浮かんだ、姿
大学祭から、数日後。
「いろは」
「はい」
「今日、暇?」
「特に予定はありませんが」
「じゃあ、買い物行こ」
「構いませんよ」
「下着でも見に行く?」
「行きません」
「即答」
「もう整っております」
「…………」
「…………」
小宮さんが。
静かに。
私を見る。
「いろは」
「はい」
「その言い方は、やめた方がいい」
「…………」
私も。
今。
そう思いました。
「では」
咳払いを一つ。
「普通の買い物にしましょう」
「普通の下着?」
「小宮さん」
「はいはい」
この方は。
大学祭が終わっても。
油断なりません。
◇
買い物を終え。
「疲れた」
小宮さんが、
大きく息を吐く。
「まだ、それほど歩いておりませんよ?」
「買い物は別腹ならぬ、別疲労なの」
「初めて聞きました」
「甘いもの食べたい」
「それでしたら」
「この前のカフェ行こっか」
「…………」
「佐伯くんの」
「なぜ付け足したのですか」
「分かりやすいかなって」
「何がですか」
「別に?」
「…………」
また。
それです。
「嫌?」
「嫌とは申しておりません」
「じゃ、決まり」
「…………」
佐伯さんが。
今日。
働いているかは。
知りません。
知りませんが。
「いろは」
「はい?」
「歩くの速くなってる」
「…………」
気のせいです。
◇
カラン、と。
扉を開ける。
「いらっしゃいませ」
聞き慣れた声。
「…………」
いました。
「水瀬さん」
佐伯さんが、
少し驚いた顔をする。
「小宮さんも」
「こんにちは」
「こんにちは」
「今日は買い物帰り?」
「はい」
「近くまで来たので」
「そうだったんですね」
「…………」
近くまで。
来たので。
嘘では。
ありません。
「お好きな席、どうぞ」
「はい」
佐伯さんが、
仕事へ戻っていく。
その背中を見送り。
席につく。
「…………」
「いたね」
「何がですか」
「佐伯くん」
「見れば分かります」
「よかったね」
「何がですか」
「別に?」
「…………」
本日。
何度目でしょう。
それ。
メニューを開く。
「何にする?」
「そうですね」
「この季節限定のやつ、美味しそう」
「では、私も」
「同じのでいいの?」
「はい」
「かしこまりました」
「…………」
「いろは」
「はい」
「メニューじゃなくて、佐伯くん見てない?」
「見ておりません」
「まだ何も言ってないけど」
「…………」
また。
やってしまいました。
しばらくして。
佐伯さんが、
こちらへやってくる。
「ご注文、お決まりですか?」
「季節限定のケーキセット、二つ」
「かしこまりました」
注文を書き留める。
その時。
「そういや、湊」
カウンターの奥から。
マスターの声が飛んできた。
「はい?」
「お前、もうすぐ誕生日だろ」
「…………」
誕生日。
「何日だっけ?」
「十月二十五日です」
「…………」
十月。
二十五日。
「今年で二十二か」
「そうですね」
「若いねえ」
「マスターが言うと重いですね」
「余計なお世話だ」
「…………」
佐伯さんの。
誕生日。
十月二十五日。
「いろは」
「はい?」
「覚えた顔してる」
「…………」
小宮さん。
本当に。
油断なりません。
「水瀬さん?」
「っ」
佐伯さんが、
こちらを見る。
「はい?」
「どうかしました?」
「いえ」
「…………」
聞いてしまった。
知ってしまった。
佐伯さんの。
誕生日。
「ご注文、以上でよろしいですか?」
「はい」
「じゃあ、少々お待ちください」
「お願いします」
佐伯さんが、
離れていく。
「…………」
十月二十五日。
「いろは」
「はい」
「今、何日?」
「十月二十五日です」
「…………」
「…………」
違います。
「今日じゃなくて」
「分かっております!」
小宮さんが、
肩を震わせる。
「覚えすぎでしょ」
「たまたまです」
「一回しか聞いてないよ?」
「記憶力には、自信がありますので」
「へえ」
「…………」
「プレゼント、どうする?」
「…………」
プレゼント。
そこまでは。
考えておりませんでした。
まだ。
聞いてから。
一分も。
経っておりません。
「何がいいかな」
小宮さんが、
頬杖をつく。
「まだ差し上げるとは、
申しておりません」
「じゃあ、あげないの?」
「…………」
それは。
「…………」
「その間で答え出てるけど」
「出ておりません」
「ふーん」
「…………」
プレゼント。
佐伯さんが。
喜ぶもの。
「何好きなんだっけ?」
「料理をされます」
「へえ」
「一人暮らしを始めてから、
よく作るようになったそうです」
「…………」
小宮さんが、
こちらを見る。
「なんですか」
「詳しいなと思って」
「以前、お聞きしただけです」
「はいはい」
「それに」
言いかけて。
止まる。
カフェでも。
佐伯さんが考えたメニューが、
あると聞きました。
実家でも。
料理をしていたと。
「…………」
知っている。
少しずつ。
私も。
佐伯さんのことを。
「料理関係とか、いいんじゃない?」
「料理関係……」
「毎日使えるやつなら、重くないし」
「なるほど」
重くない。
それは。
とても重要です。
「…………」
ですが。
毎日。
使っていただけるもの。
「…………」
それはそれで。
少し。
嬉しいかもしれません。
◇
カフェを出る。
「じゃ、見に行こっか」
「どちらへですか?」
「プレゼント」
「今からですか?」
「どうせ買い物してたんだし」
「…………」
確かに。
「見るだけです」
「はいはい」
「まだ、差し上げると決めたわけでは」
「はいはい」
「小宮さん」
「で、料理用品のお店どこだっけ?」
「…………」
聞いておりません。
この方。
◇
店に入り。
並んだ調理器具を、
眺める。
「包丁とか?」
「さすがに重くありませんか?」
「物理的に?」
「意味的にです」
「なるほど」
フライパン。
鍋。
エプロン。
調理器具。
「…………」
佐伯さんなら。
どれを。
使うのでしょう。
一つ。
手に取る。
「それいいんじゃない?」
「…………」
使っている姿を。
想像する。
料理をして。
これを使って。
「…………」
違います。
「戻すの?」
「はい」
「なんで?」
「分かりません」
ただ。
せっかくなら。
佐伯さんが。
本当に使ってくれるものを。
選びたい。
「…………」
もう少し。
考えます。
「じゃあ今日は、決めない?」
「はい」
「珍しい」
「何がですか」
「いろは、こういうの即決しそうなのに」
「…………」
そうでしょうか。
もう一度。
店内を見る。
たくさんの。
料理道具。
その中から。
佐伯さんのために。
一つを選ぶ。
「…………」
「そんなに悩む?」
「せっかくですから」
「うん」
「使っていただけるものが、いいです」
「…………」
小宮さんが。
少しだけ笑う。
「そっか」
「なんですか」
「別に?」
「…………」
また。
それです。
◇
数日後。
一人で。
もう一度、
店を訪れた。
「…………」
今日は。
小宮さんは、
いません。
棚を。
ゆっくりと見ていく。
そして。
足が止まる。
「…………」
二本並んだ。
電動ミル。
ブラックペッパーと。
岩塩。
「…………」
料理をしている。
佐伯さんを、
思い浮かべる。
これなら。
きっと。
「…………」
手に取る。
先日は。
どれを見ても。
何かが違う気がしました。
けれど。
今日は。
不思議と。
迷いません。
「これを、お願いします」
初めて。
佐伯さんのために選ぶ。
誕生日プレゼント。
十月二十五日まで。
あと少しです。
◇
十月二十五日。
いつもの朝。
いつもの石段。
そして。
いつものように。
佐伯さんが、
上ってくる。
「おはようございます」
「おはようございます」
「今日は少し寒いですね」
「そうですね」
いつも通り。
本当に。
いつも通りです。
「…………」
「水瀬さん?」
「はい」
「どうかしました?」
「いえ」
「…………」
今です。
「佐伯さん」
「はい?」
「こちらを」
持っていた袋を。
差し出す。
「…………?」
「お誕生日」
「おめでとうございます」
「…………」
佐伯さんが。
固まった。
「え」
「…………」
「なんで知ってるんですか?」
「先日」
「マスターがお話しされていたのを」
「ああ……」
佐伯さんが。
思い出したように笑う。
「あの時か」
「はい」
「一回しか言ってなかったですよね?」
「…………」
「記憶力には、自信がありますので」
「ありがとうございます」
佐伯さんが。
袋を受け取る。
「開けてもいいですか?」
「はい」
「…………」
包装を開き。
箱を見る。
「電動ミル?」
「はい」
「ブラックペッパーと、岩塩のセットです」
「…………」
佐伯さんが。
箱を手に取って。
少し眺める。
「これ、欲しかったやつです」
「本当ですか?」
「はい」
「料理してる時、片手で使えるやつ欲しくて」
「…………」
よかった。
その一言が。
思っていたより。
ずっと。
嬉しい。
「ありがとうございます」
もう一度。
佐伯さんが言う。
「大事に使います」
「いえ」
「使うものですので」
「…………」
「じゃあ、いっぱい使います」
「はい」
それで。
お願いします。
「そういえば」
佐伯さんが。
箱から顔を上げる。
「水瀬さんの誕生日って、いつですか?」
「私ですか?」
「はい」
「十二月です」
「十二月」
「はい」
「何日ですか?」
「…………」
なぜでしょう。
聞かれただけなのに。
少し。
緊張します。
「十二月三日です」
「三日」
佐伯さんが。
小さく頷く。
「覚えました」
「…………」
「俺も、記憶力には自信あるんで」
「…………」
それ。
私の台詞です。
「じゃあ」
佐伯さんが。
箱を持ち直す。
「十二月三日は、俺が祝います」
「…………」
「え」
「プレゼントもらったんで」
「いえ」
「私は、お返しが欲しくて差し上げたわけでは」
「分かってます」
佐伯さんが。
少し笑う。
「俺が、祝いたいんです」
「…………」
ずるい。
そう言われてしまったら。
断る理由など。
ありません。
「では……」
「はい」
「楽しみにしております」
「…………」
誕生日まで。
まだ一か月以上。
サプライズとかではなく。
宣言されました。
「…………」
勇ましい。
ですが。
少しだけ。
楽しみです。
「では」
佐伯さんが。
いつものように、
石段の方へ向く。
「また明日」
「はい」
「また明日」
一段。
また一段。
遠ざかっていく背中。
「…………」
十二月三日。
まだ。
一か月以上も先。
なのに。
もう。
少しだけ。
待ち遠しい。
「…………」
その前に。
今日は。
佐伯さんの誕生日です。
喜んでいただけた。
それだけで。
朝から。
少し。
気分がいい。
◇
恋愛経験ゼロ。
妄想の中では恋愛無双。
初めて選んだ。
あなたへの贈り物。
そして。
少し先にできた。
私の。
楽しみ。




