結んだ、二つの約束
◇
翌朝。
境内を。
掃く。
「…………」
箒を。
動かす。
いつもの。
朝。
昨日と。
同じ。
朝。
「…………」
違うのは。
今日は。
石段を。
見ないこと。
「…………」
見ても。
来るわけでは。
ありません。
昨日。
十分。
分かりました。
だから。
今日は。
見ません。
「…………」
サッ。
サッ。
箒の音だけが。
境内に。
響く。
「…………」
その時。
聞こえた。
足音。
石段の。
下から。
一定の。
速さで。
近づいてくる。
「…………」
手が。
止まる。
まだ。
姿は。
見えません。
でも。
分かる。
何度も。
聞いてきた。
足音。
「…………」
顔を。
上げる。
石段の。
一番上。
そこに。
「おはようございます」
「…………」
佐伯さん。
「水瀬さん?」
「…………」
来た。
「おはようございます」
「はい」
「…………」
「…………」
それだけ。
たった。
それだけなのに。
昨日から。
胸の中にあったものが。
少しだけ。
ほどけていく。
「…………」
よかった。
「水瀬さん?」
「はい?」
「いや」
佐伯さんが。
少し。
困ったように。
笑う。
「ずっと見てるから」
「…………!」
「すみません」
慌てて。
目を逸らす。
何を。
しているのでしょう。
「昨日」
「…………」
佐伯さんが。
口を開く。
「来なくて、すみませんでした」
「…………」
「あと」
ポケットから。
スマホを取り出す。
「メッセージも」
「…………」
「返さなくて、すみません」
「いえ」
反射的に。
答える。
「大丈夫です」
「…………」
たった今。
大丈夫に。
なりました。
「水瀬さん」
「はい」
「少し」
佐伯さんが。
私を見る。
「話してもいいですか?」
「…………」
胸が。
跳ねる。
「はい」
箒を。
握ったまま。
私は。
頷きました。
◇
「この前」
佐伯さんが。
少しだけ。
視線を逸らす。
「水瀬さんたちが、店に来たじゃないですか」
「はい」
「ライブのあと」
「はい」
「…………」
それから。
続かない。
「佐伯さん?」
「すみません」
「いえ」
「…………」
珍しい。
佐伯さんが。
言葉に。
困っています。
「ライブ」
「はい?」
「すごく、楽しかったんですよね」
「…………」
なぜ。
改めて。
「はい」
「サインも当たって」
「はい」
「ファンサも、もらって」
「はい」
「ラジオにも、メール送って」
「…………」
全部。
覚えていたのですね。
「はい」
「…………」
また。
沈黙。
「佐伯さん」
「はい」
「私が、何か……。」
「え?」
「…………」
その先が。
出てきません。
何か。
してしまったのでしょうか。
嫌な思いを。
させてしまったのでしょうか。
聞きたい。
でも。
答えを聞くのが。
怖い。
「水瀬さん」
「…………」
「違います」
「え?」
「水瀬さんは、何もしてません」
「…………」
言っていないのに。
伝わって。
しまいました。
「じゃあ」
「はい」
「どうして……。」
「…………」
佐伯さんが。
黙る。
「それは」
「…………」
「俺の問題です」
「佐伯さんの?」
「はい」
「…………」
分かりません。
私には。
何も。
「この前」
佐伯さんが。
ゆっくり。
言葉を続ける。
「水瀬さん」
「はい」
「すごく楽しそうだったじゃないですか」
「ライブですか?」
「はい」
「…………」
それは。
もちろん。
楽しかったです。
「推しの話して」
「はい」
「サイン見せてくれて」
「はい」
「ファンサの話もして」
「はい」
「ラジオにもメール送って」
「…………」
改めて。
並べられると。
少し。
恥ずかしい。
「それで」
「はい」
「俺が」
「…………」
佐伯さんが。
一度。
息を吐く。
「なんか」
「はい」
「面白くなくて」
「…………」
面白く。
ない。
「すみません」
「いえ」
「…………」
「…………」
どういう。
意味でしょう。
私が。
はしゃぎすぎたから?
推しの話ばかり。
していたから?
「やはり、私」
「違います」
「…………」
また。
先に。
否定される。
「そういう意味じゃなくて」
「では」
「…………」
佐伯さんが。
困ったように。
頭を掻く。
「俺も」
「はい」
「最初は、よく分からなかったんです」
「…………」
「なんで面白くないのか」
「はい」
「でも」
佐伯さんが。
少しだけ。
視線を逸らす。
「たぶん」
「…………」
「嫉妬してたんだと思います」
「…………」
嫉妬。
「…………」
誰が。
「…………」
佐伯さんが。
「…………」
誰に。
「…………」
まさか。
「推しに……ですか?」
「…………はい」
「…………」
え。
◇
「…………」
推しに。
嫉妬。
佐伯さんが。
「…………」
私の。
推しに。
「…………」
どうして。
「水瀬さん?」
「少々」
「はい?」
「お待ちください」
「…………」
整理します。
佐伯さんは。
私が。
推しの話をしていたことが。
面白くなくて。
昨日。
神社に来なかった。
メッセージも。
返さなかった。
そして。
その理由が。
「…………」
嫉妬。
「…………」
なぜ。
「水瀬さん」
「はい」
「大丈夫ですか?」
「大丈夫ではありません」
「…………」
しまった。
反射的に。
「すみません」
「いえ」
「…………」
違います。
怒っているのでは。
ありません。
ただ。
理解が。
追いつきません。
「佐伯さん」
「はい」
「確認しても、よろしいでしょうか」
「はい」
「嫉妬というのは」
「…………」
「その」
何を。
聞いているのでしょう。
私。
「私が」
「はい」
「推しのことを」
「はい」
「好きだから?」
「…………」
佐伯さんが。
黙る。
「そう……だと思います」
「…………」
好き。
私が。
別の人を。
好きだから。
佐伯さんが。
嫉妬した。
「…………」
それは。
つまり。
「…………!」
待ってください。
そこから先は。
考えては。
いけません。
考えれば。
きっと。
いつもの。
妄想が。
始まります。
「水瀬さん?」
「何でもありません」
「いや、顔赤いですけど」
「何でもありません」
「…………」
違います。
まだ。
何も。
決まっていません。
嫉妬したからといって。
必ずしも。
私のことを。
「…………!」
だめです。
「水瀬さん?」
「はい!」
「…………」
「何でしょう」
「いや」
佐伯さんが。
少しだけ。
笑う。
「いつもの水瀬さんに戻ったなって」
「…………」
いつもの。
私。
「それは、どういう意味でしょう」
「そのままの意味です」
「…………」
納得。
できません。
ですが。
昨日から。
ずっと。
遠くにいるように感じていた。
佐伯さんが。
今は。
目の前にいる。
それだけで。
少し。
安心している。
私がいました。
◇
「でも」
「はい?」
「一つだけ」
「…………」
言って。
いいのでしょうか。
昨日。
ずっと。
胸の中にあったこと。
「メッセージ」
「…………」
「返していただけなかったのは」
「はい」
「少し」
「…………」
少し。
では。
ありません。
でも。
それ以上は。
言えません。
「寂しかったです」
「…………」
言って。
しまいました。
「…………」
え。
今。
私。
何を。
「すみません」
「いや」
「違うんです」
「何がですか?」
「違わないのですが」
「…………」
何を。
言っているのでしょう。
「その」
「はい」
「以前にも」
「…………」
「佐伯さんが来なくなった時が、あったでしょう?」
「あ……」
「その時は」
連絡先を。
知りませんでした。
だから。
待つことしか。
できなかった。
「連絡先さえ知っていれば」
「…………」
「こんな思いはしないと」
そう。
思っていました。
「でも」
「はい」
「知っていても」
送れない。
返ってこない。
それは。
それで。
「…………」
「苦しかったです」
「…………」
今度は。
ちゃんと。
言えました。
佐伯さんが。
黙る。
「ごめんなさい」
「…………」
「本当に」
「いえ」
「もう、しません」
「…………」
もう。
しない。
その言葉に。
胸の奥が。
少しだけ。
温かくなる。
「約束、ですか?」
「はい」
「…………」
「約束します」
「…………」
ずるい。
そんなふうに。
真っ直ぐ。
言われたら。
昨日までの。
苦しさなんて。
簡単に。
消えてしまう。
「それと」
「はい?」
「お詫びっていうのも、変なんですけど」
「…………」
佐伯さんが。
少しだけ。
言いづらそうに。
視線を逸らす。
「今度」
「はい」
「どこか、行きませんか?」
「…………」
どこか。
「行く?」
「はい」
「二人で」
「…………」
二人。
「…………」
二人?
「水瀬さん?」
「少々お待ちください」
「はい」
佐伯さんと。
私が。
二人で。
どこかへ。
行く。
「…………」
それは。
「嫌でした?」
「違います!」
「…………」
声が。
大きくなりました。
「嫌では」
「はい」
「ありません」
「よかった」
「…………」
よかった。
では。
ありません。
これは。
何でしょう。
お詫び。
そう。
お詫びです。
佐伯さんも。
そう言いました。
「どこか、行きたいところあります?」
「…………」
ありません。
正確には。
考えられません。
なぜなら。
頭の中では。
別の言葉が。
先ほどから。
何度も。
何度も。
浮かんでいるからです。
「水瀬さん?」
「はい」
「大丈夫ですか?」
「…………」
大丈夫では。
ありません。
二人で。
出かける。
男女が。
二人で。
出かける。
それを。
世間では。
「…………」
デート。
「…………!」
いえ。
違います。
お詫びです。
「では、また決めましょうか」
「はい」
「行きたいところ、考えておいてください」
「…………」
「水瀬さん?」
「はい!」
「じゃあ、また明日」
「はい」
佐伯さんが。
石段へ。
向かう。
「…………」
その背中を。
見送る。
一つ目。
もう。
黙って。
離れない。
約束。
そして。
二つ目。
二人で。
出かける。
約束。
「…………」
お詫び。
です。
これは。
お詫び。
「…………」
なのに。
どうして。
頭の中から。
デート。
という。
三文字が。
消えてくれないのでしょう。
◇
恋愛経験ゼロ。
妄想の中では恋愛無双。
悲しいより。
不安だった。
なのに。
一瞬で。
すべてを。
変えてくれた。
二つの。
約束。




