合法的、会食
待ち合わせ場所。
約束の十分前。
「…………」
早く来すぎました。
いえ。
十分なら。
早すぎるというほどではありません。
むしろ。
適切です。
「…………」
今日は。
お礼。
そう。
お礼です。
佐伯さんにいただいた。
アクスタの。
お礼。
決して。
デートではありません。
「…………」
デート。
「違います」
「何がですか?」
「ひゃっ!」
振り返る。
「佐伯さん!?」
「はい」
「いつからいました!?」
「今来たところですけど」
「…………」
危険です。
非常に危険です。
「何かありました?」
「ありません」
「そうですか?」
「はい」
今日は。
絶対に。
変なことは考えません。
◇
「わぁ……」
目の前に置かれた。
ふわふわのオムライス。
「美味しそうです」
「水瀬さん、ずっとそれ食べたかったんですよね?」
「はい!」
SNSで見つけてから。
ずっと気になっていました。
そして。
佐伯さんの前には。
大きなハンバーグ。
「…………」
「どうしました?」
「いえ」
「ハンバーグ見てません?」
「……見てません」
「見てましたよ」
「…………」
見ていました。
「一口食べます?」
「いいんですか?」
「もちろん」
「では……少しだけ」
佐伯さんが。
ハンバーグを少し切り分ける。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
一口。
「……美味しいです!」
「ですよね」
「ソースも美味しいです」
「水瀬さん、そっちにすればよかったんじゃないですか?」
「オムライスも食べたかったんです」
「欲張りですね」
「…………」
失礼な。
すると。
佐伯さんが私のオムライスを見る。
「じゃあ、俺も一口もらっていいですか?」
「はい。もちろんです」
オムライスを少し取り分ける。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
佐伯さんが。
私のオムライスを食べる。
「……うん。美味しい」
「ですよね?」
「はい」
「…………」
お互いの料理を。
一口ずつ。
交換。
「…………」
ただ。
それだけです。
それだけ。
なのですが。
「…………」
なんでしょう。
少しだけ。
特別なことをしているような。
「水瀬さん?」
「はいっ」
「食べないんですか?」
「食べます!」
危ない。
今日は。
お礼です。
変なことを考えてはいけません。
「そういえば」
「はい?」
「この前のアクスタ、もう飾りました?」
「もちろんです」
「もう?」
「昨日、大学から帰ってすぐに飾りました」
「早いですね」
「場所を決めるのに時間がかかりました」
「場所?」
「日差しが直接当たらず、朝起きた時にも見えて、机に座った時にも見える位置です」
「…………」
「なんですか?」
「いや」
佐伯さんが笑う。
「そこまで喜んでもらえたなら、よかったです」
「…………」
また。
その言葉。
『なら、よかったです』
昨日も。
同じように。
笑っていました。
「……大切にします」
「はい」
「本当に、ありがとうございました」
「どういたしまして」
「だから今日は」
改めて。
佐伯さんを見る。
「私がご馳走します」
「え?」
「そのために誘ったんですから」
「いや、それは」
「ダメです」
「まだ何も言ってませんけど」
「佐伯さんが払うのはダメです」
「…………」
「今日は私が払います」
これは。
譲りません。
「お礼ですから」
「……分かりました」
佐伯さんが。
少し困ったように笑う。
「じゃあ、ごちそうになります」
「はい」
よし。
これで。
お礼は。
成立です。
合法。
誰がなんと言おうと。
これは。
お礼です。
◇
「美味しかったですね」
「はい」
お店を出る。
お腹もいっぱい。
お礼も。
無事に完了。
「ごちそうさまでした」
「いえ。こちらこそ、ありがとうございました」
これで。
本日の目的は。
達成です。
「…………」
「…………」
さて。
「…………」
どうしましょう。
お礼は終わりました。
つまり。
ここで。
解散。
「水瀬さん」
「はい?」
「このあと、何か予定あります?」
「…………」
ありません。
何も。
「ありませんけど」
「俺もないんですよね」
「…………」
それは。
どういう。
「少し歩きません?」
「……はい」
即答。
「…………」
いえ。
普通です。
予定がない者同士。
少し歩く。
何も。
おかしくありません。
合法です。
「水瀬さん?」
「はい?」
「なんか笑ってません?」
「笑ってません」
「そうですか?」
「はい」
危ない。
合法という言葉が。
便利になってきました。
◇
「あ」
佐伯さんが足を止める。
「どうしました?」
「あそこ」
視線の先。
大きな看板。
「バッティングセンター……?」
「水瀬さん、行ったことあります?」
「ありません」
「一回も?」
「はい」
「じゃあ」
佐伯さんが。
少し笑う。
「寄ってみます?」
「…………」
バッティングセンター。
今日の予定には。
ありません。
もちろん。
お礼にも。
関係ありません。
「……行きます」
それでも。
答えは。
すぐに出ました。
◇
カキーン!
「おお……」
白いボールが。
綺麗に飛んでいく。
カキーン!
「すごい」
「いや、そんなでもないですよ」
カキーン!
「そんなでもあります」
「あります?」
「あります」
佐伯さん。
意外と。
上手です。
「水瀬さんもやります?」
「私ですか?」
「せっかく来たんですから」
「…………」
バットを見る。
飛んでくるボールを見る。
「できます」
「お」
「見ていてください」
「はい」
バットを構える。
機械が動く。
来ます。
「……えいっ!」
ブンッ。
「…………」
空振り。
もう一球。
「えいっ!」
ブンッ。
「…………」
もう一球。
「っ!」
ブンッ。
「…………」
当たりません。
「水瀬さん」
「はい」
「もう少し脇締めた方がいいかも」
「脇?」
「そう。あと、バットをもう少し上に」
「こうですか?」
「もうちょっと」
「こう?」
「そうそう」
「…………」
分かりません。
言葉だけでは。
少し。
分かりにくいです。
「…………」
こういう時。
普通なら。
『ちょっと貸してください』
佐伯さんが。
後ろから。
私の手に。
そっと。
自分の手を重ねて。
『こうです』
「…………」
近い。
これは。
近いです。
背中に。
佐伯さんの――
「水瀬さん?」
「はいっ!」
「右足、もう少し開いて」
「…………」
現実。
佐伯さん。
離れています。
「そうそう。そのくらい」
「…………」
「次、来ますよ」
「…………」
待つ。
「…………」
来ません。
「……あれ」
「はい?」
「来ません」
「え?」
佐伯さんが。
投球口を見る。
「いや、来ますよ」
「…………」
「ほら」
ボールが。
飛んできた。
「違います!」
「え?」
「なんでもありません!」
ブンッ!
「…………」
空振り。
違います。
ボールでは。
ありません。
もう。
「もう一回やります」
「まだやるんですか?」
「当たるまでです」
「負けず嫌いですね」
「違います」
「じゃあ何です?」
「…………」
意地です。
「同じでは?」
「違います」
百円玉を入れる。
もう一度。
バットを構える。
「脇締めて」
「はい」
「右足、もう少し開いて」
「はい」
「ボールを最後まで見て」
「はい」
来る。
「…………っ!」
ブンッ!
カッ。
「!」
「当たった!」
「当たりました!」
前に。
転がりました。
「…………」
「…………」
「当たりました」
「当たりましたね」
「前に飛びました」
「転がりましたけどね」
「前です」
「はい」
「飛びました」
「転がりました」
「…………」
佐伯さんが笑う。
「でも、ちゃんと当たりましたね」
「はい!」
やりました。
ホームランではありません。
綺麗なヒットでもありません。
でも。
当たりました。
「佐伯さん」
「はい?」
「もう一回です」
「え?」
「今度は飛ばします」
「まだやるんですか?」
「当然です」
ここまで来たら。
引けません。
◇
「……腕が」
「大丈夫ですか?」
「重いです」
「やりすぎですよ」
「誰のせいですか」
「俺ですか?」
「佐伯さんが連れてきました」
「自分で何回も追加してたじゃないですか」
「…………」
それは。
そうですが。
結局。
綺麗に飛んだのは。
一球だけ。
それでも。
満足です。
「でも」
「はい?」
「楽しかったです」
「それならよかった」
「はい」
並んで歩く。
さっきより。
空が暗くなっている。
「…………」
気づけば。
随分長く。
一緒にいました。
洋食屋さんへ行って。
お礼をして。
それで。
終わるはずだったのに。
「水瀬さん」
「はい?」
「また行きましょう」
「バッティングセンターですか?」
「それもいいですけど」
「?」
「こういうの」
「…………」
こういうの。
それは。
どういう。
「また何か行きたいところあったら、誘ってください」
「…………」
「俺からでもいいですけど」
「…………はい」
また。
ある。
今日の。
続きが。
「佐伯さん」
「はい?」
「では」
少しだけ。
勇気を出す。
「今度は、佐伯さんからお願いします」
「分かりました」
すぐに。
返ってきた。
「探しておきます」
「はい」
その言葉だけで。
少し。
嬉しくなる。
今日。
私が誘ったから。
できた時間。
お礼が終わっても。
続いた時間。
恋愛経験ゼロ。
妄想の中では恋愛無双。
今日は。
お礼。
そのはずでした。
でも。
お礼が終わっても。
帰りたくないと。
思ってしまいました。




