完全装備
秋祭りから、
数日後。
「佐伯」
「ん?」
講義が終わり。
鞄にノートをしまっていると。
隣から、
声をかけられた。
「お前、学祭どうすんの?」
「学祭?」
「ああ」
「今年もなんか手伝うんだろ?」
「まあ」
そういえば。
もう、
そんな時期か。
「今年で最後だしな」
「…………」
最後。
大学四年。
来年の今頃。
俺はもう、
ここにはいない。
「誰か呼ばないの?」
「誰かって?」
「家族とか」
「大船渡からわざわざ来ないだろ」
「じゃあ彼女」
「いない」
「即答かよ」
「いないんだから仕方ないだろ」
「…………」
彼女。
その言葉を、
否定したのに。
なぜか。
一人だけ。
顔が浮かんだ。
「…………」
水瀬さん。
「…………」
いや。
別に。
彼女とか、
そういうことじゃない。
ただ。
この前。
俺は、
水瀬さんの秋祭りを見た。
いつもとは違う。
水瀬さんのいる場所。
「…………」
だったら。
「佐伯?」
「ん?」
「何ぼーっとしてんの?」
「いや」
「…………」
今度は。
俺のいる場所を。
水瀬さんに、
見てもらうのも。
「…………」
悪くないかもしれない。
「学祭って」
「ん?」
「一般の人も、普通に来るよな?」
友人が。
一瞬、
俺を見る。
「来るけど」
「…………」
「誰か呼ぶの?」
「まだ決めてない」
「ふーん」
「なんだよ」
「別に?」
「…………」
その顔。
なんか、
腹立つ。
「で」
友人が、
鞄を肩にかける。
「今年、何やるんだっけ?」
「俺ら?」
「ああ」
「去年と同じ」
「焼きそば?」
「そう」
「またお前、焼く係?」
「たぶん」
「慣れてるもんな」
「実家でも、バイトでもやってるからな」
「強すぎだろ」
「焼きそばくらいで大げさだろ」
「…………」
水瀬さんが来たら。
「…………」
まだ。
来るとも言ってない。
誘ってもいない。
誘う、か。
その言葉にした途端。
急に。
少しだけ、
難しくなった。
◇
その日の夕方。
カフェの休憩中。
スマホを開く。
「…………」
水瀬さんとの、
メッセージ画面。
文字を打つ。
『そういえば』
「…………」
消す。
もう一度。
『水瀬さん』
「…………」
これも。
なんか違う。
「佐伯くん」
「!」
顔を上げる。
井上さんが、
こっちを見ている。
「さっきから何してるの?」
「何もしてないです」
「書いて消して」
「書いて消して」
「忙しそうだけど」
「別に」
スマホを伏せる。
「ふーん」
「別に?」
「…………」
今日。
二回目だ。
その言い方。
「井上さん」
「ん?」
「今度、大学祭あるんですけど」
「人を誘う時って」
「どう誘います?」
「…………」
井上さんが。
じっと、
俺を見る。
「普通に」
「来ない?って」
「それだけですか?」
「それ以外、何があるの?」
「…………」
「佐伯くん」
「はい」
「誰を誘うの?」
「…………」
「知り合いです」
「へえ」
「なんですか」
「別に?」
「…………」
三回目。
今日は。
この言葉に、
よく会う日らしい。
「それで?」
「え?」
「その知り合い」
井上さんが、
コーヒーを一口飲む。
「来てほしいんでしょ?」
「…………」
来てほしい。
「まあ」
「だったら、普通に誘えばいいじゃん」
「…………」
「変に理由つける方が」
「誘われた方も、困るんじゃない?」
「理由……」
「学祭だから、とか」
「最後だから、とか」
「ついでだから、とか」
「…………」
考えていたことを。
一つずつ、
潰されていく。
「佐伯くんが」
「…………」
「来てほしいなら」
「それでいいんじゃない?」
「…………」
来てほしい。
俺が。
水瀬さんに。
◇
バイトが終わり。
家に帰る。
夕飯を食べて。
風呂に入って。
ベッドに座る。
スマホを見る。
『今日もお疲れさまでした』
いつもの、
水瀬さんからのメッセージ。
「…………」
文字を打つ。
『水瀬さん』
『今度、俺の大学で学祭があるんですけど』
「…………」
続きを打つ。
『よかったら』
『来ませんか?』
「…………」
送信。
たった。
それだけ。
なのに。
「…………」
既読。
ついた。
『行きたいです』
「…………」
思っていたより。
ずっと早く、
返事が来た。
『本当ですか?』
『はい』
『佐伯さんの大学』
『見てみたいです』
「…………」
俺の大学。
俺が、
普段いる場所。
そこに。
水瀬さんが来る。
「…………」
思っていたより。
嬉しい。
『水瀬さんの大学は』
『学祭、いつなんですか?』
『先週、終わりました』
「…………」
『そうだったんですね』
『はい』
『ですので』
『今度は、佐伯さんの大学祭』
『楽しみにしております』
「…………」
俺も。
楽しみだ。
たぶん。
水瀬さんより、
ずっと。
◇
『楽しみにしております』
送信。
「…………」
佐伯さんの、
大学祭。
「…………」
大学祭。
大学。
佐伯さん。
お誘い。
「…………」
お誘い。
つまり。
『水瀬さん』
『はい』
『今日は、来てくれてありがとうございます』
『いえ』
『俺』
『水瀬さんに、見てほしかったんです』
「…………」
見てほしかった。
私に。
そして。
大学祭が終わり。
二人で、
帰り道。
『水瀬さん』
『はい』
『これからも』
『ずっと、俺の隣にいてくれませんか?』
「…………!」
ずっと。
隣。
それは。
つまり。
『俺と、結婚してください』
「…………っ!」
いけません。
佐伯さん。
私たち。
まだ。
お付き合いすら、
しておりません。
「…………」
……ですが。
順番を守れば。
「…………」
違います。
そういう問題では、
ありません。
大学祭です。
私は。
大学祭に、
誘われただけです。
「…………」
スマホが、
震える。
『俺も、楽しみです』
「…………」
俺も。
「…………」
つまり。
佐伯さんも。
私が大学祭へ行くことを、
楽しみに。
「…………」
『水瀬さん』
続けて。
もう一通。
『当日、俺』
『模擬店で焼きそば作ってると思います』
「…………」
焼きそば。
エプロン。
佐伯さん。
「…………」
いけません。
また。
始まりそうです。
『水瀬さん』
『はい』
『味見してもらえますか?』
『もちろんです』
『じゃあ』
『あーん』
「…………っ!」
違います。
焼きそばから。
なぜ。
そうなるのですか。
「…………」
私の妄想ですけれど。
「…………」
一度。
スマホを、
伏せる。
落ち着きましょう。
大学祭です。
佐伯さんの、
大学祭。
ただ。
遊びに行くだけ。
「…………」
ですが。
何を着ていけば、
よいのでしょう。
大学ですので。
普段着。
ですが。
佐伯さんの大学へ。
初めて。
「…………」
服。
髪。
鞄。
「…………」
明日。
小宮さんに、
相談しましょう。
こういう時。
頼りになるのは、
やはり。
小宮さんです。
「…………」
ただし。
相談する内容は。
慎重に、
選ばなければなりません。
あの方も。
油断なりませんので。
◇
翌日。
大学の昼休み。
「小宮さん」
「ん?」
「少し、ご相談が」
「なに?」
「今度」
「大学祭へ行くことになりまして」
「へえ」
小宮さんが、
お弁当を食べながら頷く。
「何着ていけば、よいでしょうか」
「…………」
箸が。
止まりました。
「誰の大学祭?」
「…………」
しまった。
「大学祭です」
「それは聞いた」
「…………」
「誰の?」
「…………」
「佐伯さんの、大学です」
「へえ」
「…………」
小宮さんが。
少しだけ、
笑う。
「で?」
「何を着ていけばよいか、
ご相談したくて」
「なるほどね」
「はい」
「じゃあ私も行こうかな」
「…………」
「はい?」
「大学祭」
「面白そうだし」
「…………」
待ってください。
私は。
服装の相談を、
したはずです。
「いいでしょ?」
「それは……」
「佐伯くんも知ってるし」
「…………」
確かに。
知っております。
「じゃ、決まり」
「まだ何も、
決めておりません」
「服も一緒に決めよ」
「…………」
なぜでしょう。
相談した結果。
一人、増えました。
「それで」
小宮さんが、
少し身を乗り出す。
「佐伯くんには?」
「はい?」
「私も行くって、言った?」
「まだですが」
「じゃあ、言っといて」
「…………」
スマホを見る。
佐伯さんに。
小宮さんも、
行くことになったと。
「…………」
なぜでしょう。
ただ。
それだけのことなのに。
少しだけ。
伝えるのを、
ためらいました。
「いろは?」
「…………」
「嫌なの?」
「違います」
即答。
してから。
「…………」
なぜ。
こんなに早く、
否定したのでしょう。
「だって」
小宮さんが、
にやりと笑う。
「佐伯くんに誘われたんでしょ?」
「はい」
「いろはが」
「はい」
「…………」
「なんですか」
「いや?」
「…………」
絶対に。
何かあります。
「じゃあ」
小宮さんが、
楽しそうに続ける。
「私が行ったら、邪魔かなって」
「っ……!」
「冗談」
「小宮さん!」
「ふふ」
「もう……」
やはり。
相談する相手を。
間違えたかもしれません。
「それより」
小宮さんが、
私を見る。
「服でしょ?」
「はい」
「せっかく誘われたんだし」
「ちょっと可愛くしてけば?」
「…………」
可愛く。
「普段より、少しだけね」
「…………」
佐伯さんの大学へ。
佐伯さんに、
会いに行く。
そのために。
いつもより、
少しだけ。
「…………」
「いろは」
「はい」
「顔」
「え?」
「嬉しそう」
「…………っ」
反射的に。
両手で、
頬を隠す。
「小宮さん」
「なに?」
「やはり」
「一緒に行くのは、
考え直してもよろしいでしょうか」
「もう遅い」
「…………」
一波乱の予感がします。
◇
その週末。
「小宮さん」
「ん?」
「服を見に行くのでは?」
「行くよ」
「では、なぜ」
私は。
下着売り場の前に、
立っているのでしょう。
「まずはここから」
「必要ありません」
「即答」
「大学祭へ行くのですよ?」
「うん」
「服の下は、見えません」
「分かってるって」
「では、なぜ」
小宮さんが、
下着を一つ手に取る。
「こういうのはね」
「中から整えるの」
「中から……?」
「見えなくても」
「ちょっといいの着けてると、気分変わるでしょ?」
「…………」
「服も、髪も」
「その方がちょっと自信持てるし」
「…………」
なるほど。
一理。
あるような。
ないような。
「それに」
小宮さんが、
にやりと笑う。
「何があるか、分かんないし」
「ありません」
「まだ何も言ってない」
「…………」
この方。
やはり。
油断なりません。
「では」
「これ」
小宮さんが、
一つ手に取る。
「…………」
「どう?」
「どう、と言われましても」
「可愛いじゃん」
「…………」
確かに。
可愛いとは、
思います。
ですが。
「少し……」
「少し?」
「大人っぽすぎませんか?」
「二十歳でしょ?」
「そういう問題では」
「じゃあ試着」
「え?」
「サイズも見てもらお」
「待ってください」
背中を押される。
「小宮さん」
「はいはい」
「私は大学祭へ行く服を」
「だから、その準備」
「これは」
「中から整える」
「…………」
便利ですね。
その言葉。
「どう?」
試着室の外から、
小宮さんの声。
「…………」
鏡を見る。
普段なら。
まず、
選ばないもの。
「変では、ありません」
「じゃあ見せて」
「嫌です」
「なんでよ」
「下着ですから」
「一緒に選んでる意味ないじゃん」
「あります」
「どこに?」
「…………」
中から。
整いました。
たぶん。
「じゃ、それにする?」
「…………」
もう一度。
鏡を見る。
佐伯さんには。
見えないもの。
見せる予定も。
当然。
ありません。
「…………」
なのに。
なぜでしょう。
少しだけ。
佐伯さんの顔が、
浮かびました。
「…………っ」
いけません。
中から整えるとは。
こういう意味では、
ないはずです。
「決めた?」
「…………」
「水瀬いろはさん?」
「聞こえております」
カーテン越しに。
小宮さんの、
楽しそうな声。
「では」
「これに、します」
「お」
「ただし」
「うん?」
「中から整えるためです」
「はいはい」
「それ以外の意味は、ありません」
「分かったって」
「本当に?」
「佐伯くんに見せるためじゃないんでしょ?」
「っ……!」
「小宮さん!」
試着室の外から。
笑い声。
「冗談だって」
「…………」
違います。
絶対に。
分かっていて、
言っています。
「早く着替えて」
「次、服見に行こ」
「…………」
まったく。
小宮さんといると。
心臓が。
いくつあっても、
足りません。
◇
下着売り場を出て。
ようやく。
本来の目的である、
服を見る。
「いろは、これ」
「…………」
小宮さんが、
迷いなく一着を手に取る。
「可愛くない?」
「可愛いですが」
「じゃあ試着」
「早くありませんか?」
「時間かけると、いろは逃げるから」
「逃げません」
「下着売り場で三回逃げようとした人が?」
「…………」
あれは。
戦略的撤退です。
「ほら」
服を渡される。
「佐伯くん、こういうの好きそう」
「…………」
「小宮さん」
「なに?」
「なぜそこで」
「佐伯さんが、出てくるのですか」
「え?」
小宮さんが。
不思議そうに、
首を傾げる。
「佐伯くんに会いに行く服でしょ?」
「…………」
違います。
大学祭へ行く服です。
「同じじゃん」
「違います」
「どこが?」
「…………」
説明は。
できませんけれど。
違うのです。
「とりあえず、着てみて」
「…………」
渡された服を持って。
試着室へ入る。
数分後。
カーテンを、
少しだけ開ける。
「小宮さん」
「お」
「…………」
小宮さんが。
上から下まで、
私を見る。
「いいじゃん」
「そうでしょうか」
「うん」
「いつもよりちょっと雰囲気違う」
「…………」
鏡を見る。
確かに。
普段の私より。
少しだけ、
違って見える。
「佐伯くん、驚くんじゃない?」
「…………」
佐伯さんが。
この姿を、
見る。
「…………」
『水瀬さん』
『今日、なんか違いますね』
「…………」
『似合ってます』
「…………っ」
「いろは?」
「着替えてきます」
「なんで!?」
「今すぐです」
「気に入ってたじゃん」
「気に入っておりません」
「顔、赤いけど」
「照明です」
「試着室の?」
「照明です」
便利ですね。
照明というものは。
「じゃあ」
カーテンを閉めようとすると。
「待って」
「まだ何か?」
「それ、決定ね」
「決定しておりません」
「似合ってたし」
「…………」
「それに」
小宮さんが、
少し笑う。
「いろはも、気に入ってるでしょ?」
「…………」
鏡を見る。
いつもより。
少しだけ、
違う私。
「…………」
嫌では。
ありません。
むしろ。
「…………」
佐伯さんは。
本当に。
気づくのでしょうか。
「いろは?」
「…………」
「これに、します」
「素直でよろしい」
「ただし」
「はいはい」
「佐伯さんは、関係ありません」
「まだ何も言ってないけど?」
「…………」
本日。
何度目でしょう。
この失敗。
◇
買い物を終え。
紙袋を手に、
小宮さんと歩く。
「これで準備完了だね」
「はい」
服も。
鞄も。
そして。
なぜか。
下着も。
「…………」
本当に。
必要だったのでしょうか。
「楽しみ?」
「大学祭ですか?」
「うん」
「もちろんです」
「佐伯くんに会うのが?」
「…………」
足が。
止まる。
「大学祭が、です」
「ふーん」
「…………」
また。
その顔。
「でもさ」
小宮さんが、
前を向いたまま言う。
「佐伯くんも楽しみにしてるんでしょ?」
「…………」
『俺も、楽しみです』
昨夜の言葉が。
浮かぶ。
「……はい」
「そっか」
それだけ言って。
小宮さんは、
少し笑った。
「じゃあ」
「邪魔しない程度に、楽しもうかな」
「…………」
邪魔。
「何のですか?」
「さあ?」
「小宮さん」
「ほら、帰るよ」
「誤魔化さないでください」
追いかけながら。
ふと。
思う。
大学にいる。
私の知らない、
佐伯さん。
もうすぐ。
その姿を。
見ることができる。
◇
大学祭、当日。
「…………」
鏡の前。
髪を整え。
服を見る。
昨日までなら。
これで、
終わりでした。
「…………」
視線が。
少しだけ、
下へ向く。
服の下。
小宮さんに言われるまま、
選んだもの。
『中から整えるの』
「…………」
整っております。
必要以上に。
「…………」
大丈夫です。
見えることなど、
ありません。
絶対に。
「…………」
では。
なぜ私は。
朝からこんなことを、
確認しているのでしょう。
「…………」
大学祭です。
ただの。
大学祭なのです。
恋愛経験ゼロ。
妄想の中では恋愛無双。
初めて知る、
あなたの日常。
服も。
髪も。
なぜか、
見えないところまで。
準備は万全。
いざ。




