから」


「いや、それは」


「ダメです」


「まだ何も言ってませんけど」


「佐伯さんが払うのはダメです」


「…………」


「今日は私が払います」


 これは。


 譲りません。


「お礼ですから」


「……分かりました」


 佐伯さんが。


 少し困ったように笑う。


「じゃあ、ごちそうになります」


「はい」


 よし。


 これで。


 お礼は。


 成立です。


 合法。


 誰がなんと言おうと。


 これは。


 お礼です。



◇



「美味しかったですね」


「はい」


 お店を出る。


 お腹もいっぱい。


 お礼も。


 無事に完了。


「ごちそうさまでした」


「いえ。こちらこそ、ありがとうございました」


 これで。


 本日の目的は。


 達成です。


「…………」


「…………」


 さて。


「…………」


 どうしましょう。


 お礼は終わりました。


 つまり。


 ここで。


 解散。


「水瀬さん」


「はい?」


「このあと、何か予定あります?」


「…………」


 ありません。


 何も。


「ありませんけど」


「俺もないんですよね」


「…………」


 それは。


 どういう。


「少し歩きません?」


「……はい」


 即答。


「…………」


 いえ。


 普通です。


 予定がない者同士。


 少し歩く。


 何も。


 おかしくありません。


 合法です。


「水瀬さん?」


「はい?」


「なんか笑ってません?」


「笑ってません」


「そうですか?」


「はい」


 危ない。


 合法という言葉が。


 便利になってきました。



◇



「あ」


 佐伯さんが足を止める。


「どうしました?」


「あそこ」


 視線の先。


 大きな看板。


「バッティングセンター……?」


「水瀬さん、行ったことあります?」


「ありません」


「一回も?」


「はい」


「じゃあ」


 佐伯さんが。


 少し笑う。


「寄ってみます?」


「…………」


 バッティングセンター。


 今日の予定には。


 ありません。


 もちろん。


 お礼にも。


 関係ありません。


「……行きます」


 それでも。


 答えは。


 すぐに出ました。



◇



 カキーン!


「おお……」


 白いボールが。


 綺麗に飛んでいく。


 カキーン!


「すごい」


「いや、そんなでもないですよ」


 カキーン!


「そんなでもあります」


「あります?」


「あります」


 佐伯さん。


 意外と。


 上手です。


「水瀬さんもやります?」


「私ですか?」


「せっかく来たんですから」


「…………」


 バットを見る。


 飛んでくるボールを見る。


「できます」


「お」


「見ていてください」


「はい」


 バットを構える。


 機械が動く。


 来ます。


「……えいっ!」


 ブンッ。


「…………」


 空振り。


 もう一球。


「えいっ!」


 ブンッ。


「…………」


 もう一球。


「っ!」


 ブンッ。


「…………」


 当たりません。


「水瀬さん」


「はい」


「もう少し脇締めた方がいいかも」


「脇?」


「そう。あと、バットをもう少し上に」


「こうですか?」


「もうちょっと」


「こう?」


「そうそう」


「…………」


 分かりません。


 言葉だけでは。


 少し。


 分かりにくいです。


「…………」


 こういう時。


 普通なら。


『ちょっと貸してください』


 佐伯さんが。


 後ろから。


 私の手に。


 そっと。


 自分の手を重ねて。


『こうです』


「…………」


 近い。


 これは。


 近いです。


 背中に。


 佐伯さんの――


「水瀬さん?」


「はいっ!」


「右足、もう少し開いて」


「…………」


 現実。


 佐伯さん。


 離れています。


「そうそう。そのくらい」


「…………」


「次、来ますよ」


「…………」


 待つ。


「…………」


 来ません。


「……あれ」


「はい?」


「来ません」


「え?」


 佐伯さんが。


 投球口を見る。


「いや、来ますよ」


「…………」


「ほら」


 ボールが。


 飛んできた。


「違います!」


「え?」


「なんでもありません!」


 ブンッ!


「…………」


 空振り。


 違います。


 ボールでは。


 ありません。


 もう。


「もう一回やります」


「まだやるんですか?」


「当たるまでです」


「負けず嫌いですね」


「違います」


「じゃあ何です?」


「…………」


 意地です。


「同じでは?」


「違います」


 百円玉を入れる。


 もう一度。


 バットを構える。


「脇締めて」


「はい」


「右足、もう少し開いて」


「はい」


「ボールを最後まで見て」


「はい」


 来る。


「…………っ!」


 ブンッ!


 カッ。


「!」


「当たった!」


「当たりました!」


 前に。


 転がりました。


「…………」


「…………」


「当たりました」


「当たりましたね」


「前に飛びました」


「転がりましたけどね」


「前です」


「はい」


「飛びました」


「転がりました」


「…………」


 佐伯さんが笑う。


「でも、ちゃんと当たりましたね」


「はい!」


 やりました。


 ホームランではありません。


 綺麗なヒットでもありません。


 でも。


 当たりました。


「佐伯さん」


「はい?」


「もう一回です」


「え?」


「今度は飛ばします」


「まだやるんですか?」


「当然です」


 ここまで来たら。


 引けません。



◇



「……腕が」


「大丈夫ですか?」


「重いです」


「やりすぎですよ」


「誰のせいですか」


「俺ですか?」


「佐伯さんが連れてきました」


「自分で何回も追加してたじゃないですか」


「…………」


 それは。


 そうですが。


 結局。


 綺麗に飛んだのは。


 一球だけ。


 それでも。


 満足です。


「でも」


「はい?」


「楽しかったです」


「それならよかった」


「はい」


 並んで歩く。


 さっきより。


 空が暗くなっている。


「…………」


 気づけば。


 随分長く。


 一緒にいました。


 洋食屋さんへ行って。


 お礼をして。


 それで。


 終わるはずだったのに。


「水瀬さん」


「はい?」


「また行きましょう」


「バッティングセンターですか?」


「それもいいですけど」


「?」


「こういうの」


「…………」


 こういうの。


 それは。


 どういう。


「また何か行きたいところあったら、誘ってください」


「…………」


「俺からでもいいですけど」


「…………はい」


 また。


 ある。


 今日の。


 続きが。


「佐伯さん」


「はい?」


「では」


 少しだけ。


 勇気を出す。


「今度は、佐伯さんからお願いします」


「分かりました」


 すぐに。


 返ってきた。


「探しておきます」


「はい」


 その言葉だけで。


 少し。


 嬉しくなる。


 今日。


 私が誘ったから。


 できた時間。


 お礼が終わっても。


 続いた時間。


 恋愛経験ゼロ。


 妄想の中では恋愛無双。


 今日は。


 お礼。


 そのはずでした。


 でも。


 お礼が終わっても。


 帰りたくないと。


 思ってしまいました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。