止まぬ、警報音
◇
翌朝。
いつもの。
石段。
「おはようございます」
「おはようございます」
昨日も。
会った。
昨日は。
一日。
一緒にいた。
なのに。
「…………」
少し。
違う。
いつもの。
朝。
「昨日」
「はい」
同時に。
声が。
重なった。
「…………」
「…………」
「水瀬さんからどうぞ」
「いえ、佐伯さんから」
「いや」
「どうぞ」
「…………」
昨日まで。
こんなこと。
なかったのに。
「じゃあ」
「はい」
「昨日、ありがとうございました」
「…………」
先に。
言われました。
「こちらこそ、ありがとうございました」
「楽しかったです」
「…………」
「俺」
「…………」
また。
です。
何気なく。
そういうことを。
先に。
言う。
「私も」
「はい」
「楽しかったです」
「よかった」
「…………」
笑う。
佐伯さん。
「…………」
昨日。
別れた時。
もう少し。
時間が。
続いてほしいと。
思った。
でも。
こうして。
また。
会えた。
「…………」
それだけで。
少し。
嬉しい。
「そういえば」
「はい?」
「昨日の」
「…………」
嫌な。
予感。
「ゲームセンター」
「忘れてください」
「まだ何も言ってないですよ」
「忘れてください」
「無理ですって」
「…………」
朝から。
その話を。
する必要は。
ありません。
「あれ」
「はい」
「そんなに珍しいものだったんですね」
「…………」
「昨日、帰りながら聞いてて」
「はい」
「思ってたより、すごいものだったんだなって」
「…………」
佐伯さんには。
価値など。
分からないと。
思っていました。
いえ。
今も。
きっと。
分かっては。
いない。
「限定ですから」
「はい」
「通常販売もありません」
「聞きました」
「再販も未定です」
「それも聞きました」
「…………」
覚えている。
「でも」
「はい?」
「まあ」
少し。
間。
「水瀬さんが楽しそうだったんで」
「…………」
「見てるのは面白かったです」
「…………」
「忘れてください」
「そこに戻るんですね」
「忘れてください」
「無理です」
「…………」
やはり。
あれだけは。
失敗でした。
「じゃあ、俺そろそろ行きます」
「はい」
「また」
「はい」
「…………」
また。
「佐伯さん」
「はい?」
「昨日」
「はい」
「本当に、楽しかったです」
「…………」
「また」
口に。
出してから。
気づく。
「…………」
また?
「また?」
「…………!」
佐伯さんが。
聞き返す。
「いえ」
「…………」
「その」
何を。
言おうと。
したのでしょう。
「また」
「はい」
「…………」
行けたら。
「…………」
「また、行きましょう」
「…………」
先に。
言われた。
「はい」
「じゃあ」
「はい」
「また明日」
「また明日」
佐伯さんが。
石段を。
下りていく。
「…………」
また。
行きましょう。
「…………」
次は。
どこへ。
行くのでしょう。
「…………」
いけません。
また。
考え始めています。
◇
大学。
「…………」
また。
行きましょう。
「…………」
今朝の。
佐伯さんの。
言葉。
思い出すだけで。
緩む頬。
「…………」
いけません。
講義に。
集中。
です。
「水瀬さん」
「はい!」
「先ほど説明した部分ですが」
「はい」
「どういう意味か分かりますか?」
「…………」
意味。
「答えてみてください」
「はい」
立ち上がる。
「…………」
答え。
「また、行きましょう」
「…………」
「…………」
静かな。
教室。
先生が。
こちらを。
見ている。
「…………」
え。
「水瀬さん?」
「…………!」
今。
私。
何と。
「す、すみません!」
「大丈夫ですか?」
「はい!」
「では、もう一度お願いします」
「…………」
無理です。
何も。
聞いて。
おりませんでした。
◇
午後。
いつもの。
カフェ。
井上さんとの。
会話を終え。
俺も。
仕事に。
戻る。
グラスを。
下げる。
皿を。
重ねる。
いつもの。
仕事。
いつもの。
店内。
「…………」
なのに。
今日は。
少し。
違う。
昨日。
一日。
水瀬さんと。
一緒にいた。
俺の。
大切な場所。
いつもの。
定食屋。
アーケード。
ゲームセンター。
「…………」
楽しかった。
思っていたより。
ずっと。
そして。
今朝。
また。
会った。
『また、行きましょう』
「…………」
自分から。
言った。
考えて。
用意していた。
言葉じゃない。
自然に。
出た。
また。
行きたいと。
思ったから。
「…………」
水瀬さんと。
また。
「…………」
昨日。
あれだけ。
一緒にいた。
今朝も。
会った。
それなのに。
もう。
次のことを。
考えている。
「…………」
俺。
こんなだったっけ。
手元の。
グラス。
「…………」
また。
止まっていた。
「湊」
「はい?」
「それ、いつまで持ってる」
「…………」
「あ」
グラスを。
置く。
「すみません」
「珍しいな」
「何がです?」
「お前が仕事中にぼーっとするの」
「…………」
「してました?」
「してた」
「すみません」
「別にいいけど」
マスターが。
カップを。
拭く。
「なんかあったか?」
「…………」
なんか。
「昨日」
「うん」
「出かけてたんです」
「へえ」
「…………」
それだけ。
言って。
グラスを。
片付ける。
「楽しかったか?」
「…………」
「なんでです?」
「聞いただけ」
「…………」
楽しかった。
それは。
間違いない。
「まあ」
「うん」
「楽しかったです」
「そっか」
それだけ。
言って。
マスターは。
また。
カップを。
拭く。
「…………」
何も。
聞かない。
「…………」
逆に。
話しづらい。
「マスター」
「ん?」
「クレーンゲームって」
「…………」
手が。
止まる。
「何だ、急に」
「詳しいですか?」
「まあな」
「…………」
えっ?
「何だよ」
「いや」
「聞いたのお前だろ」
「そうですけど」
「…………」
意外。
あまりにも。
意外。
「やるんですか?」
「やるよ」
「…………」
「何だ、その顔」
「すみません」
「失礼だな」
「いや、だって」
「だって?」
「…………」
想像。
できない。
「結構やるんですか?」
「まあ、たまにな」
「一人で?」
「一人で」
「…………」
さらに。
想像。
できない。
「何だよ」
「いえ」
「趣味なんて人それぞれだろ」
「それは、そうですけど」
「で?」
「はい?」
「なんで急にクレーンゲームなんだ」
「…………」
昨日。
「一緒にいた人が」
「うん」
「やってたんです」
「何を?」
「アイドルのグッズみたいな」
「へえ」
「限定らしくて」
「うん」
「三千円くらい使って」
「…………」
「取れなくて」
「結構使ったな」
「はい」
かなり。
使っていた。
「どんなやつ?」
「どんな?」
「景品」
「…………」
思い出す。
「これくらいの」
手で。
大きさを。
作る。
「四角いやつで」
「アクスタ?」
「…………」
「何ですか、それ」
「アクリルスタンド」
「…………」
知ってる。
「多分、それです」
「多分かよ」
「俺、興味ないんで」
「ふーん」
「…………」
本当に。
価値は。
分からない。
でも。
水瀬さんが。
どれだけ。
欲しかったのかは。
分かる。
「最後は?」
「はい?」
「どこまでいった?」
「出口のすぐ近くです」
「落ちそうだった?」
「多分」
「置き方は?」
「…………」
「普通です」
「普通じゃ分からん」
「俺も分からないです」
「写真は?」
「撮ってません」
「じゃあ、何とも言えんな」
「…………」
ですよね。
マスターが。
少し。
考える。
「でも」
「はい」
「三千円使ってそこまで動かしたなら」
「…………」
「やり方次第じゃ、取れたかもな」
「…………」
取れた。
かも。
「やり方って?」
「景品による」
「はい」
「掴もうとするだけじゃ取れないのも多い」
「…………」
「押したり」
「はい」
「ずらしたり」
「はい」
「引っ掛けたり」
「…………」
そんな。
やり方が。
あるのか。
「昨日、その人」
「はい」
「ずっと掴もうとしてた?」
「…………」
思い出す。
何度も。
アームを。
景品の上へ。
「多分」
「じゃあ、沼ったかもな」
「…………」
沼。
「三千円」
「まあ、勉強代だな」
「…………」
本人には。
絶対。
言えない。
「マスターなら」
「ん?」
「取れます?」
「…………」
「見ないと分からん」
「ですよね」
「でも」
「はい」
「取れそうなら取る」
「…………」
さらっと。
言った。
「そんな簡単に?」
「簡単とは言ってない」
「…………」
「ただ」
マスターが。
笑う。
「三千円使う前には、店員呼ぶ」
「…………」
「なるほど」
水瀬さん。
三千円。
全力。
投入。
店員。
ゼロ。
「…………」
「湊」
「はい?」
「今、誰か思い浮かべただろ」
「…………」
「別に」
「そうか」
「はい」
「ならいいけど」
「…………」
カップを。
拭きながら。
マスターが。
続ける。
「取りたいなら」
「…………」
「まず、見てこい」
「見る?」
「まだ残ってるかも分からないんだろ」
「はい」
「置き方も分からない」
「はい」
「だったら、見なきゃ始まらん」
「…………」
見に。
行く。
「別に」
「うん」
「俺が取りたいわけじゃないです」
「そうか」
「はい」
「じゃあ、行かなくていいな」
「…………」
「…………」
マスターが。
何事もなかったように。
カップを。
棚へ戻す。
「…………」
なんか。
腹立つ。
「何時まででしたっけ」
「何が?」
「ゲームセンター」
「知らん」
「…………」
絶対。
分かってる。
この人。
◇
午後六時。
バイトを。
終える。
店を。
出る。
「…………」
帰り道。
少しだけ。
遠回り。
する。
だけ。
アーケード。
昨日。
水瀬さんと。
歩いた道。
「…………」
ゲームセンター。
店内へ。
入る。
昨日の。
筐体。
確か。
奥。
「…………」
あった。
近づく。
「…………」
景品も。
ある。
まだ。
残っていた。
「…………」
これ。
だったよな。
水瀬さんが。
欲しがっていた。
限定。
グッズ。
筐体の。
前へ。
「…………」
そして。
気づく。
小さな。
表示。
『残り1個』
「…………」
最後の。
一個。
一昨日。
取れなくて。
何度も。
振り返っていた。
あの顔が。
ずっと。
引っかかっていた。
「…………」
◇
翌朝。
いつもの。
神社。
「おはようございます」
「おはようございます」
佐伯さんが。
石段を。
上がってくる。
「今日は少し早いですね」
「そうですか?」
「はい」
「たまたまです」
「…………」
たまたま。
いつもの。
朝。
『また、行きましょう』
そう。
言ってくれた。
佐伯さん。
「…………」
思い出すだけで。
緩む頬。
「…………」
「水瀬さん」
「はい」
「そういえば」
「はい?」
佐伯さんが。
バッグに。
手を入れる。
「これ」
小さな。
袋。
私に。
差し出される。
「…………」
「私に、ですか?」
「はい」
「何でしょう」
「開けてみてください」
「…………」
受け取る。
袋の。
中。
「…………」
え。
「…………!」
手を。
入れる。
取り出す。
「…………」
嘘。
一昨日。
あれだけ。
追いかけて。
それでも。
届かなかった。
推しの。
限定。
アクリルスタンド。
「…………」
「佐伯さん」
「はい」
「これ……」
「昨日、バイトの帰りに寄ったんです」
「…………」
「まだ残ってたんで」
「…………」
「取ってきました」
「…………」
待って。
ください。
「取ったんですか?」
「はい」
「佐伯さんが?」
「はい」
「お一人で?」
「一人ですけど」
「…………」
一昨日。
私が。
あれほど。
欲しがっていたもの。
それを。
覚えていて。
昨日。
バイトの帰りに。
一人で。
取りに行ってくれた。
「…………」
この人は。
どうして。
こう。
何でもないことの。
ように。
私の。
想像を。
越えてくるのでしょう。
「…………」
手の中。
一昨日まで。
あれほど。
欲しかった。
推し。
「…………」
なのに。
今。
見てしまうのは。
推しではなく。
目の前の。
佐伯さん。
「…………」
非常事態です。
「水瀬さん?」
「はい」
「気に入りませんでした?」
「…………!」
「違います!」
思わず。
大きな声。
「ものすごく」
「はい」
「ものすごく、嬉しいです」
「よかった」
「…………」
また。
それだけ。
「佐伯さん」
「はい」
「本当に、いただいていいんですか?」
「もちろん」
「…………」
手の中。
推し。
限定。
アクリルスタンド。
「ありがとうございます」
「はい」
「大切にします」
「そんなに?」
「そんなにです」
「…………」
佐伯さんが。
笑う。
「じゃあ、取ってよかったです」
「…………」
取って。
よかった。
「…………」
いけません。
また。
頬が。
「…………」
「水瀬さん」
「はい」
「今日、なんかずっと笑ってません?」
「…………」
「気のせいです」
「そうですか?」
「そうです」
「…………」
気のせいでは。
ありません。
『また、行きましょう』
そして。
手の中の。
プレゼント。
「…………」
今日は。
朝から。
供給が。
多すぎます。
「じゃあ、俺そろそろ行きます」
「はい」
佐伯さんが。
石段へ。
向かう。
「あ」
「はい?」
「佐伯さん」
「何ですか?」
「…………」
もう一度。
手の中を見る。
「本当に」
「はい」
「ありがとうございます」
「…………」
「すごく、嬉しいです」
「…………」
佐伯さんが。
少し。
目を。
逸らした。
「なら」
「はい」
「よかったです」
「…………」
今度は。
佐伯さんの。
頬が。
少し。
緩んだ。
「じゃあ、また明日」
「はい」
「また明日」
石段を。
下りていく。
その背中。
見えなくなるまで。
見送る。
「…………」
手の中。
推し。
目で。
追うのは。
佐伯さん。
「…………」
やはり。
非常事態です。
◇
恋愛経験ゼロ。
妄想の中では恋愛無双。
一度は。
諦めた。
だからこそ。
余計に……。
でも。
今。
想うのは。
手の中ではなく。
視線の先でした。




