垣間見た、テリトリー
◇
並んで。
歩く。
行き先は。
決まっていない。
ただ。
佐伯さんと。
街を。
歩く。
「…………」
昨日の。
私なら。
きっと。
不安だった。
次は。
どこへ。
行くのか。
何を。
するのか。
考えて。
考えて。
また。
答えを。
探していた。
でも。
今は。
「水瀬さん」
「はい」
「こっち行きます?」
「はい」
それだけ。
「…………」
楽しい。
ただ。
隣を。
歩いている。
それだけなのに。
「…………」
これが。
デート。
「…………!」
違います。
お詫び。
でした。
危険です。
完全に。
忘れるところでした。
「水瀬さん?」
「何でもありません」
「今日、それ多くないですか?」
「気のせいです」
「そうかな」
「そうです」
「…………」
佐伯さんが。
笑う。
私も。
少しだけ。
笑った。
その時。
『――待望のニューシングル!』
「…………!」
聞き覚えのある。
声。
反射的に。
顔を。
上げる。
アーケードの。
大型ビジョン。
そこに。
映っていたのは。
「…………」
推し。
「水瀬さん?」
「…………」
新曲。
衣装。
笑顔。
「水瀬さん?」
「少々お待ちください」
「え?」
今は。
話しかけないで。
ください。
『そして今回、ニューシングルのリリースを記念して――』
「…………」
記念して。
『対象ゲームセンターとのコラボが決定!』
「…………!」
ゲーム。
センター。
『ここでしか手に入らない数量限定グッズが登場します!』
「…………」
数量。
限定。
「…………」
数量。
限定。
「水瀬さん?」
「佐伯さん」
「はい」
「あちらです」
「え?」
指を。
差す。
アーケードの。
少し先。
ゲームセンター。
「行きます」
「今?」
「今です」
「…………」
「急ぎます」
「ちょ、水瀬さん?」
歩く。
早く。
「…………」
いえ。
間に合わない。
少し。
早歩き。
「水瀬さん、速いですって」
「数量限定です」
「それは聞きました」
「急がなければ」
「そんなすぐなくなるんですか?」
「分かりません」
「分からないんだ」
だからこそ。
急ぐのです。
◇
ゲームセンター。
入った。
瞬間。
「両替機」
「え?」
「佐伯さん、少々お待ちください」
「はい?」
財布から。
千円札。
取り出す。
両替機へ。
「…………」
百円玉。
十枚。
確認。
「よし」
「早いですね」
「何がでしょう」
「まだ景品も見てないですよね?」
「あります」
「え?」
「先ほど、ビジョンで確認しました」
「…………」
準備は。
大切です。
「こちらです」
「もう場所分かるんですか?」
「案内が出ています」
「…………」
歩く。
少し。
奥。
「…………!」
ありました。
クレーンゲーム。
その中。
推し。
限定。
グッズ。
「これですか?」
「はい」
「…………」
しかし。
筐体の前。
先客。
「やってますね」
「はい」
並びます。
「…………」
「ここで?」
「はい」
「終わるまで?」
「はい」
「…………」
「数量限定です」
「それ、今日何回目ですか?」
知りません。
先客が。
挑戦する。
一回。
二回。
三回。
「…………」
動いています。
まずい。
「取れそうですね」
「佐伯さん」
「はい?」
「今は応援しないでください」
「知らない人ですよ?」
「存じています」
「…………」
先客が。
もう一度。
挑戦。
景品が。
少し。
動く。
「惜しい」
「…………」
佐伯さん。
「はい」
「心の中でお願いします」
「応援してないですって」
「…………」
やがて。
先客が。
手を止める。
筐体を見る。
そして。
離れた。
「…………!」
空いた。
「行きます」
「はい」
筐体の前。
「…………」
推し。
待っていて。
ください。
百円玉。
一枚。
入れる。
狙う。
「…………」
ここ。
ボタン。
アームが。
動く。
下りる。
掴む。
「…………!」
上がる。
落ちる。
「…………」
少し。
動きました。
「惜しいですね」
「はい」
もう一枚。
「…………」
今度は。
こちら。
下りる。
「…………」
動いた。
「さっきよりいいんじゃないですか?」
「はい」
いけます。
もう一枚。
もう一枚。
もう。
一枚。
「…………」
動く。
少しずつ。
確実に。
近づいている。
「水瀬さん」
「はい」
「結構使ってません?」
「必要経費です」
「必要経費」
もう一枚。
「…………」
あと。
少し。
もう一枚。
「…………」
まだ。
もう一枚。
「…………」
財布。
「…………」
ない。
「水瀬さん?」
「使い切りました」
「千円?」
「はい」
「…………」
筐体を見る。
最初より。
明らかに。
動いている。
ここで。
離れる。
「…………」
無理です。
「佐伯さん」
「はい」
「お願いがあります」
「なんでしょう」
「ここを」
筐体を。
指す。
「守っていてください」
「…………」
「両替してきます」
「また?」
「ここまで動かして」
「はい」
「次の方に取られたら」
「…………」
「私は、立ち直れません」
「そんなに?」
「そんなにです」
「分かりました」
「絶対にお願いします」
「いますよ」
「誰か来たら」
「並んでもらいます」
「お願いします」
「はい」
「絶対に」
「早く両替してきてください」
「行ってきます」
再び。
両替機へ。
「…………」
あと。
少し。
今度こそ。
絶対に。
◇
「お待たせしました」
「早かったですね」
「はい」
「誰も来てませんよ」
「ありがとうございます」
無事。
です。
「…………」
推しも。
無事。
「じゃあ、続きですね」
「はい」
二千円目。
百円玉。
一枚。
入れる。
「…………」
ここ。
アームが。
下りる。
「…………!」
動いた。
「お」
「今のは」
「結構いきましたね」
「はい」
いけます。
やはり。
いけます。
もう一枚。
「…………」
少し。
もう一枚。
「…………」
さらに。
少し。
「…………」
あと。
少し。
「水瀬さん」
「はい」
「さっきからずっと、あと少しって言ってません?」
「言っていません」
「言ってますよ」
「気のせいです」
「そうかな」
そうです。
もう一枚。
「…………」
動かない。
「今のは」
「…………」
「水瀬さん?」
「百円を」
「はい」
「失いました」
「…………」
失ったわけでは。
ありません。
推しのために。
使ったのです。
「…………」
もう一枚。
「お」
「動きました!」
「今度は本当に結構動きましたね」
「はい!」
「…………」
佐伯さんが。
少し。
驚いた顔を。
している。
「何でしょう」
「いや」
「はい」
「そんな大きい声、出すんだなって」
「…………」
出します。
推しが。
動いたのですから。
「…………」
いえ。
景品が。
動いたのです。
「水瀬さん」
「はい」
「楽しそうですね」
「…………」
楽しい。
のでしょうか。
「真剣です」
「真剣なのは分かります」
「でしたら」
「でも、楽しそうです」
「…………」
もう一枚。
「誤魔化した」
「集中しています」
「はいはい」
「…………」
アーム。
下りる。
掴む。
上がる。
「…………!」
落ちる。
「…………」
惜しい。
本当に。
あと。
少し。
「これ、取れたらどうするんです?」
「どうする?」
「飾るとか?」
「…………」
何を。
言っているのでしょう。
「飾ります」
「はい」
「写真も撮ります」
「はい」
「持ち歩きます」
「持ち歩くんですか?」
「場合によっては」
「…………」
「保管用も欲しいです」
「…………」
佐伯さんが。
黙った。
「何でしょう」
「いや」
「はい」
「一個じゃないんだなって」
「当然です」
「当然なんだ」
「…………」
当然。
です。
「佐伯さん」
「はい」
「推しとは」
「はい」
「そういうものです」
「…………」
「分かりました」
分かって。
いただけたなら。
何よりです。
もう一枚。
「…………」
財布。
「…………」
また。
ない。
「水瀬さん?」
「…………」
「まさか」
「佐伯さん」
「はい」
「お願いできますか」
「…………」
筐体を。
指す。
「ああ」
佐伯さんが。
頷く。
「両替ですね」
「…………」
「ここにいます」
「…………」
素晴らしい。
「ありがとうございます」
「慣れてきました」
「助かります」
三度目の。
両替機。
「…………」
千円札を。
取り出す。
あと。
少し。
本当に。
あと。
少し。
「…………」
戻る。
「お待たせしました」
「はい」
「誰も来ませんでしたか?」
「大丈夫です」
「ありがとうございます」
三千円目。
「…………」
いきます。
一枚。
二枚。
三枚。
「…………」
なぜ。
でしょう。
先ほどより。
動きません。
「水瀬さん」
「はい」
「難しくなってません?」
「…………」
おそらく。
位置が。
変わったから。
「でも、さっきより出口に近いですよね」
「はい」
近い。
だから。
やめられない。
「…………」
もう一枚。
動かない。
もう一枚。
少し。
もう一枚。
「…………!」
「お」
「今です!」
「何が?」
「今の位置です」
「…………」
分かって。
いない。
佐伯さんには。
まだ。
分かっていません。
この。
絶妙な。
位置。
「次で」
「はい」
「いける気がします」
「…………」
百円玉。
投入。
狙う。
慎重に。
右。
少し。
奥。
「…………」
ここ。
押す。
アームが。
下りる。
「…………!」
引っかかる。
持ち上がる。
「お!」
「…………!」
落ちる。
出口。
手前。
「…………」
止まった。
「…………」
「惜しい!」
「…………」
佐伯さん。
「はい?」
「今」
「はい」
「惜しいと」
「言いました」
「…………」
ついに。
「何ですか」
「いえ」
「…………」
仲間が。
増えました。
「いや、俺は別に」
「次、いきます」
「聞いてください」
もう一枚。
「…………」
ここ。
「水瀬さん」
「はい」
「本当に取れそうですね」
「はい」
「…………」
今度こそ。
絶対に。
取ります。
◇
百円玉。
一枚。
「…………」
下りる。
触れる。
動く。
「…………!」
「また惜しい」
「はい」
もう一枚。
「…………」
今度こそ。
下りる。
「…………」
少し。
ずれた。
「今のダメなんですか?」
「ダメです」
「難しいな」
「難しいのです」
もう一枚。
「…………」
もう。
一枚。
「…………」
気づけば。
手の中。
最後の。
百円玉。
「…………」
「最後ですか?」
「はい」
「…………」
佐伯さんまで。
真剣な。
顔。
「いきます」
「はい」
狙う。
右。
少し。
奥。
「…………」
ここ。
ボタンを。
離す。
アーム。
下りる。
景品に。
触れる。
「…………!」
動く。
出口へ。
傾く。
「お!」
「…………!」
落ちる。
「…………」
「…………」
止まった。
「…………」
出口の。
すぐ。
手前。
「うわ」
「…………」
「これは惜しい」
「…………」
惜しい。
なんて。
ものでは。
ありません。
もう。
少し。
あと。
一回。
あれば。
「…………」
財布を。
開く。
「…………」
千円札。
「…………」
ない。
小銭。
「…………」
ない。
「水瀬さん?」
「…………」
別の。
ところ。
「何探してるんです?」
「現金です」
「…………」
ありません。
「使い切ったんですか?」
「…………」
はい。
「三千円?」
「はい」
「…………」
筐体を見る。
出口。
目前。
推し。
「…………」
なぜ。
もっと。
用意して。
こなかったのでしょう。
「水瀬さん?」
「…………」
「大丈夫です?」
「もっと」
「はい?」
「もっと、用意しておくべきでした」
「何を?」
「現金です」
「…………」
佐伯さんが。
笑いを。
堪えている。
「笑っていますか?」
「いや」
「笑っています」
「すみません」
「…………」
私は。
真剣です。
「俺、出しましょうか?」
「…………」
顔を。
上げる。
「まだ小銭ありますよ」
「いけません」
「でも、あと一回くらいで取れそうじゃないですか?」
「いけません」
「…………」
「これは」
「はい」
「私の推しです」
「…………」
「私が欲しくて、やっていることです」
「はい」
「佐伯さんのお金を使うわけにはいきません」
「…………」
「お気持ちだけ、いただきます」
「分かりました」
「ありがとうございます」
「…………」
もう一度。
筐体を見る。
「…………」
近い。
あまりにも。
近い。
「帰れます?」
「…………」
「水瀬さん?」
「少々お待ちください」
「はい」
心の。
整理を。
しています。
「…………」
ここまで。
動かした。
私が。
帰る。
次の。
誰かが。
来る。
一回。
百円。
「…………」
取れる。
「…………!」
「水瀬さん?」
「無理です」
「何が?」
「帰れません」
「え?」
「ここまで動かして」
「はい」
「次の方に取られたら」
「…………」
想像する。
知らない。
誰か。
百円玉。
一枚。
投入。
アーム。
下りる。
推し。
落ちる。
歓喜。
「…………」
無理。
「立ち直れません」
「さっきも言ってましたね」
「先ほどより深刻です」
「…………」
どうする。
どうすれば。
「カードとかは?」
「…………」
カード。
「両替機、現金だけですよね」
「はい」
「ATM行きます?」
「…………」
ATM。
「…………!」
いけません。
「行きません」
「即答」
「これ以上は」
「はい」
「使ってはいけない気がします」
「そこは冷静なんですね」
「当然です」
「…………」
三千円。
十分。
使いました。
これ以上は。
「…………」
でも。
推し。
「…………」
帰りたく。
ありません。
「水瀬さん」
「はい」
「すごい顔してますよ」
「どのような?」
「世界の終わりみたいな」
「…………」
それに。
近いです。
「…………」
筐体を見る。
もう一度。
推しを見る。
「…………」
ごめんなさい。
「行きましょう」
「いいんですか?」
「はい」
「本当に?」
「…………」
はい。
「行きます」
一歩。
離れる。
「…………」
振り返る。
「水瀬さん」
「はい」
「前向いて歩きましょう」
「…………」
もう一歩。
「…………」
振り返る。
「気になるんですね」
「なりません」
「めちゃくちゃ見てますよ」
「…………」
そして。
ゲームセンターを。
出る。
「…………」
私の。
推しが。
遠ざかっていく。
「水瀬さん」
「はい」
「そんなに欲しかったんですね」
「…………」
「はい」
「普通に売ってないんですか?」
「売っていません」
「そうなんだ」
「数量限定です」
「また出た」
「重要です」
「はい」
「さらに」
「まだあるんですか?」
「今回の新曲衣装を使用した限定デザインです」
「へえ」
「通常販売はありません」
「なるほど」
「再販も未定です」
「…………」
「つまり」
「はい」
「非常に希少です」
「…………」
佐伯さんが。
少し。
考える。
「俺には」
「はい」
「正直、あれがどれくらいすごいのか分からないです」
「…………」
でしょうね。
「でも」
「はい」
「水瀬さんが、すごく欲しかったのは分かりました」
「…………」
歩く。
隣を。
「…………」
三千円。
使いましたから。
それは。
伝わったと。
思います。
「今日は」
「はい?」
「色々見られました」
「…………」
「何をでしょう」
「水瀬さんの知らなかったところ」
「…………!」
「推しのことになると、あんな感じなんですね」
「…………」
あんな。
感じ。
「忘れてください」
「無理です」
「佐伯さん」
「だって」
少し。
笑う。
「面白かったんで」
「…………」
最悪です。
初めて。
二人で。
出かけた日に。
見せた姿が。
これ。
「…………」
忘れて。
ください。
本当に。
◇
夕方。
見慣れた。
道。
「…………」
もうすぐ。
家。
「今日は、ありがとうございました」
「いや、こちらこそ」
「佐伯さんの大切な場所も」
「はい」
「定食屋も」
「はい」
「とても楽しかったです」
「よかったです」
「…………」
楽しかった。
口にすると。
改めて。
そう思う。
「あと」
「はい?」
「ゲームセンターは」
「…………」
「忘れてください」
「まだ言ってる」
「お願いします」
「無理です」
「…………」
即答。
「そんなに面白かったですか?」
「面白かったというか」
佐伯さんが。
少し。
考える。
「意外でした」
「…………」
「水瀬さんって、あんなに熱くなるんだなって」
「…………」
最悪です。
「普段、落ち着いてるじゃないですか」
「忘れてください」
「だから無理ですって」
「…………」
消したい。
今日の。
一部だけ。
記憶から。
「でも」
「はい」
「楽しかったですよ」
「…………」
「俺も」
「…………」
俺も。
「…………」
「水瀬さん?」
「はい!」
「また止まった」
「止まっておりません」
「止まってましたよ」
「歩いています」
「今は」
「…………」
危険です。
最後まで。
危険です。
◇
家の。
近く。
「ここで大丈夫です」
「分かりました」
「今日は、本当にありがとうございました」
「こちらこそ」
「…………」
少し。
間。
「じゃあ」
「はい」
「また明日」
「…………」
明日。
いつもの。
神社。
「はい」
「また明日」
佐伯さんが。
歩いていく。
その背中を。
見送る。
「…………」
楽しかった。
大切な場所。
生姜焼き。
何も決めずに。
歩いた。
アーケード。
そして。
「…………」
推し。
「…………」
そこだけ。
悔しい。
非常に。
悔しい。
ですが。
それも。
含めて。
今日。
初めて。
二人で。
出かけた。
一日。
「…………」
お詫び。
です。
あくまで。
お詫び。
「…………」
なのに。
もう少し。
時間が。
続いてほしかった。
◇
帰り道。
「…………」
楽しかった。
思っていたより。
ずっと。
水瀬さんも。
楽しんでくれていた。
たぶん。
「…………」
よかった。
そして。
なぜか。
最後に。
浮かぶ。
ゲームセンター。
筐体の前。
真剣な。
水瀬さん。
『ここまで動かして、次の方に取られたら』
『私は、立ち直れません』
「…………」
そこまで。
欲しいもの。
だったんだな。
「…………」
正直。
俺には。
価値は。
分からない。
名前も。
よく。
分からない。
ただの。
グッズに。
見える。
「…………」
でも。
あんな顔。
するくらい。
欲しかった。
「…………」
なのに。
なぜか。
引っかかる。
あの。
景品。
そして。
取れないまま。
離れた時の。
水瀬さんの。
顔。
◇
恋愛経験ゼロ。
妄想の中では恋愛無双。
大切な場所。
好きな味。
知らなかった。
あなたの領域。
そして。
見せてしまった。
私の領域。
あれだけは。
失敗でした。




