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45/76

垣間見た、テリトリー

◇


並んで。


歩く。


行き先は。


決まっていない。


ただ。


佐伯さんと。


街を。


歩く。


「…………」


昨日の。


私なら。


きっと。


不安だった。


次は。


どこへ。


行くのか。


何を。


するのか。


考えて。


考えて。


また。


答えを。


探していた。


でも。


今は。


「水瀬さん」


「はい」


「こっち行きます?」


「はい」


それだけ。


「…………」


楽しい。


ただ。


隣を。


歩いている。


それだけなのに。


「…………」


これが。


デート。


「…………!」


違います。


お詫び。


でした。


危険です。


完全に。


忘れるところでした。


「水瀬さん?」


「何でもありません」


「今日、それ多くないですか?」


「気のせいです」


「そうかな」


「そうです」


「…………」


佐伯さんが。


笑う。


私も。


少しだけ。


笑った。


その時。


『――待望のニューシングル!』


「…………!」


聞き覚えのある。


声。


反射的に。


顔を。


上げる。


アーケードの。


大型ビジョン。


そこに。


映っていたのは。


「…………」


推し。


「水瀬さん?」


「…………」


新曲。


衣装。


笑顔。


「水瀬さん?」


「少々お待ちください」


「え?」


今は。


話しかけないで。


ください。


『そして今回、ニューシングルのリリースを記念して――』


「…………」


記念して。


『対象ゲームセンターとのコラボが決定!』


「…………!」


ゲーム。


センター。


『ここでしか手に入らない数量限定グッズが登場します!』


「…………」


数量。


限定。


「…………」


数量。


限定。


「水瀬さん?」


「佐伯さん」


「はい」


「あちらです」


「え?」


指を。


差す。


アーケードの。


少し先。


ゲームセンター。


「行きます」


「今?」


「今です」


「…………」


「急ぎます」


「ちょ、水瀬さん?」


歩く。


早く。


「…………」


いえ。


間に合わない。


少し。


早歩き。


「水瀬さん、速いですって」


「数量限定です」


「それは聞きました」


「急がなければ」


「そんなすぐなくなるんですか?」


「分かりません」


「分からないんだ」


だからこそ。


急ぐのです。


◇


ゲームセンター。


入った。


瞬間。


「両替機」


「え?」


「佐伯さん、少々お待ちください」


「はい?」


財布から。


千円札。


取り出す。


両替機へ。


「…………」


百円玉。


十枚。


確認。


「よし」


「早いですね」


「何がでしょう」


「まだ景品も見てないですよね?」


「あります」


「え?」


「先ほど、ビジョンで確認しました」


「…………」


準備は。


大切です。


「こちらです」


「もう場所分かるんですか?」


「案内が出ています」


「…………」


歩く。


少し。


奥。


「…………!」


ありました。


クレーンゲーム。


その中。


推し。


限定。


グッズ。


「これですか?」


「はい」


「…………」


しかし。


筐体の前。


先客。


「やってますね」


「はい」


並びます。


「…………」


「ここで?」


「はい」


「終わるまで?」


「はい」


「…………」


「数量限定です」


「それ、今日何回目ですか?」


知りません。


先客が。


挑戦する。


一回。


二回。


三回。


「…………」


動いています。


まずい。


「取れそうですね」


「佐伯さん」


「はい?」


「今は応援しないでください」


「知らない人ですよ?」


「存じています」


「…………」


先客が。


もう一度。


挑戦。


景品が。


少し。


動く。


「惜しい」


「…………」


佐伯さん。


「はい」


「心の中でお願いします」


「応援してないですって」


「…………」


やがて。


先客が。


手を止める。


筐体を見る。


そして。


離れた。


「…………!」


空いた。


「行きます」


「はい」


筐体の前。


「…………」


推し。


待っていて。


ください。


百円玉。


一枚。


入れる。


狙う。


「…………」


ここ。


ボタン。


アームが。


動く。


下りる。


掴む。


「…………!」


上がる。


落ちる。


「…………」


少し。


動きました。


「惜しいですね」


「はい」


もう一枚。


「…………」


今度は。


こちら。


下りる。


「…………」


動いた。


「さっきよりいいんじゃないですか?」


「はい」


いけます。


もう一枚。


もう一枚。


もう。


一枚。


「…………」


動く。


少しずつ。


確実に。


近づいている。


「水瀬さん」


「はい」


「結構使ってません?」


「必要経費です」


「必要経費」


もう一枚。


「…………」


あと。


少し。


もう一枚。


「…………」


まだ。


もう一枚。


「…………」


財布。


「…………」


ない。


「水瀬さん?」


「使い切りました」


「千円?」


「はい」


「…………」


筐体を見る。


最初より。


明らかに。


動いている。


ここで。


離れる。


「…………」


無理です。


「佐伯さん」


「はい」


「お願いがあります」


「なんでしょう」


「ここを」


筐体を。


指す。


「守っていてください」


「…………」


「両替してきます」


「また?」


「ここまで動かして」


「はい」


「次の方に取られたら」


「…………」


「私は、立ち直れません」


「そんなに?」


「そんなにです」


「分かりました」


「絶対にお願いします」


「いますよ」


「誰か来たら」


「並んでもらいます」


「お願いします」


「はい」


「絶対に」


「早く両替してきてください」


「行ってきます」


再び。


両替機へ。


「…………」


あと。


少し。


今度こそ。


絶対に。


◇


「お待たせしました」


「早かったですね」


「はい」


「誰も来てませんよ」


「ありがとうございます」


無事。


です。


「…………」


推しも。


無事。


「じゃあ、続きですね」


「はい」


二千円目。


百円玉。


一枚。


入れる。


「…………」


ここ。


アームが。


下りる。


「…………!」


動いた。


「お」


「今のは」


「結構いきましたね」


「はい」


いけます。


やはり。


いけます。


もう一枚。


「…………」


少し。


もう一枚。


「…………」


さらに。


少し。


「…………」


あと。


少し。


「水瀬さん」


「はい」


「さっきからずっと、あと少しって言ってません?」


「言っていません」


「言ってますよ」


「気のせいです」


「そうかな」


そうです。


もう一枚。


「…………」


動かない。


「今のは」


「…………」


「水瀬さん?」


「百円を」


「はい」


「失いました」


「…………」


失ったわけでは。


ありません。


推しのために。


使ったのです。


「…………」


もう一枚。


「お」


「動きました!」


「今度は本当に結構動きましたね」


「はい!」


「…………」


佐伯さんが。


少し。


驚いた顔を。


している。


「何でしょう」


「いや」


「はい」


「そんな大きい声、出すんだなって」


「…………」


出します。


推しが。


動いたのですから。


「…………」


いえ。


景品が。


動いたのです。


「水瀬さん」


「はい」


「楽しそうですね」


「…………」


楽しい。


のでしょうか。


「真剣です」


「真剣なのは分かります」


「でしたら」


「でも、楽しそうです」


「…………」


もう一枚。


「誤魔化した」


「集中しています」


「はいはい」


「…………」


アーム。


下りる。


掴む。


上がる。


「…………!」


落ちる。


「…………」


惜しい。


本当に。


あと。


少し。


「これ、取れたらどうするんです?」


「どうする?」


「飾るとか?」


「…………」


何を。


言っているのでしょう。


「飾ります」


「はい」


「写真も撮ります」


「はい」


「持ち歩きます」


「持ち歩くんですか?」


「場合によっては」


「…………」


「保管用も欲しいです」


「…………」


佐伯さんが。


黙った。


「何でしょう」


「いや」


「はい」


「一個じゃないんだなって」


「当然です」


「当然なんだ」


「…………」


当然。


です。


「佐伯さん」


「はい」


「推しとは」


「はい」


「そういうものです」


「…………」


「分かりました」


分かって。


いただけたなら。


何よりです。


もう一枚。


「…………」


財布。


「…………」


また。


ない。


「水瀬さん?」


「…………」


「まさか」


「佐伯さん」


「はい」


「お願いできますか」


「…………」


筐体を。


指す。


「ああ」


佐伯さんが。


頷く。


「両替ですね」


「…………」


「ここにいます」


「…………」


素晴らしい。


「ありがとうございます」


「慣れてきました」


「助かります」


三度目の。


両替機。


「…………」


千円札を。


取り出す。


あと。


少し。


本当に。


あと。


少し。


「…………」


戻る。


「お待たせしました」


「はい」


「誰も来ませんでしたか?」


「大丈夫です」


「ありがとうございます」


三千円目。


「…………」


いきます。


一枚。


二枚。


三枚。


「…………」


なぜ。


でしょう。


先ほどより。


動きません。


「水瀬さん」


「はい」


「難しくなってません?」


「…………」


おそらく。


位置が。


変わったから。


「でも、さっきより出口に近いですよね」


「はい」


近い。


だから。


やめられない。


「…………」


もう一枚。


動かない。


もう一枚。


少し。


もう一枚。


「…………!」


「お」


「今です!」


「何が?」


「今の位置です」


「…………」


分かって。


いない。


佐伯さんには。


まだ。


分かっていません。


この。


絶妙な。


位置。


「次で」


「はい」


「いける気がします」


「…………」


百円玉。


投入。


狙う。


慎重に。


右。


少し。


奥。


「…………」


ここ。


押す。


アームが。


下りる。


「…………!」


引っかかる。


持ち上がる。


「お!」


「…………!」


落ちる。


出口。


手前。


「…………」


止まった。


「…………」


「惜しい!」


「…………」


佐伯さん。


「はい?」


「今」


「はい」


「惜しいと」


「言いました」


「…………」


ついに。


「何ですか」


「いえ」


「…………」


仲間が。


増えました。


「いや、俺は別に」


「次、いきます」


「聞いてください」


もう一枚。


「…………」


ここ。


「水瀬さん」


「はい」


「本当に取れそうですね」


「はい」


「…………」


今度こそ。


絶対に。


取ります。


◇


百円玉。


一枚。


「…………」


下りる。


触れる。


動く。


「…………!」


「また惜しい」


「はい」


もう一枚。


「…………」


今度こそ。


下りる。


「…………」


少し。


ずれた。


「今のダメなんですか?」


「ダメです」


「難しいな」


「難しいのです」


もう一枚。


「…………」


もう。


一枚。


「…………」


気づけば。


手の中。


最後の。


百円玉。


「…………」


「最後ですか?」


「はい」


「…………」


佐伯さんまで。


真剣な。


顔。


「いきます」


「はい」


狙う。


右。


少し。


奥。


「…………」


ここ。


ボタンを。


離す。


アーム。


下りる。


景品に。


触れる。


「…………!」


動く。


出口へ。


傾く。


「お!」


「…………!」


落ちる。


「…………」


「…………」


止まった。


「…………」


出口の。


すぐ。


手前。


「うわ」


「…………」


「これは惜しい」


「…………」


惜しい。


なんて。


ものでは。


ありません。


もう。


少し。


あと。


一回。


あれば。


「…………」


財布を。


開く。


「…………」


千円札。


「…………」


ない。


小銭。


「…………」


ない。


「水瀬さん?」


「…………」


別の。


ところ。


「何探してるんです?」


「現金です」


「…………」


ありません。


「使い切ったんですか?」


「…………」


はい。


「三千円?」


「はい」


「…………」


筐体を見る。


出口。


目前。


推し。


「…………」


なぜ。


もっと。


用意して。


こなかったのでしょう。


「水瀬さん?」


「…………」


「大丈夫です?」


「もっと」


「はい?」


「もっと、用意しておくべきでした」


「何を?」


「現金です」


「…………」


佐伯さんが。


笑いを。


堪えている。


「笑っていますか?」


「いや」


「笑っています」


「すみません」


「…………」


私は。


真剣です。


「俺、出しましょうか?」


「…………」


顔を。


上げる。


「まだ小銭ありますよ」


「いけません」


「でも、あと一回くらいで取れそうじゃないですか?」


「いけません」


「…………」


「これは」


「はい」


「私の推しです」


「…………」


「私が欲しくて、やっていることです」


「はい」


「佐伯さんのお金を使うわけにはいきません」


「…………」


「お気持ちだけ、いただきます」


「分かりました」


「ありがとうございます」


「…………」


もう一度。


筐体を見る。


「…………」


近い。


あまりにも。


近い。


「帰れます?」


「…………」


「水瀬さん?」


「少々お待ちください」


「はい」


心の。


整理を。


しています。


「…………」


ここまで。


動かした。


私が。


帰る。


次の。


誰かが。


来る。


一回。


百円。


「…………」


取れる。


「…………!」


「水瀬さん?」


「無理です」


「何が?」


「帰れません」


「え?」


「ここまで動かして」


「はい」


「次の方に取られたら」


「…………」


想像する。


知らない。


誰か。


百円玉。


一枚。


投入。


アーム。


下りる。


推し。


落ちる。


歓喜。


「…………」


無理。


「立ち直れません」


「さっきも言ってましたね」


「先ほどより深刻です」


「…………」


どうする。


どうすれば。


「カードとかは?」


「…………」


カード。


「両替機、現金だけですよね」


「はい」


「ATM行きます?」


「…………」


ATM。


「…………!」


いけません。


「行きません」


「即答」


「これ以上は」


「はい」


「使ってはいけない気がします」


「そこは冷静なんですね」


「当然です」


「…………」


三千円。


十分。


使いました。


これ以上は。


「…………」


でも。


推し。


「…………」


帰りたく。


ありません。


「水瀬さん」


「はい」


「すごい顔してますよ」


「どのような?」


「世界の終わりみたいな」


「…………」


それに。


近いです。


「…………」


筐体を見る。


もう一度。


推しを見る。


「…………」


ごめんなさい。


「行きましょう」


「いいんですか?」


「はい」


「本当に?」


「…………」


はい。


「行きます」


一歩。


離れる。


「…………」


振り返る。


「水瀬さん」


「はい」


「前向いて歩きましょう」


「…………」


もう一歩。


「…………」


振り返る。


「気になるんですね」


「なりません」


「めちゃくちゃ見てますよ」


「…………」


そして。


ゲームセンターを。


出る。


「…………」


私の。


推しが。


遠ざかっていく。


「水瀬さん」


「はい」


「そんなに欲しかったんですね」


「…………」


「はい」


「普通に売ってないんですか?」


「売っていません」


「そうなんだ」


「数量限定です」


「また出た」


「重要です」


「はい」


「さらに」


「まだあるんですか?」


「今回の新曲衣装を使用した限定デザインです」


「へえ」


「通常販売はありません」


「なるほど」


「再販も未定です」


「…………」


「つまり」


「はい」


「非常に希少です」


「…………」


佐伯さんが。


少し。


考える。


「俺には」


「はい」


「正直、あれがどれくらいすごいのか分からないです」


「…………」


でしょうね。


「でも」


「はい」


「水瀬さんが、すごく欲しかったのは分かりました」


「…………」


歩く。


隣を。


「…………」


三千円。


使いましたから。


それは。


伝わったと。


思います。


「今日は」


「はい?」


「色々見られました」


「…………」


「何をでしょう」


「水瀬さんの知らなかったところ」


「…………!」


「推しのことになると、あんな感じなんですね」


「…………」


あんな。


感じ。


「忘れてください」


「無理です」


「佐伯さん」


「だって」


少し。


笑う。


「面白かったんで」


「…………」


最悪です。


初めて。


二人で。


出かけた日に。


見せた姿が。


これ。


「…………」


忘れて。


ください。


本当に。


◇


夕方。


見慣れた。


道。


「…………」


もうすぐ。


家。


「今日は、ありがとうございました」


「いや、こちらこそ」


「佐伯さんの大切な場所も」


「はい」


「定食屋も」


「はい」


「とても楽しかったです」


「よかったです」


「…………」


楽しかった。


口にすると。


改めて。


そう思う。


「あと」


「はい?」


「ゲームセンターは」


「…………」


「忘れてください」


「まだ言ってる」


「お願いします」


「無理です」


「…………」


即答。


「そんなに面白かったですか?」


「面白かったというか」


佐伯さんが。


少し。


考える。


「意外でした」


「…………」


「水瀬さんって、あんなに熱くなるんだなって」


「…………」


最悪です。


「普段、落ち着いてるじゃないですか」


「忘れてください」


「だから無理ですって」


「…………」


消したい。


今日の。


一部だけ。


記憶から。


「でも」


「はい」


「楽しかったですよ」


「…………」


「俺も」


「…………」


俺も。


「…………」


「水瀬さん?」


「はい!」


「また止まった」


「止まっておりません」


「止まってましたよ」


「歩いています」


「今は」


「…………」


危険です。


最後まで。


危険です。


◇


家の。


近く。


「ここで大丈夫です」


「分かりました」


「今日は、本当にありがとうございました」


「こちらこそ」


「…………」


少し。


間。


「じゃあ」


「はい」


「また明日」


「…………」


明日。


いつもの。


神社。


「はい」


「また明日」


佐伯さんが。


歩いていく。


その背中を。


見送る。


「…………」


楽しかった。


大切な場所。


生姜焼き。


何も決めずに。


歩いた。


アーケード。


そして。


「…………」


推し。


「…………」


そこだけ。


悔しい。


非常に。


悔しい。


ですが。


それも。


含めて。


今日。


初めて。


二人で。


出かけた。


一日。


「…………」


お詫び。


です。


あくまで。


お詫び。


「…………」


なのに。


もう少し。


時間が。


続いてほしかった。


◇


帰り道。


「…………」


楽しかった。


思っていたより。


ずっと。


水瀬さんも。


楽しんでくれていた。


たぶん。


「…………」


よかった。


そして。


なぜか。


最後に。


浮かぶ。


ゲームセンター。


筐体の前。


真剣な。


水瀬さん。


『ここまで動かして、次の方に取られたら』


『私は、立ち直れません』


「…………」


そこまで。


欲しいもの。


だったんだな。


「…………」


正直。


俺には。


価値は。


分からない。


名前も。


よく。


分からない。


ただの。


グッズに。


見える。


「…………」


でも。


あんな顔。


するくらい。


欲しかった。


「…………」


なのに。


なぜか。


引っかかる。


あの。


景品。


そして。


取れないまま。


離れた時の。


水瀬さんの。


顔。


◇


恋愛経験ゼロ。


妄想の中では恋愛無双。


大切な場所。


好きな味。


知らなかった。


あなたの領域。


そして。


見せてしまった。


私の領域。


あれだけは。


失敗でした。

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