はじめての、共同作業
翌朝。
「…………」
石段を、
上りきる。
「…………」
いつもなら。
この時間の境内は、
まだ静かだ。
「…………」
だが。
今日は、
少し違う。
「いろは、そっちお願い」
「はい」
「…………」
水瀬さんと。
お母さん。
「…………」
こんな朝早くから。
二人で、
何かを運んでいる。
「…………」
昨日の夜。
水瀬さんから聞いた、
宮司さんのこと。
「…………」
「おはようございます」
「…………!」
水瀬さんが、
こちらを振り向く。
「佐伯さん」
「おはようございます」
「おはようございます」
「…………」
いつもの朝。
いつもの挨拶。
「…………」
でも。
その両手には、
大きな箱が抱えられていた。
「それ、重くないですか?」
「え?」
「その箱です」
「…………」
水瀬さんが、
抱えている箱へ目を向ける。
「大丈夫です」
「これくらいでしたら」
「…………」
そう言いながら。
少し、
持ち直した。
「…………」
いや。
大丈夫そうには、
見えない。
「それ、俺持ちます」
「え?」
「貸してください」
「ですが……」
「いいですから」
「…………」
返事を待たず。
箱の下へ、
手を伸ばした。
「…………」
思っていたより、
重い。
「これを二人で運んでたんですか?」
「はい」
「といっても、まだ軽い方ですけどね」
お母さんが、
困ったように笑う。
「本当は、まだいくつかあるんですけど」
「主人が腰を痛めてしまって」
「重いものは、後回しにしていたの」
「…………」
倉庫の中を見る。
奥には、
まだいくつか。
大きな箱が残っていた。
「…………」
これを。
二人で。
「秋祭りまでに、やらないといけないんですよね?」
「そうね」
「…………」
だったら。
「じゃあ」
箱を置いて、
もう一度倉庫を見る。
「俺が来た時に、やりませんか?」
「え?」
「朝なら、来られるんで」
「…………」
「重いものとか」
「俺でよければ、手伝います」
「ですが……」
水瀬さんが、
少し困ったように俺を見る。
「佐伯さんのお時間を、そこまでいただくわけには」
「大丈夫ですよ」
「俺、毎朝来てますし」
「…………」
「いろは」
「…………」
お母さんが、
水瀬さんを見る。
「お願いしても、いいんじゃない?」
「でも、お母様……」
「正直、とても助かるもの」
「…………」
そして。
俺の方へ向き直る。
「無理のない範囲で、お願いしてもいいかしら?」
「はい」
「もちろんです」
「…………」
水瀬さんは。
俺とお母さんを、
交互に見る。
「…………」
少し迷ったあと。
「では……」
小さく、
頭を下げた。
「よろしくお願いいたします」
「はい」
「…………」
こうして。
いつもの朝に。
秋祭りの準備が、
一つ加わった。
「それじゃあ」
お母さんが、
倉庫の奥を見る。
「せっかくだから、あれもお願いしていいかしら?」
「はい」
「お母様」
「何?」
「…………」
水瀬さんが、
少し呆れたように母親を見る。
「早速すぎませんか?」
「善は急げって言うでしょう?」
「使い方が違う気がします」
「…………」
思わず、
笑ってしまった。
「大丈夫ですよ」
「どれですか?」
「佐伯さんまで……」
「…………」
水瀬さんも。
最後には、
小さく笑った。
「それじゃあ」
お母さんが、
倉庫の奥を見る。
「せっかくだから、もう一つお願いしてもいいかしら?」
「はい」
「佐伯さん……」
「大丈夫ですって」
「…………」
水瀬さんが、
申し訳なさそうにこちらを見る。
「では」
「こちらを、お願いできますか?」
「分かりました」
「…………」
箱を持ち上げる。
その横で。
水瀬さんも、
小さな荷物を手に取った。
「どこまで運びます?」
「こちらです」
「…………」
いつもは。
並んで歩くことのない、
境内の奥へ。
水瀬さんの後を、
ついていった。
境内の奥には。
普段、
参拝に来るだけでは気づかない場所が、
いくつもあった。
「ここにお願いします」
「はい」
「…………」
箱を下ろす。
「ありがとうございます」
「いえ」
「…………」
顔を上げると。
少し離れた場所に、
祭りで使うらしい道具が並んでいる。
「これ、全部使うんですか?」
「はい」
「毎年、少しずつ確認しながら準備しております」
「へえ……」
「…………」
知らなかった。
毎朝、
ここへ来ているのに。
「…………」
俺が見ていた水瀬神社は。
ほんの一部だったらしい。
「佐伯さん」
「はい?」
「こちらも、お願いいたします」
「分かりました」
「…………」
箱を受け取る。
「…………」
こうして見ると。
水瀬さんは、
迷うことなく動いている。
「…………」
何を、
どこへ運ぶのか。
何を、
先に準備するのか。
「…………」
一つ一つ。
当たり前のように、
分かっている。
「…………」
巫女姿で、
参拝客を迎える水瀬さんとは。
また少し、
違って見えた。
「…………」
「水瀬さんって」
「はい?」
「こういう準備も、ずっとやってきたんですか?」
「そうですね」
少し考えるようにして。
「幼い頃から、できることを少しずつ」
「…………」
「最初は、お手伝い程度でしたけど」
「今では、もう」
「…………」
そこで。
水瀬さんの言葉が、
少しだけ止まった。
「……慣れました」
「…………」
慣れた。
「…………」
その言葉が。
なぜか、
少しだけ耳に残った。
「…………」
「何をしてるんだ?」
「?」
振り返ると。
宮司さんが、
ゆっくりこちらへ歩いてくる。
「お父様」
「寝ていなくてよろしいのですか?」
「寝ているほどではない」
「ですが」
「大丈夫だ」
「…………」
昨日も。
同じことを言ったらしい。
「それより」
宮司さんが、
俺の持っている箱を見る。
「君は……」
「…………」
「あ、すみません」
箱を置き、
頭を下げる。
「佐伯湊といいます」
「いつも参拝させてもらってます」
「…………」
「佐伯くん、か」
「はい」
「それで」
宮司さんが、
もう一度。
箱へ目を向ける。
「なぜ、佐伯くんが祭りの準備を?」
「それは……」
「俺から、手伝わせてくださいってお願いしたんです」
「…………」
宮司さんが、
少し驚いたように俺を見る。
「昨日、腰を痛めたって聞いたので」
「朝なら俺も来てますし」
「重いものくらいなら、手伝えるかなって」
「…………」
「そうか」
短く、
そう言って。
宮司さんは、
水瀬さんを見る。
「いろは」
「はい」
「迷惑をかけていないか?」
「…………」
「お父様」
「…………」
少しだけ。
水瀬さんの声が、
低くなった気がした。
「原因を作った方が、
仰ることでしょうか」
「…………」
「……すまない」
「ふふっ」
お母さんが、
隣で笑う。
「あなたは大人しく休んでいてください」
「佐伯さんには、
私たちからお願いしたの」
「…………」
宮司さんは、
しばらく黙ったあと。
俺に向かって、
小さく頭を下げた。
「……申し訳ない」
「いえ」
「俺から言ったことなので」
「それより、お父様」
「ん?」
「お部屋へ戻ってください」
「…………」
「もう少しくらいなら」
「いけません」
「…………」
即答だった。
宮司さんが、
何とも言えない顔をする。
「あなた」
お母さんも、
笑顔のまま続ける。
「戻りましょうね」
「…………」
「……分かった」
「…………」
二人には。
勝てないらしい。
宮司さんは、
渋々と。
来た道を戻っていった。
「…………」
その背中を見送り。
水瀬さんが、
小さく息をつく。
「申し訳ありません」
「え?」
「父が、ご迷惑を」
「いやいや」
「水瀬さんまで謝らないでください」
「…………」
「それに」
もう一度、
箱を持ち上げる。
「俺、こういうの嫌いじゃないんで」
「そうなのですか?」
「はい」
「ずっと参拝するだけだったから」
「…………」
境内を見渡す。
「こういう神社のこと知れるのも、
なんか新鮮です」
「…………」
水瀬さんが。
少しだけ、
目を丸くした。
◇
大学。
午前の講義を終え。
結衣と二人、
昼食を取っていた。
「いろは」
「はい?」
「今日、ニヤニヤしすぎじゃない?」
「…………」
「にや……?」
「ニヤニヤ」
「しておりません」
「してるって」
「じゃあ、その顔なに?」
「…………」
その顔。
「いつもと同じですが」
「いや、全然違う」
結衣が、
私の顔を覗き込む。
「なんか今日、ずっと嬉しそう」
「…………」
嬉しそう。
「何かあった?」
「…………」
今朝。
佐伯さんが、
秋祭りの準備を手伝ってくださった。
「…………」
それだけです。
「別に、何も」
「ふーん」
「…………」
結衣の目が、
細くなる。
「佐伯さん?」
「…………!」
「な、なぜそこで佐伯さんのお名前が出るのですか」
「その反応」
「…………」
結衣が、
にやりと笑う。
「正解っぽい」
「違います」
「まだ何も聞いてないけど?」
「…………」
しまった。
「で?」
「何があったの?」
「…………」
私は、
少し迷って。
今朝のことを、
結衣に話す。
「父が腰を痛めてしまいまして」
「うん」
「秋祭りの準備を、佐伯さんが手伝ってくださることになりました」
「へえ」
「…………」
「それで?」
「それで、とは?」
「それだけ?」
「はい」
「…………」
結衣が、
じっと私を見る。
「それだけで朝からそんな顔してるんだ?」
「…………!」
「どんな顔ですか!」
「そういう顔」
「分かりません!」
「まあ、いいけど」
結衣は、
楽しそうに笑いながら。
頬杖をつく。
「でもさ」
「はい?」
「毎朝会って」
「夜は連絡して」
「今度は一緒に秋祭りの準備?」
「…………」
一緒に。
「…………」
「なんか」
結衣が、
少しだけ笑う。
「どんどん距離縮まってない?」
「…………!」
「そ、そのようなことは……」
「ない?」
「…………」
言い切ろうとして。
言葉が、
止まる。
「…………」
三日前より。
佐伯さんのことを、
知っている。
昨日より。
佐伯さんと過ごす時間が、
増えている。
「…………」
「ほら」
「…………」
「またニヤけてる」
「ニヤけておりません!」
◇
「佐伯くん」
「はい?」
「今日、なんか機嫌よくない?」
「…………」
グラスを拭いていた手が、
止まる。
「そうですか?」
「うん」
井上さんが、
こちらを見る。
「なんか朝から、ちょっと楽しそう」
「…………」
朝。
「…………」
水瀬神社。
秋祭りの準備。
そして。
「…………」
『よろしくお願いいたします』
「…………」
「別に、普通ですよ」
「ふうん」
「…………」
井上さんが、
少しだけ笑う。
「普通、ねえ」
「何ですか」
「別に?」
「…………」
なんだろう。
今日。
こういうことを、
言われる日なのかもしれない。
◇
恋愛経験ゼロ。
妄想の中では恋愛無双。
毎年、
当たり前の風景。
今年は、
準備が終わらないで欲しい。




